第148話 登城(義父同伴)

 国都にやってきた最大の理由はもちろんエイミーちゃんの護衛だ。

 二つ目が母上への報告。

 で、三つ目な王城への挨拶になる。

 多忙を極める宰相に、ほんの少し時間をとってもらって子供ができたことを伝え、王様宛の文を手渡すことになっていた。

 もちろん今回の手紙も大作だ。

 十万字の小説一冊のうち、九万九千九百字があらすじで本編は百字しかないような内容。

 もちろんあらすじ部分に伏線などないこの手紙は、本当に王様に喜んでもらえるのだろうかと不安になりながら書き上げた。

 さらに何が疲れたって、今回の添削者がカニルーニャ伯だったのだ。

 手紙を書いてはダメだしされつつ、途中で陛下との謁見時のマナーについての指導を受ける。

 今回は宰相相手だから必要ないと抵抗したけど、不測の事態に備えるべきだの一点張りに屈した。

 お義父さんすごい頑固。

 カニルーニャ側の家宰、ハメスロットの後任の男性からのストップがかからなければ徹夜になってたかもしれない。


 数日後。

 王城側から宰相のスケジュールを抑えられたとの連絡を受けたので、分厚い手紙をもって登城すると、控えの間にはカニルーニャ伯が先に到着していた。

 どうやら、僕に合わせて呼び出されたらしい。

 

「久しいな、カニルーニャ伯。ヘッセリンク伯は、先に顔を合わせたばかりだが、今回は騒動の種など持ち込んでいないだろうな?」


 いつもお手数をおかけしてすいません、いやいやいい機会だから、なんていう義理の親子トークでリラックスしていた僕達を、案内された先で待ち受けていたのは宰相ではなく国王陛下その人だった。

 お義父さんも知らなかったらしいけど、そこは大貴族カニルーニャ伯爵。

 驚きを顔に出すことなくスムーズに膝をつく家臣ムーブを繰り出す。

 僕も半拍ほど遅れて膝をつき、陛下の質問に答えた。


「はっ! 今回は愛する妻の護衛としてこちらに参りました。それに、義父たるカニルーニャ伯の目もございますので。大人しく、それはもう借りてきた猫のごとく大人しくしております」


 カニルーニャ伯からの教え、その一。

 現陛下からの問いかけには、ユーモアをもって対応せよ。

 上手くはまったのか、陛下は笑顔を浮かべた後、わざとらしく渋面を作って隣で控えている義父に声を掛ける。


「カニルーニャ伯よ。文でも伝えたが、この暴れ者を御せる可能性を持つのは、お主とカナリア、アルテミトスくらいのものだ。辛い役目だとは思うが、くれぐれも頼む」


 誰が暴れ者だ!


【ヘッセリンク伯爵閣下でしょうね】


 そうですね!


「委細承知してございます。一貴族としてそれを為せと言われればお断りせざるを得ない難事でございますが、義父として、ヘッセリンク伯の手綱を握りたいと思っております」


 貴族としてなら断りたいなんて、ナイスユーモア。

 ユーモアですよね?

 本気じゃないですよね?

 

「うむ。期待しておるぞ。それはそうと、ヘッセリンク伯よ。国に災いを齎す魔獣の森の氾濫を未然に防いでみせた件、褒めて遣わす。その原因であろう脅威度Sの魔獣討伐も含め、大儀であった」


 先にしこたま報奨金をもらってはいるけど、貴族として、陛下自らのお褒めの言葉こそ最高の栄誉だ。

 と、これも最近レッスンで習った。

 そして、正解の返答はこう。


「過分なお言葉をいただき、恐悦至極にございます。ただ、先の件は陛下の臣として当然のことをしたまでのこと。強いて申し上げるならば、陛下より賜った護国卿の名を汚さずに済んだことには、安堵しております」


 僕渾身の貴族ムーブが決まった。

 さあ、王様よ。

 感動で打ち震えるがいい!


「ふむ。一般的な貴族の台詞回しが上手くなったではないか。まだ付け焼き刃感が否めないがな」


 採点が辛すぎる。

 目線を上げると宰相は笑いを噛み殺しているし、カニルーニャ伯はもう少し上手くできるだろう? と不満顔だ。


「謁見の機会を賜った時のために、義父から厳しい指導を受けましてございます」


 やっぱりプロの前で一夜漬けの技を繰り出すなんて無謀だったか。

 仕方なく、お義父さんに教えてもらいましたと白状しておく。

 

「それはいい。カニルーニャ程の大貴族からの直接指導など、金を出しても受けたいと思う当主もいるはずだからな。ヘッセリンク伯は人に恵まれておるわ」


「人に恵まれているという点については仰るとおりです。陛下や王太子殿下はもちろんのこと。家臣にも、妻にも恵まれております」


 もちろんコマンドにも助けられてるよ。

 

【……ふんっ!】


 あ、あんたのためにやってるんじゃないだからね? とでも言いたげな反応ありがとうございます。


「ヘッセリンクの家来衆か。あの・・ジャンジャック将軍や聖騎士オドルスキの他にも粒揃いだそうだな? いつか会ってみたいものだ」


「陛下に、我が家自慢の家来衆を紹介させていただけたら素晴らしいことですが……。他の家の方々の耳に入るとまた我が家の評判に悪い影響を及ぼしそうですな」


 だったらうちの若いのも紹介させてくださいよ陛下! なんてことになったら目も当てられないので遠慮願いたい。


「はっはっは! 確かに。そうなっては、今度は余が愚息に叱られてしまうかもしれん。残念だがやめておこう」


 ああ、最近僕絡みで王太子を複数回叱り飛ばしてるもんね、王様。

 逆の立場になって息子からの逆襲に遭うのは立場上よろしくないだろう。


「しかし、お主を取り巻く環境はいつでも注目の的だ。生まれながらにしてヘッセリンク伯爵家の嫡男であり、ラスブラン侯爵の孫。さらに、近いうちにクリスウッド公爵家とも縁続きになるとは。よほど縁を司る神に好かれていると見える」


 その神様が、先日横っ面を張り飛ばすと決めた神様とは、別の神様でありますように。

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