第135話 興奮するおじさん

 ディメンションドラゴン討伐の知らせを持った早馬を受けて、国都に避難していたみんなが戻ってきた。

 避難組も怪我や病気はなく、元気な姿を見せてくれてホッとする。

 オドルスキはアリスとユミカを抱きしめ、アデルとビーダーは涙を流してメアクーの無事を喜んだ。

 あの堅物ハメスロットも、エイミーちゃんの元気な姿を見て嬉しそうに微笑んでいる。

 エイミーちゃん、マジュラス抱いたままだけどそこはスルーなのか?


「お兄様! メアリお姉様! クー姉様!」


 オドルスキに甘えに甘えて満足したらしいユミカが、今度は僕らに向かって突撃してくる。

 

「ユミカ! いい子にしてたか? 母上やヘラは優しくしてくれたかな?」


「はい! 奥様もヘラ姉様も優しくしてくれました! あと、アヤセ兄様にたくさん遊んでもらいました!」


 おやおやおやおや。

 アヤセ兄様?

 これはいけませんね。

 ほら、聖騎士さんが詳しく聞きたそうにしてますよ。

 大丈夫だオドルスキ。

 彼にはユミカと仲良くしてくれた件で、お礼のお手紙を送っておくから。

 そうだな、機会を見てオーレナングに招待しよう。

 その時に親睦を深めようじゃないか。

 

 メアリが苦笑しながら髪を撫でてやり、クーデルがやや頬を赤らめ瞳を潤ませながら抱きしめている。

 クーデル、それ以上は紳士協定の名において罰するつもりでいるからそのつもりで。

 

 そんななか、若手メイドのイリナがキョロキョロと部屋の中を見回していた。

 

「どうした、イリナ。食事はまだだぞ?」


「伯爵様。いえ、お腹が空いているわけではなく。フィルミーさんがいらっしゃらないようなのですが、まさかもう警邏に?」

 

「ん? ああ。フィルミーか。脅威度Aの竜種を討伐する際に魔力を使い果たして倒れてな。今は部屋で休んでいる」


 僕も心配だったけど、今日現在で日常生活を送れるくらいには回復してきている。

 ただ、無理に魔力を練り上げて放出したことが祟ったのか、まだ身体のだるさが抜け切っていないらしい。

 絶対に無理をしないよう指示済みだ。

 真面目だからすぐ働こうとするんだよね。


「ジャンジャックの見立てでは安静にしていれば問題ないらしいから、当面は休養を与え」


 僕の言葉を最後まで聞くことなく駆け出すイリナ。

 向かった先はフィルミーの部屋だろう。

 うん、いやいいんだけどね?

 二人がいい感じなのは知ってるからこれをきっかけに収まるところに収まってくれれば僕としても嬉しい。

 が、僕に対して失礼ぶっこいた場面をアリスがしっかり見ていたようなのであとで叱られてください。


 みんなが無事の再会を喜び合っていると、我が家のシェフ、マハダビキアがソワソワを隠そうともせず近づいてきた。

 用件はわかっている。

 決戦前に課した無茶振りの答えを見せてくれるつもりなんだろう。


「若様。とりあえず出すもの出してもらっていいかい? 俺の戦いはこれからだからさ。もちろん若様達の無事も毎日祈ってたけど、それ以上にどんな料理がいいかずっと考えてたんだよ。それはもう頭から煙出そうなくらい。おっちゃん! 感動の対面果たしてるとこ悪いけど、早速厨房に行こう!」


 ビーダーが、マハダビキアの声を受けて駆け寄ってくる。

 その顔は、さっきまでメアリを撫でくりまわしていた好々爺のそれではなく、精悍な料理人のものだった。

 仕事人ってかっこいいよね。


「ああ。僕も行く。一応、ディメンションドラゴンの肉は部位ごと、と言っていいかわからないが、オドルスキ達がある程度のサイズにカットしてくれているから」


 怒りに任せて解体してるのかと思いきや、オドルスキもジャンジャックも僕がマハダビキアに言ったことを覚えていたらしく、それはもう丁寧に肉を切り出してくれた。

 渡されたのは肉と骨。

 その一部を調理台の上に載せてやると、二人の歓声が上がった。


「了解了解。かあっ! この色艶見てみろよおっちゃん!」


「こりゃあたまんないねえ! 料理長、早く火ぃ通してみましょうや!」


 おじさん二人がキャッキャしながら肉の塊を吟味している画に需要があるだろうか。

 いや、ない。


「他の珍しい魔獣もいたんだろ? これからも触ったことのねえ食材触れると思うとワクワクするぜ」


「脅威度Sなんてバケモンの肉だけじゃ足りないかい? 料理長は欲が深いねえ」


 ビーダーの言うとおりです。

 多分、マハダビキアはこの世で初めてディメンションドラゴンの肉を調理する料理人になる。

 ビーダーはあくまでアシスタントに徹するらしいので、後にも先にもこの食材を取り扱ったことのある料理人は彼だけだ。

 歴史に名を残す出来事だと思うけど、料理人的には、それはそれこれはこれらしい。


「おっちゃんはさ。例えばマッデストサラマンドの肉、扱ってみたくない?」


「そりゃあ料理してみてえや。狂炎竜の肉なんて、あっしみてえな木っ端料理人じゃあ一生お目にかかれるもんじゃねえですから」


 ディメンションドラゴンの生肉を前にして興奮が止まらない二人。

 今度はあんな肉がいいこんな肉がいいと盛り上がり始める。

 これは止めないと終わらないやつだな。


「マッデストサラマンドか。今回は肉を確保する余裕などなかったが、機会があれば獲ってこよう。あれはとてもいいものだからな」


 僕の言葉に二人の歓声があがる。

 いや、そんなに頻繁にうろついてる魔獣じゃないから確約はできないんだけど。

 深層の奥なら見つかる可能性は上がるかな。

 




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