第149話 尋問
「ああ、そうだ。ヘッセリンク伯よ。ディメンションドラゴン、だったか。あの魔獣の肉は大変美味であった」
突然の謁見も終盤に差し掛かり、そろそろ話のネタも尽きてきて退室のタイミングを見計らっていたところに、王様がそう切り出した。
ディメンションドラゴンの何を王様に献上するかで家来衆と連日話し合い、結局爪や牙を贈ったんだけど、後日肉を寄越せと言われたから泣く泣く渡したんだよ。
王様に渡してなければもう少し楽しめたのにと思ったのは秘密だ。
「お楽しみいただけましたか。私も、あの味が二度と楽しめないと思うと辛くなってしまうほどです。あの肉を手に入れるためなら、ディメンションドラゴンがもう一頭くらい存在していても構わないと思ってしまいます」
義父の教えに従ってユーモアで言っている風だけど、半分以上本気だ。
だって、僕とマジュラスが奴の天敵だと判明した以上、何頭いたところでものの数じゃない。
「余もあのような美味い肉は初めて口にした。しかし、竜の爪や牙とともに送られてきた文に、わざわざいかにその肉が美味いかをつらつらと書いて寄越す必要があったかと問いたい。うっかりオーレナングに兵を差し向けそうになったわ」
はっはっは!
王様、ナイスユーモア!
ユーモアですよね?
ねえ?
「これは怖い。いえ、陛下への献上品としては、やはり利用価値のある部位の方がいいだろうということになりまして。ただ、あまりにも肉が美味だったため、せめてそれだけでもお伝えしようかと」
俗に言う、食レポというやつだ。
散々書いては捨て書いては捨てした経験のおかげで、文章を書くのが上手くなったからな。
その手紙を読んだハメスロットとエリクスからは、まるで目の前に実物があるような臨場感だと褒めてもらった。
「肉とは思えぬ口溶け、だとか。さらさらとした軽い脂でいくらでも食べられる、だとか。溢れる肉汁で溺れそうだった、だとか。無駄に凝った描写に、思わず歯軋りが漏れたわ」
良かれと思っての感想文が、ナチュラル挑発ムーブになってしまっていたなんて。
レックス・ヘッセリンク、一生の不覚だ。
「陛下からの文があと数日遅かったら、お渡しすること叶わなかったやもしれません」
あと二日。
あと二日だけ催促の手紙が届くのが遅ければ全部我が家で消費できたのに。
思い出すと無念が込み上げてくる。
「はっはっは! ……よもや、他に珍しい食材が手に入ってはいまいな?」
今日気づいたけど、王様は意外と食道楽らしい。
国で一番偉いって言ったって、無軌道に暴れ回る貴族の相手でストレスが溜まるんだろうな。
今度何か手に入ったらケチなことを言わずに贈ってあげよう。
ディメンションドラゴンの肉以外は。
「今のところは、ございません。今後、そのような発見がございましたら、陛下に献上させていただきます」
「その言葉、違わぬように」
…
……
………
三番目までの用件をようやく終わらせることができた僕は、四番目の、いや、見方によっては母への報告以上の優先順位かもしれない用件に取り掛かることにした。
そのために、わざわざ今回のメンバー構成にしたと言っても過言ではない。
「さて。なにか言いたいことはあるかな? なに、正直に吐いてさえくれれば酷いことはしないさ」
国都ヘッセリンク屋敷の一室。
僕の目の前には、手足を拘束されてベッドに転がる鍛え上げられた男。
圧倒的に不利なその体勢にありながら、男は僕の言葉を無視して喋り出す。
「いや、あの。これはなんのおつもりでしょうか? 話が見えないのですが」
白々しい。
何も知らないとでも言いたいのか。
こちらには確たる証拠があるというのに。
「ほう。まだシラを切るつもりか? 流石は鏖殺将軍ジャンジャックの弟子。大した肝の太さだ。まあ、そうでなくてはこちらもやり甲斐がない」
はい、フィルミー尋問会を開催中です。
罪状、『最近イリナとイチャイチャしてるけど、報告がないよ?』罪。
隠す気がないならちゃんと教えてほしい。
僕はそういうの、ちゃんと配慮できる伯爵様だ。
実際、メアリとクーデルについても可能な限り二人きりになれるよう取り計らっているからね。
「なあ、兄貴。楽しんでるとこ悪いけど、さっさと吐かせちまえよ。見てる方は面白えからいいんだけどさ」
フィルミーを拘束したのはもちろん本職のメアリだ。
計画を伝えたら、一切躊躇うことなく乗って来た。
悪い奴め。
そんなメアリに、状況が飲み込めてないフィルミーが声をかける。
「メアリ。頼むから説明してくれ。なぜ私は伯爵様の部屋で拘束されているのだろうか」
「いいだろう。教えてやれ、メアリ」
「へいへい。あのさ。フィルミーの兄ちゃんって、イリナと付き合ってんの?」
流石はメアリ。
遊び球など不要とばかりに、予想を超えた豪速球が放られる。
聞きたいのはたしかにそれなんだけど、もっとあるじゃない?
「……それと拘束されている理由に、なにか関係があるのかな?」
下手くそすぎるストレートが効いたのか、それまで平静を保っていたフィルミーが目に見えて動揺するのがわかった。
「フィルミー。今のお前は尋問を受ける罪人だと心得ろ。そして、尋問するのは僕達。聞かれたことだけに、端的かつ正確に答えるように」
威圧感を演出するため、フィルミーの前をうろうろ往復してみる。
「メアリ、伯爵様の悪ふざけを速やかに終わらせる方法を教えてくれ」
しかし、罪人はメアリを交渉相手と定めたらしく、僕を完全無視することにしたようだ。
寂しいです。
「家来衆同士がイチャイチャしてて楽しいから詳しく聞かせてほしいんだとさ。馴れ初めやらなにやら素直に吐けば、この悪ふざけはすぐ終わると思うぜ?」
メアリの投じた二球目も、ど真ん中への綺麗な回転のストレート。
時間をかけるつもりは全くないらしい。
じっくり聞き出そうかと思ってたけど、仕方ないか。
「悪ふざけとは失礼な。それで? どうなんだ。ん?」
僕達、というか主に僕のテンションを見たフィルミーは、小さくため息をついた。
どうやら、とぼけるのを諦めたらしい。
「はあ……。イリナには、オーレナングに来た当初からよくしてもらっていまして。ジャンジャック様に弟子入りして以降は傷の手当てなども。最近では、魔力切れで体調が優れないところ、甲斐甲斐しく世話を焼いてもらいました」
知ってる知ってる。
でも、聞きたいのはそんな既出の情報じゃあないんだよ。
さらに踏み込んだ情報があるんじゃないのかな?
「それで?」
「その。イリナからは、私と夫婦になりたいと」
逆プロポーズ!!
この世界でそれはありなのか?
いや、そんなことはどうでもいい。
これはテンションが上がる!
「へー。そりゃめでたい。あれだな兄貴。また戸建作らなきゃ」
そうだな。
幸い、土地だけは掃いて捨てるほどある。
お金も氾濫を収めた報奨金で十分賄える。
うん、脅威度Aの竜種を討伐した功績で、家建ててあげるなんていうのはどうだろうか。
「いや。まだ返事はしていない。というか、できていない」
ウキウキしている僕に、焦りを含んだ声で待ったを掛けるフィルミー。
うちの可愛いイリナに逆プロポーズされるほど好かれておいて返事を保留してるとか。
許されざる。
「なぜだ? 歳の差ならオドルスキとアリスを見ればあってないようなものだとわかるだろう。なにより、僕の目には二人とも好き合っているように見えるが」
「よっ! 流石は愛の伝道師!」
クーデル以外からその名で呼ばれるとは思わなかったが、今の僕はまさにラブエヴァンジェリストだ。
「そうですね。隠し立てしても仕方ありませんのでお伝えしますが、可能であれば私もイリナと所帯を持ちたいと考えています。しかし、イリナは貴族の生まれ。私は平民でしかありません」
【イリナは下級貴族の、詳しくはセアニア男爵家の三女になります】
「そう言えばそうか。忘れてたけど、イリナって貴族の娘さんだったな。あー、簡単な話しじゃねえわけか。どうするよ、兄貴」
「ふむ。問題は年齢差ではなく身分差か。確かに、一般的にはややこしい問題だが……」
セアニア男爵家のことをちゃんと調べたうえで動く必要があるか。
根回しをすべきは……、よし。
「僕は家来衆の幸せを応援しようと決めているからな。フィルミー。オーレナングに戻り次第、もう一度遠出をするぞ。付き合え」
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