第147話 意外な名前
「アヤセはなんと?」
全てバレてる前提で一応確認してみる。
アヤセはあれで酒豪だし、僕に対する悪感情もないから下手な話はしてないと思うんだけど。
頼む。
余計な話はしないでいてくれ。
「ほとんどの時間、いかに自分の従兄が素晴らしいかを語っていたな。ラスブラン侯爵家は、空気を読むことに長けた『知』の家。ただ、あの年頃の若者には、それが弱腰に映るのだろう。酔いが深くなるほどに家への不満を吐き出していた」
セーフ?
いや、大貴族の一角であるカニルーニャ伯ご本人に、自分とこの家の愚痴を聞いてもらってる時点でアウトだな。
「従弟が、大変失礼を。私の方から釘を刺しておきます」
頭を下げつつ、本格的にオドルスキと一緒にブートキャンプを行おうと計画する。
倒れるまで走ってもらった後、クーデルと同じ
帰ったら最優先で相談だ。
「なに、構いはしない。久しぶりに若い世代と酒を呑めて楽しかったのでね」
「それはそれは。私も近日中にお誘いいたしますよ。考えてみたら、ちゃんとカニルーニャ伯とご一緒したことはありませんでしたね」
なんやかんやで二人きりで差しつ差されつなんていうやりとりをせずにここまできている。
一般家庭なら折に触れて義理の親父さんと会う機会もあるだろうけど、僕達は立場上そうもいかないからな。
たまに会ってもこうやって緊張感溢れる対面になるわけだし。
【緊張感が溢れているのは閣下に原因があるのでは?】
最近声かけが少ないからか、ちょこちょこ刺してくるよね?
また今度、君ともゆっくりコミュニケーションを取るつもりなので静かにするように。
【今度っていつですか?】
うるせえ!
「その時はエイミーに叱られない程度にしないといけないな。さて、ここからは小言という体の情報提供だと思ってもらいたい」
ウザ絡みしてくるコマンドをいなしていると、お義父さんがカニルーニャ伯の顔になってそう言った。
これはまた違う緊張感が走る。
「カニルーニャ伯がわざわざ私に情報提供とは、穏やかではありませんな」
ヘッセリンク派の存在にかけつけて呼び出して、実はこっちが本題か?
「ヘッセリンク派という俗称について思うところはあるが、あの若者たち自体はヘッセリンク伯を真に慕って集まっているのはどうやら間違いないようだ」
へえ、それは知らなかった。
アヤセ以外とは実際に接触してないからな。
誰がその非合法組織に所属してるのかくらい聞いておけばよかった。
「そうなのですか? 私自身は従弟と話をしただけですので、詳しい構成は存じ上げないのですが」
「護国卿を慕う若者からしたら、その義父である私も敬意を払う対象らしい。声をかけたら皆快くヘッセリンク伯への想いを語ってくれた」
優しい笑顔を浮かべながらそう言った義父に背筋が寒くなる。
いやいや。
明らかに僕の義父という背景に物を言わせて若者達から情報を吸い上げましたよね?
護国卿の義父にして、国の食糧事情に大きな影響を持つカニルーニャの現当主。
声をかけられて舞い上がった子たちの口もさぞ軽かっただろう。
「いいような、悪いような。いや、国の重鎮カニルーニャ伯を捕まえて私の義父扱いはやはり不敬か」
「そこはまあいい。なかには我が家と懇意にしている家の子息もいたので、そちらには私からそれとなく心配しないように伝えておこう」
「感謝いたします」
顔が広いって大事だよね。
僕も、というかヘッセリンク家も、そろそろ社交を重視してもいいんじゃないだろうか。
いつまでも『狂人でございまーす』じゃ、やっていけない気がする。
「問題はここからだぞ、ヘッセリンク伯」
ここまでも問題しかありませんでしたよ、カニルーニャ伯。
「……伺います」
「ヘッセリンク派。通称、護国卿を慕う若手貴族の集いの首魁はアヤセ・ラスブラン。では、そのアヤセ・ラスブランを支える右腕は誰か」
僕の学生時代。
狂人派の首魁であるレックス・ヘッセリンクを支えたのは、クリスウッド伯爵家嫡男リスチャード・クリスウッドだった。
それを考えると、公爵家か? まさかゲルマニスとか言わないよな?
なんていう、僕の心配は杞憂に終わった。
が、ゲルマニス公爵家の方がまだ良かったかもしれない。
カニルーニャ伯の口から紡がれたのは、意外すぎる名前。
「ダイゼ・エスパール」
「まさか、嘘でしょう?」
エスパール伯爵家!?
よりによって、それは、まずい。
まだ見ぬダイゼ君よ。
残念ながら、君のパパンはヘッセリンクが大嫌いだ。
「騙りでなければ本当だろう。なにより、父親であるエスパール伯によく似ていた。間違いなくエスパール伯家の嫡男だ」
そして、この世界の神様も僕のことが嫌いらしい。
いいだろう、まだ見ぬ神よ。
存在するか知らないけど、いつかその横っ面を張り飛ばしにいってやる。
「エスパール伯と我が家の関係はお世辞にも良好とは言えません。そこにきて、ご子息が我が家を持ち上げる非合法組織に所属しているとなると」
僕の懸念に、カニルーニャ伯が重々しく頷く。
激しく同意というやつだな。
「面倒なことになるだろうな。エスパール伯に活動を悟られないよう釘は刺したが、若者のすることだ。いつどのタイミングでそれが漏れるか読めない。エスパール伯は北の雄。情報収集能力は我が家のそれを遥かに上回っている」
北の雄、か。
十貴院会議で吊し上げられた経験からエスパール伯自体にいい印象はないけど、本人は元近衛らしいし、街づくりや衛兵の練度の高さを見れば、無能な当主でないことは確かだろう。
「そういえば、我が家が元闇蛇の人員を雇い入れたことも探り当てられましたね。なぜそこまでの力と立場がありながら我が家を目の敵にするのか」
「その答えが嫉妬以外にあるのであれば教えていただきたいな。なんにせよ、早晩ヘッセリンク派のことも、子息がその集まりに参加していることもご本人の耳に入ると思った方がいい」
「まあ、その非合法組織については王太子をはじめ、カナリア公やアルテミトス侯もご存知なのでどうこうないでしょうが……」
僕の甘い見通しを聞いて、お義父さんがため息と共に、首を横に振る。
その意は、『やれやれ……』か。
「ヘッセリンク伯は、自分以外の貴族という生き物について、もう少し勉強する必要がありそうだな」
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