第136話 紹介

 とりあえず厨房のほうは任せろと言うことなので、みんなのいるエントランスに戻ることにした。

 直前まで肉を眺めて二人でニヤニヤしてたけど、きっと僕が退室した瞬間には引き締まった料理人の顔になっていることだろう。

 多分。

 マハダビキアはもちろん、ビーダーも仕事人だからね。

 今日は久しぶりに温かくて美味しいものが食べられそうだ。


 エントランスに戻ると、エイミーちゃんに抱っこされていたマジュラスがこちらに駆けてきた。

 うーん、子犬。

 黒いオーラの巨大骨格標本だったとは思えない可愛らしさだ。


「戻ったか主よ。それで、我はいつ紹介してもらえるのかのう」


「ああ、そう言えばまだ帰ってきたみんなにはマジュラスのことを伝えていなかったな。それにしては馴染んでいたように見えたが」


 僕が厨房に行ってる間もずっとエイミーちゃんに抱っこされてたのに、誰も何も聞いてこなかったの?

 みんなもっと関心持って。

 

「それには我も多少なりとも驚いておるのじゃ。行って帰ってきたら子供が増えておるというのに、奥方が受け入れているのを見て誰も我の存在に疑問を差し挟まなんだ」


 それが雇い主の奥さんへの配慮から来るものなのか、本当に誰も気にしてないからスルーなのかはわからないが、生前は王族だったマジュラス的には子供とはいえ知らない人間がいるのに一切戸惑いを見せない皆の態度が驚きだったらしい。

 

「まあ、我が家の家来衆は非戦闘員でも細かいことは気にしない質の者が多いからな」


 そんな問題じゃないって?

 でも、実際誰も気にしてなさそうだし。

 ハメスロットあたりは、また僕がなにかしたんだろうくらいには思ってそうだ。


「流石、と言っておこうかのう」


 流石と言うには何か含んでるみたいだけど、褒め言葉と受け取っておく。

 とは言うものの、なんとなくで受け入れられるのも本意じゃないし、皆には改めてしっかり紹介しておかないとな。


「氾濫の対応にあたった者には既に紹介済みだが、戻ってきた皆にも伝えておくことがある」


 僕の言葉に皆が背筋を伸ばす。

 ワンテンポ遅れてユミカも真似をするのが可愛い。

 頬が緩みそうになるのを必死で我慢しながら、マジュラスの頭に手を置いた。


「彼はマジュラス。平たく言えば僕の新しい召喚獣だ。基本はこのまま家来衆の一員として屋敷で過ごすことになるのでそのつもりでいてほしい」


 シンプルすぎる紹介にも皆が黙って頷くなか、フィルミーと並ぶ我が家の常識担当、ハメスロットが口を開いた。


「私はハメスロットと申しまして、ヘッセリンク伯爵家で第一執事を務めております。召喚獣ということは、マジュラス殿は魔獣ということになるのですかな?」


 正体不明の子供を受け入れる姿勢は見せつつ、皆が知りたいであろう事を代表して聞いた形だ。

 仕事ができるね。

 あと、ジャンジャックの第二執事が自称ではなく、我が家において第一執事、第二執事という役職が正式に採用されていることが判明した。


「うむ、ハメスロット殿。我は新参じゃ。マジュラスで構わんよ。それで、質問の答えじゃが、正体は魔獣で合っておる。種は、亡霊王という」


「では、マジュラスさんと。亡霊王。なるほど、わかりました。屋敷のことなどわからないことがありましたら、私か、そこのエリクスさんにお尋ねください」


 聞きたいことが聞けたということなのか。

 それ以上の質問をすることなくハメスロットが口を閉じる。

 うん、シンプル。

 正直、亡霊王なんていうザ•アンデッドな種族名を聞いて、「なるほど、わかりました」と表情一つ変えずに答えて終わりでいいのかとは思うけど。

 

「……我が言うのもなんじゃが、それで終いで良いのか? 召喚獣じゃぞ? 魔獣じゃぞ? こう、恐怖とかそういう感情があっても不思議ではないのじゃが」


 当のマジュラスも、もっと何かあるだろうと逆に催促するようなことを口にしている。

 しかし、そこは短いながらも我が家の中を仕切っているハメスロットさん。

 心から不思議そうな声でこう言い切った。


「伯爵様が家来衆として認められた。我が家でそれ以上貴方の素性を保証する事実はございません」


 僕の言うことなら間違いないよ! という篤い信頼と同時に、マジュラスが何かやらかしたら僕の責任だからなわかってるよな? という脅しを両立させるという離れ業を見せてくれたハメスロットに敬礼。


「肝が座っておるのう。そちらの女性方もそれでよいのかな?」


「メイド長のアリスです。男も女も関係なく、伯爵様がお認めになられたのなら貴方は悪い存在ではないのでしょう? これからよろしくね、マジュラスちゃん」

 

 ちゃん付けされてさらに複雑そうな顔の亡霊王さん。

 諦めろ。

 アリスはもうお前を子供というカテゴリで扱うことを決めたようだから。


「マジュラス、ちゃん。ま、まあアリス殿を含めた皆がそう思ってくれるのなら我からはこれ以上言うことはないのじゃが」


「諦めろ、というか受け入れろ。僕の自慢の家来衆は小さなことくらいでガタガタ言わないさ」


 個人的には決して小さいことではないけど、家来衆の動じなさを前にしたらデンと構えた風に見せざるを得ない。

 なんだかんだで僕が一番気が小さいんじゃないだろうか。


「そのようじゃな。後ろ向きな反応があったら潤んだ瞳で上目遣いしてでも受け入れてもらおうと思っておったからのう。まさか試す機会もないとは」


 その方法、我が家では通用しないぞ?

 ナチュラルにその技を使いこなす天使で耐性がついているからな。

 

「マジュラスちゃん? ユミカです! よろしくね! マジュラスちゃんは何歳なの? ユミカは九歳!」


 人見知りしない天使がタタッと駆け寄り、マジュラスの両手を握る。

 ユミカのほうが若干背が高いこともあり、自分より年下かもしれないと期待で目をキラキラさせながら顔を覗き込んでいる。

 マジュラスは二百歳越えで最年長だ。

 しかし、本当の年齢を伝えることでユミカをガッカリさせてしまうなどあるまじき。

 僕とオドルスキ、ジャンジャックなどからの無言の圧に気付いたマジュラスは、一度目を瞑ると、意を決したように口を開く。


「あー……、我は。八歳、じゃ」

 

 それを聞いたユミカが歓声を上げて飛び上がり、そのままマジュラスを抱きしめる。

 我が家最高峰の癒しがここに完成する。

 片方は二百歳越えだとしても、それがなんだというのか。

 ユミカは九歳、マジュラスは八歳。

 心の中で呟くと、それが伝わったように皆が静かに頷いた。


「わあ! ユミカの方がお姉さんだ! ねえ、ユミカお姉様って呼んでいいよ! お兄様達は忙しいから、ユミカがマジュラスちゃんに色んなこと教えてあげるね!」


「では、ユミカお姉様。よろしくお願いするのじゃ」

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