第161話 帰宅、そして到着

 睨み合い、と言うにはこちらが一方的に優位な状況は、近衛を引き連れて駆け付けた宰相の登場で解消された。

 僕達とエスパール側の間に近衛が壁を作った瞬間、ホッとしたエスパールの皆さんがへたり込んでたからよっぽど緊張していたんだろう。

 倒れたエスパール伯と、怖い貴族様ムーブ中の僕に交互に視線を走らせて大きくため息をついた宰相。

 経緯を説明し、謝罪がなければ武力行使も辞さないことを明確に伝えると流石の宰相も顔色を変えたが、この場で起きたことを陛下の耳に入れたうえで両者に沙汰を申し渡すことを宣言する。

 併せて、当面国都から離れないよう指示を受けた。

 この場で拘束くらいされるかと思ったけど、大貴族二人の拘束となるとあまりにも外聞が悪いため、屋敷で謹慎しておけということらしい。

 殴ったのがフィルミーだとは伝えていないが早晩バレるはずなので、その日のうちに手紙を持たせて国都を脱出させた。

 これで一安心。

 

「では、家来衆への謝罪と、亡き父上への謝罪を条件とすることを伝えたのですね?」


 事が事なので隠しておくこともできず、ママンには全て説明しておいたが、そこはヘッセリンクの大奥様。

 取り乱すでもなく、フィルミーがエスパール伯を殴り倒した節では腹を抱えて爆笑していた。


「ええ。本当なら、ジャンジャック達には直接エスパール伯領に向かってもらうつもりでしたが、国都に呼ぶことにしました」


 オーレナング発エスパール行きだと、謝罪があってもその頃には更地の可能性があるからね。

 距離はあるから大丈夫だと思うけど、なんせ機動力が売りだから。


「もし、エスパール伯が謝罪を拒否したら」


「その時には僕が家来衆を率いてエスパール伯領に向かいます。更地は大袈裟でも、先方の屋敷くらいは壊してこようかと」


 僕の言葉に母上は満足そうに頷いた。

 よかった、何が何でもエスパール伯領をぶっ壊してこいとか言われなくて。


「レックス殿は優しい子に育ちましたね。これが先先代、貴方のお祖父様ならこの時点で敵地に乗り込んでいたことでしょう」


「……ヘッセリンクの祖父殿は気性が荒かったのですね」


 あの派手なローブがメイン装備の火魔法使いだったか。

 

「普段は大人しやかな、常に微笑みをたたえた優しい方でしたよ? この母にもとても良くしてくださいました。が、そこはヘッセリンクの当主。敵には容赦しないと常々仰っていました」


 その敵は魔獣を指しているんじゃなくて?

 まあ、今のヘッセリンクの評判を考えれば、人も魔獣も関係なくしばき倒してきたのが我が家の歴史なんだろうけど。


「エスパール伯は敵ではありませんからね」


「なるほど。そのような小者は敵ですらないと。流石はヘッセリンク伯家当主です」


 敵ではない=味方です、と伝えたつもりが、敵ではない=眼中にないと受け取られてしまった。

 言葉って難しいね。

 

「いいえ。言葉のまま受け取ってください。今は不幸な行き違いがあり、一方的に我が家を目の敵にされていますが、もとはレプミアを支える伯爵同士。きっと分かり合えるはずです」


「レックス殿の考えは尊いものですが、母はそこまで楽観的にはなれません。エスパール伯が我が家を疎ましく思う理由は嫉妬。今回頭は下げても、また同じことを繰り返すでしょう」


 うん、僕もその危険性は感じてます。

 だから宰相と先方の家来衆の方々には釘を刺して来た。


「そうなれば二度目はない。宰相殿にもそう伝えています」


 僕の回答に満足げに頷くママン。


「エスパールを更地にするつもりになったならいつでも仰って。軍資金はこの母が用立てて差し上げます」


……

………


 謹慎しながら王城からの沙汰を待っているなか、ついに濃緑に金塊の外套を纏った死神が四人、国都の屋敷に到着した。

 招集したのは確かに僕だけど。

 いや、早すぎるって。

 直接乗り込ませなくて本当によかった。


「レックス様。ヘッセリンク伯爵家家来衆。罷り越してございます」


 玄関で膝をつく四人。

 ゴリゴリの臨戦態勢だ。

 Goサインを出したらすぐに獲物に襲いかかるだろう。


「無事にフィルミーから伝言を受け取れたようだな。皆、今日はゆっくり身体を休めてくれ」


 落ち着いて。

 まだエスパールを更地にするって決めてないから。


「いえいえ。不肖の弟子がご迷惑をかけたとのこと。師として、可及的速やかに尻拭いをしなければ」


「何を言う。お前に鍛えられたフィルミーの動きには、王城の守備兵達も目を見張っていたぞ。何より、仲間を中傷された瞬間に拳を握り込んだ点は評価が高い」


 いや、本当に。

 あれは助かった。

 フィルミーがやらなかったら今頃お城を壊した罪で投獄されててもおかしくないし。

 

「ええ、ええ。爺めもその点についてはよくよく褒めておきました。惜しむらくは、一撃で仕留めなかったことでしょう。そのあたりは今後の課題ですな」


 ニッコリ笑うジャンジャック。

 この男には絶対ユミカを任せないと改めて心に誓った。


「仕留めていたら大問題だろう。メアリとクーデルもご苦労だったな。当面仕事はない。アデルや元闇蛇の者達と話すなりなんなり好きにしていいぞ」


 僕の言葉にゆっくり首を振るメアリ。

 あ、そうか。

 引き金は元闇蛇について悪く言われたことだったから。

 

「俺としてはこれからでもクソッタレの首を取りに行きたい気分だけどな」


 やだあ、すごい怒ってるじゃないですかあ。

 まあ、怒る気持ちはわかるので下手なことは言えないが。

 

「もう、ダメよメアリ。そんなことばかり言っては伯爵様がお困りになるでしょう?」


 さてどうやって落ち着かせようかと悩んでいると、意外にもクーデルがメアリの肩を掴んでそう諭してくれた。

 流石は姉さん女房だ。

 結婚してないけど。

 

「直接エスパール伯の首を取るより、大事な領地をメチャクチャにされたほうがヘッセリンクへの恐怖が募るわ。怒りに身を任せて短絡的に動いてはダメ」


 そうだよね。

 君も怒ってるよね。

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