第150話 接触禁止

 やるべきことを済ませ、オーレナングに帰る日がやってきた。

 一応、何かトラブルに巻き込まれた時のために余裕を持ったスケジュールを立てていたけど、幸い何も起きなかったから予定どおりに帰ることができそうだ。


 エイミーちゃんは玄関まで見送ると言ってくれたが、僕は過保護すぎるほど過保護にすると決めている。

 お姫様抱っこで妊婦用に整えられた部屋まで運び、ベッドに腰掛けさせた。


「エイミー。何かあればすぐに文を送ってくれ。君が望むものがあれば可能な限り用意するつもりだ」


 ディメンションドラゴンの肉以外ならなんとしてでも手に入れてみせる。

 そのくらいの心算こころづもりでいます。

 

「ありがとうございます。でも、お義母様がとてもよくしてくださいますし、アデルもいますから。それよりもフィルミーとイリナのことを」


 エイミーちゃんが僕の手を握る。

 フィルミーとイリナについては情報を共有済みだ。

 イリナはエイミーちゃん付きのメイドとして、嫁入り直後からずっと彼女の世話をしている。

 エイミーちゃんも、明るく元気な年下のイリナをとても可愛がっているから、二人の仲が上手く纏まるよう、心から願ってくれていた。


「ああ。イリナとフィルミーのことは僕に任せてくれ。とは言っても、動くのはオーレナングに戻ってハメスロットやジャンジャックと相談してからになるが」


 単純に僕が乗り込んでいって解決する話じゃないからなあ。


『うちの家来衆がおたくの娘さんと結婚したいらしいんでもらっていきますわ!』


 なんて野盗じみたアクションで済めばてっとり早いんだけど。

 

「難しいものですね、身分差というものは」


 エイミーちゃんも深いため息をついている。

 これが、遠い街の縁もゆかりもない人々の話しなら身分差があるから仕方ないねで終わるんだけど、家来衆同士となればそうはいかない。


「貴族家の三女ともなれば、家同士の縁を繋ぐための政略結婚を勧められるのが常だろう。そこにもってきてフィルミーは平民だ。ヘッセリンク伯爵家家来衆の一人という、世間的には一目置かれる立場でも、そこは覆らないか」


 少数精鋭で鳴らしているヘッセリンクの家来衆だよ?

 しかも元はアルテミトス侯爵家の斥候隊長だから人物も保証付きだよ?

 貴族じゃないだけでこんなにいい男いないよ?

 なんていう理屈は通用しない。


「ヘッセリンク家家来衆、アルテミトス侯爵家の元斥候隊長、鏖殺将軍の弟子、竜殺し。相手が貴族でもなければ引く手数多でしょうね」


 ほんと、どこの主人公だそいつは。

 その属性なら一大ハーレムを築いていてもちっともおかしくないじゃないか。


「さらに気は優しくて力持ちときている。こうやって並べてみたら物語のヒーローのようだなフィルミーは」


 さらにさらに上から頼られて下からも慕われていて、貴族の娘さんと恋仲で?

 なんだか腹が立つのでオーレナングに帰ったらもう一回拘束して尋問会を開こう。

 

「まあ! 優しく、強く、家来衆に慕われていて、妻を心から愛してくれている。私にとっては、レックス様こそこの世で一番素敵な主人公です」


 妻の愛により、僕は闇落ちを免れました。

 可愛い。

 誰か僕の語彙を最新のものに更新してくれないだろうか。

 今日も可愛い以外にエイミーちゃんを表現する適切な言葉が見当たりません。


「エイミーこそ、この世で最も可愛いヒロインだ」


 抱きしめて見つめ合うと、自然と顔が近づいていく。


「おい。家来衆が見てる前でやめてくんねえかな? そういう雰囲気になるならあらかじめ退室を命じてからにしてくれませんかねえ?」


 凍えるような低音でいい雰囲気をぶち壊すメアリ。

 危うく二人の世界に旅立ちそうだった。

 絶妙なタイミングだよ。

 

「おやおや。怖い弟分が睨んでいるから、続きはまた今度にしよう」


「ふふっ。そうですね。メアリさん。私がいない間、レックス様を頼みますね」

 

 そう言いながらエイミーちゃんも頬は真っ赤だ。

 あー、連れて帰りたい。

 もしくは帰らずにここで暮らしたい。

 デキる家来衆であるメアリは、もちろん奥様の頬が赤いことなど指摘しない。


「承知。兄貴のことは俺達に任せて、エイミーの姉ちゃんは元気な子供産むことだけ考えてくれよな。男でも女でも俺達が立派なヘッセリンクに育ててみせるからさ」


「子供が産まれたら基本的にアデルに任せて、戦闘員には必要以上の接触を禁じるつもりだ」


 この前はジャンジャックとオドルスキだけだったけど、考えた結果、戦闘員で括ることにした。

 正確には、子供に腕力の大事さを教え込み過ぎそうなジャンジャックとオドルスキ、貴族に不要な特殊技術を仕込みそうなメアリ、特殊技術とともに歪んだ愛情表現を仕込みそうなクーデルは子供への接触を最小限にしていただきたい。


「おいおい! 俺も爺さんやオド兄と同じ括りかよ!」


「立派なヘッセリンクとか言っている時点で同類だろう! 僕とエイミーの子供は歴史上初の『狂人と呼ばれないヘッセリンク』に育てると決めている」


 ジャンジャック達と同列に語られてご立腹だったメアリが、僕の決意を聞いて唇の端を吊り上げる。


「へえ。でも、それって兄貴だけの考えだろ? 奥様も同じ気持ちならいいけど」


 当たり前だろう。

 エイミーちゃんもきっと同じ考えで、って。

 あれ、目が合わないな。

 ん? 

 こっち見て?


「なぜ目を逸らすんだエイミー。こっちを見なさい」


「ほらな。奥様以下、兄貴以外の全員がヘッセリンクらしく育てたいと思ってるから。一人で抵抗したって無駄だと思うんだよなあ。きっと、いつの間にか爺さんやオド兄に懐いて、考えるより感じたままに動き回る兄貴そっくりの子供に育つぜ?」


 馬鹿なことを。

 いくらなんでもそんなことに……。


「悔しいが、目に浮かぶようだ」


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