第152話 支援方針

 猿轡を外した途端、「そんなことはしなくていい」だの、「自分達の力でセアニア男爵に認めてもらう」だの、「自分よりもメアリとクーデルが先なんじゃないか」だのと、案の定、真面目さを発揮し始めたフィルミー。

 放っておくと話が進まないので、メアリとクーデルに再度拘束するよう指示を出しておく。

 ジャンジャックに師事し、竜種を屠るほどの屈強さを手に入れたはずのフィルミーを手際よく抑えつけて猿轡をはめるメアリ。

 最後の台詞が危険だったためか、額に青筋を立てつつ、よりきつく縛りあげていたが、すぐにクーデルが蕩けきった笑顔で拘束を緩めてあげている。

 まあ、そこはあとで好きなように話し合ってもらうとして。


「フィルミーさん。貴方が今一番成し遂げたいことはなんですか? そこに至るための最も近い道が目の前にあるというのに、意固地になってどうするというのか」


 フィルミーの態度に、師匠であるジャンジャックが呆れ顔でそう叱りつける。

 厳しい指導で毎日毎日傷だらけにしてはいるけど、きっと息子のように思っているんだろう。

 多分。


「まあ、フィルミーがラッキーとばかりに僕達の話に乗ってきたら、それはそれで不安にはなるが。真面目なのはいいが、そのために目的を見失うのはいただけないぞ」


 フィルミーに、『力貸してもらっていいんすか? あざーっす!』みたいになられてもキャラぶれが凄すぎてついていけないけど、適度に流される柔軟性は大事だと思う。


「んー……んー!」


「しかし……それではあまりに情けなさ過ぎます! だそうです」


 なるほど、そういう感情が先に来るのか。

 結婚するために雇い主であり、国有数の大貴族である僕の力を頼ってしまうと、イリナに顔向けできないと。

 

「いや、情けなくはないだろう。これはヘッセリンク家全体の話でもあるんだ。好き合っている家来衆同士が結ばれるか否か。ここで傍観するようでは、僕自身の貴族家当主としての価値に関わる」


 こじつけ?

 そうですね。

 でも、出来るだけ主語を大きくしないとフィルミーは聞き入れてくれなさそうだから仕方ない。

 全く的外れなことを言っているわけでもないし。

 僕は面子を何よりも大事にする貴族の一人、しかもこのオーレナングを本拠とする大貴族、ヘッセリンク伯爵だ。

 その僕が可愛い家来衆の婚姻の一つや二つ実現できないなんて、沽券に関わる!

 という感じでどうだろうか。


「んー」


「面白がっているだけに見えますが、と言っています」


「これはひどい。心から二人のことを応援しているというのに」


 ただ、その側面があることは否定しない。

 オドルスキの時もそうだったけど、なんで他人の恋愛って楽しいんだろうね。

 下品だとは自覚しているけどドキドキが止まりません。

 もちろん、焚き付けて梯子を外したりするつもりはない。

 僕ことレックス・ヘッセリンクは、ちゃんと二人が納得できる形で、梯子を登り切るまで支援することを約束します。


「兄貴、顔が笑ってるぜ。フィルミーの兄ちゃんも諦めろよ。エリクスじゃねえけど、俺だってこれでも兄ちゃんのこと尊敬してるんだぜ? イリナにも世話になってるしさ。だから二人には恙なくくっついてもらいたいわけ」


「んん……」


「メアリ……と言っています」


「そこまで訳さなくていい。というか、よくわかるものだなクーデル」


 さっきからフィルミーの猿轡越しの呻き声を通訳してくれていたのはクーデルだった。

 適当なのかと思いきや、フィルミーの反応を見ると当たっているらしい。

 最後なんて、んん……だけでよくメアリ……だとわかったな。


「元闇蛇ですので」


 メアリに目を向けると首を横に振られた。

 クーデルだけの特殊技術らしい。

 どうやって身につけたかは怖いので触れないでおこう。


「とにかく、二人の人生が掛かっている場面で悪ふざけをするつもりはない。目的を達した後、お前達とセアニア男爵家の間に溝ができるようでは意味がないからな」


 繰り返しになるけど、前提として当然二人の幸せを応援したい気持ちがある。

 そして、そのためにはイリナの親御さんが納得する落とし所を探る必要があるわけだ。

 家来衆だけ幸せならそれでいいなんていう、雑な考えで動きはしない。


「なんにしましても、具体的に動くのは王立学院からの回答を待ってからにしたほうがよろしいかと」


 これ以上は時間の無駄だと判断したのか、ハメスロットがそう言いながらエリクスに視線を向ける。


「最優先で質問状を作成します」


 師匠の視線を受けた弟子は、そう言い残すと足音高く部屋を出ていった。

 あの調子だと、これからすぐに研究者に向けた質問状作りに取り掛かるつもりだろう。

 

「なんとまあ鼻息の荒いことだ。エリクスが心からフィルミーを慕っているのがわかるな。可愛い弟分がああまでも本気で応援してくれている姿、グッとくるのではないか?」


 ハンドサインでクーデルに指示を出すと、すぐに僕の意図を読み取ってフィルミーの猿轡を外してくれた。

 フィルミーも、興奮気味だった先ほどと違い、普段の落ち着いた態度で口を開く。

 

「そう、ですね。少しだけ考える時間をください。私だけの一存ではなく、イリナとも話をしなければなりませんので」


 それもそうか。

 オーレナングに戻ってすぐこの会議を招集したので、イリナは僕達がこんな話をしていることをもちろん知らない。


「いいだろう。少しと言わずじっくりと考えればいい。僕はお前達の味方だからな」


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