第151話 アクションプラン

 国都からオーレナングに帰還した僕は、主だった家来衆を私室に集めた。

 集まったのは、ジャンジャック、ハメスロット、オドルスキ、クーデル、メアリ、エリクス、そして当事者のフィルミー。

 我が家の頭脳と腕力が一堂に介した形だ。

 かいつまんで概要を説明すると、フィルミーの師匠であり、執事として長い間イリナの監督も担当していたジャンジャックが口火を切る。


「なるほど。フィルミーさんとイリナさんですか。いえ、爺めも気付いてはおりましたが、既にそこまで仲が進んでいたとは」


 どこか優し気に見えるのは、自分が育てた二人の仲を喜んでいるからだろうか。

 もう一人の古参、オドルスキも笑顔を浮かべていたけど、すぐに渋い表情を浮かべた。


「めでたい話しではありますが、イリナ嬢の出自を考えればそう簡単にはいきますまい」


 やっぱりそうだよね。

 だからこその会議召集だ。


「そうだろうな。ハメスロット。エリクス。二人の婚姻を常識的に進めるための案はあるか?」


 まずは我が家の頭脳班兼常識班、文官師弟コンビに意見を聞いてみる。

 いきなり突飛な意見を出されると基準がブレるから。


「貴族と平民の婚姻が既に常識的でないということには目を瞑るのですね?」


「そこは大前提だ」


 確認は大事だけど、ハメスロットの言葉からは、『常識でないことを常識で語れってのか?』という言外の抗議が感じられた。

 が、無理無茶無謀はヘッセリンクのお家芸なので諦めて知恵を出しておくれ。

 

「かしこまりました。最も穏便な策としては、いずれかの貴族家にフィルミーさんを養子として受け入れていただき、形式を整える方法でしょう」


 うん、穏便。

 それは僕も思いついた。

 他の面々も同意するように頷いていたけど、オドルスキが懸念も口にする。


「お館様、ハメスロット殿の仰るとおりかと。ただ、よほど相手の家にメリットがなければ受け入れてもらえないでしょう」


「そうね。物語のなかでは常套手段だけど、現実で起きたことがあるのかしら」


 クーデルも疑問を感じたようだ。

 メリットかあ。

 ヘッセリンク伯爵家に恩を売れるとか?

 森で獲れた珍しい素材を優先的に回すとか?

 前例があるかという点については。


「事例は探せばなくなはないでしょうが……。エリクスさん」


「はい。王立学院の研究者に問い合わせてみます」


 僕やエリクスの母校、レプミアの最高学府にはさまざまな研究者がいるそうで、貴族にまつわるあれこれを調べている学者に心当たりがあるらしい。

 心強く思っていると、エリクスがキャラに不似合いな不敵な笑みを浮かべる。


「前例さえあれば、それは合法ということですから」


「その理論はだいぶ乱暴な気がするが……」


 きみ、そんな子だったっけ?

 もっとオドオドした優しげな青年だった気がするんだけど。


「尊敬するフィルミーさんの人生がかかっているのです。多少乱暴でも無理を通して道理を引っ込めるつもりで事に当たります」


 そんなこと言う子だったっけ?

 アデルといい、エリクスといい、我が家の色に染まらないでいいんだよ。

 もっと個性を大事に!

 

「ハメスロット。弟子にどういう教育をしているんだ?」


「強いて言えば、そういう教育ですな」


 師匠に説明を求めるも、何か問題がありますか? とでも言いたげな反応が返ってきました。

 ハメスロットは、唖然とする僕を尻目にさらに畳み掛けてくる。


「カニルーニャの文官であれば違う道も示せたでしょうが、ここはヘッセリンク伯爵家の本拠オーレナング。それなりの仕事の仕方を伝えませんと」


 これがヘッセリンクだろう? ということらしい。

 違う! とは言い切れないんだけど、子供も産まれてくるし、次世代では狂人度を薄めるためにもベーシックな教育でいいんだよ。

 その思いも虚しく、第二執事さんが賞賛の拍手を送ってしまう。


「流石は我が家の第一執事。素晴らしい考えです。私では、こうはいかなかったでしょう」


「爺さんが鍛えてたら今頃ムッキムキだったかもな、エリクス」


「それはそれで憧れますけどね。話が逸れました。他の策としては、王家にフィルミーさんの立場を保証していただくことではないでしょうか」


 立場の保証?

 

「つまり?」


「フィルミーさん自体を叙爵していただくのです。先般の氾濫時に脅威度Aの竜種を討伐した功績を主張すれば、男爵は無理でも、名誉貴族である騎士爵を名乗ることを許される可能性はゼロではないはず」


 フィルミーを貴族にか。

 確か騎士爵って、一代限りの名誉称号だっけ?

 それでも貴族は貴族だし、そこに我が家の家来衆だとか元アルテミトス侯爵家の斥候隊長だとかいうプレミアを付けていけばいい線いくかもしれない。

 

「王家に頼む、か。なるほど、通るかどうかわからないが試してみる価値はあるな。王家、というか王太子殿下には貸しがある。少なくとも門前払いはされないだろう」


 王太子からすれば、借りを清算するチャンスであると同時に、僕に恩を売るチャンスにもなる。

 養子云々より、こちらが第一順位かもしれない。


「次に、常識的でない手段だが」


 一応、一応ね?

 もしかしたらより良い策が隠れてる可能性があるかもしれないし。

 

「これはもうヘッセリンク伯爵家の名を前面に押し出して圧力を掛けることに尽きるかと。正直申しまして当家とセアニア男爵家の力関係を考えれば泣く泣くお認めになるでしょう。ただ、確実に、未来に相当の禍根を残すことになります」


 より良い策はありませんでした。

 まあ想定内なのでノーダメージだ。

 このご時世に威圧外交とかやってられないから。


「だろうな。フィルミーもイリナと実家の関係を壊してまでとは思っていない。であれば、どこかの家に養子としてもらうか、フィルミー自体を貴族にしてしまうか、か」


 さあ、どう動いていこうか。

 養子の件を持ち込むなら、アルテミス侯か?

 でも、最近甘えまくってるからなあ。

 あと話ができそうな家は、カナリア公?

 直接セアニア男爵家に乗り込もうかと思いながら帰ってきたけど、もう一度国都に行かなきゃいけないか。

 

「んー! んー!」


 今後のアクションを詰めていると、僕のベッドの上で両手両足を拘束されたうえに猿轡を咬まされて転がされていたフィルミーが何か言いたげに声を上げている。


「どうしたフィルミー。何か意見があるのか? メアリ、猿轡を解いてやれ」


「あいよ。おい、暴れんなよフィルミーの兄ちゃん。ほどけねえだろ」



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