第162話 願い事一つだけ
「それで? 従弟殿。突然どうしたのだ。いや、訪ねてきてくれること自体は大歓迎だが」
謹慎にかこつけてエイミーちゃんとイチャイチャしていたところ、従弟であり、ラスブラン侯爵の嫡孫、さらには僕の非公式ファンクラブ、ヘッセリンク派の首領を務めるアヤセ・ラスブランが訪ねて来た。
一人ではなく人を連れて。
「申し訳ありません。それこそ、本日はラスブラン侯爵家の人間としてではなく、兄上の従弟としてお邪魔いたしました」
公式な立場ではなく、非公式だと捉えてほしいと言う事だろうか。
まあ、それは構わない。
気になるのは連れの人相だ。
最近顔を合わせたあの人にそっくりなんだよなあ。
「それは、そのお連れの方に関係があるのかな? 違っていたら大変申し訳ないのだが、エスパール伯の縁者の方だと推察するが」
そう。
僕にウザ絡みしてフィルミーに殴り倒された、絶賛敵対中のエスパール伯爵にそっくりだ。
アヤセが僕の言葉に頷くと、推定エスパールさんの名前を呼び、背中を押す。
「ダイゼ」
カニルーニャ伯からの情報と一致した。
間違いないようだ。
「初めてお目にかかります。私はダイゼ・エスパール。伯爵様の仰るとおり、当代のエスパール伯爵は、父でございます」
「よく似ているな。いや、皮肉ではなく。それで、そのダイゼ殿がなんの用かな? 本来であれば従弟の友人として酒とつまみくらいは出して差し上げたいのだが、そうもいかない状況でな」
似てるとは聞いていたけど、本当に似てる。
彼にちょび髭をオンすればほとんど親父さんだよ。
テンションが上がりかけたが、悲しいかなエスパール伯とは不幸な行き違いで仲違い中だ。
ダイゼも経緯は知っているようで、きつく目を瞑り、勢いよく頭を下げた。
「存じ上げております。この度は父が大変失礼を」
「ダイゼ殿、それはいけない。それは家と家との話しだ。今貴殿は頭を下げようとしたが、それはお父上の考えと一致しているのかな?」
どこに地雷が隠れているかわからない貴族世界。
この動き一つで、息子がヘッセリンクに呼びつけられて謝罪を強要されたなんて言われたらたまらない。
そもそも彼に謝ってもらう理由もないし。
「それは……」
言い淀んだところを見ると、謝罪するというアクションはやはり親父の考えと一致していないらしい。
「で、あれば貴殿からの謝罪は必要ない。受け取るわけにもいかないからな。それよりも、気をつけた方がいい。ここはエスパール伯爵家にとって敵地だ」
なんせ、僕の背後には執事とメイドに擬態した美しい死神が控えている。
流石にエスパールの縁者だからと襲いかかったりはしないが、あまり気持ちのいいものではないだろう。
「私はヘッセリンク伯爵家を敵だとは思っていません」
え? 眼中にないほうじゃないよね?
味方だと思ってるの方だよね?
確認すると、後者との回答を得て胸を撫で下ろす。
すごく不思議そうな顔をされたけど、僕のママンには伝わらなかったんだよ。
「エスパール伯家の御嫡男が我が家に好意的というのは未来に向けた明るい材料だ。従弟ともども、今後とも仲良くしていただけるとありがたいな」
それだけでも十分な収穫だ。
アヤセの友人なら歳も近いだろうし、代替わり後には関係改善も夢じゃないだろう。
それがいつになるかはわからないけど。
「それは、もちろんでございます。将来的にヘッセリンク伯が王太子殿下の右腕となられた暁には、我々が伯爵様の手足となり、レプミアを発展させたいと願っておりますので」
すごく心強い台詞だ。
これが、我が家を蛇蝎の如く嫌っている親父さんそっくりの息子から出たものだから違和感がすごいけど、間違いなく我が家寄りなのはわかった。
「お父上がダイゼ殿の半分、いや三分の一でも我が家に好意的でいてくださればいいのだがなあ。まさか魔獣の脅威度にまで疑問を持ってらっしゃるとは思わなかった」
我が家が嫌いな層のなかには同じような見方をしている家まであるだろう。
一回、そういう家の皆さん向けにツアーでも組むか?
こう、僕や家来衆が護衛しながら森を巡る、みたいな。
意外といいかもしれない。
「そのことでございますが、お願いがございます」
ツアーの実施方法について頭を巡らせていると、ダイゼが思い詰めたような顔で距離を詰めてきた。
メアリとクーデルが動こうとするのをハンドサインで制しておく。
予想外の動きにアヤセはお冠だ。
「下がれダイゼ! 今日は兄上に紹介するだけという約束だ。それ以上のことはないと言うから多忙な兄上に無理を聞いていただいたというのに。兄上、友が無礼を」
「落ち着け、従弟殿。ふむ、お願いときたか……。では、一応聞くだけ聞こうか?」
「兄上!?」
そんなに驚かなくてもいいだろう。
親父と喧嘩中の、狂人なんて呼ばれる折り紙付きのやべえ貴族に願い事をするという、その勇気に敬意を表してのことだ。
「まあまあ、従弟殿。王城の沙汰を待つ立場上、謝罪を受け取る事はできないが、若者の願い事に耳を傾けるくらいは構わないだろう」
「若者といってもほぼ同世代ですが」
細かいことはいいんだよ。
あ、思い出した。
アヤセ君、別件だけど明日暇?
明後日でもいいけど。
うん、オドルスキが君とお話ししたいんだってさ。
そう、聖騎士オドルスキ。
ユミカがお世話になったんだってねえ?
うんうん、手ぶらでいいけど、可能な限り動きやすい服装の方がいいと思うよ。
「ダイゼ殿、あくまでも話を聞くだけだ。この場限りの話にするので、言ってみなさい」
聞けることと聞けないことがあるから。
もしできることなら、将来に向けた関係構築のために一肌脱ぐのも吝かではない。
そんな僕の言葉にようやく笑顔を見せたダイゼ。
「はい! お願いと言うのは他でもありません。私をオーレナングの、伯爵様のお膝元で文官として働かせていただけないでしょうか!」
え、なんで?
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