第130話 事後

「あの黒い靄に引き込まれたと思った次の瞬間には、どことも知れぬ戦場に放り込まれましてな。これがもう、両軍あまりにも酷い有様でした。装備は質の悪い金属をそれらしい形にしただけの粗悪品、陣形も戦術もなくただただぶつかっては散っていくだけの兵士達。見るに堪えない状況に爺めも良くない血が騒ぎまして。その場を制圧するとともに、両陣営を併合。最終的には黒幕と思われる一国を陥としたうえで戻りましてございます」


「私はそのような血みどろの場所ではありませんでした。なんと、ユミカが大人になった世界だったのです。いや、夢幻だとはわかっているのですが、涙が出ました。あんなにも美しく、優しいままで成長してくれたらどれだけ嬉しいことか。そのユミカを娶りたいという男達が砂糖に群がる蟻のように列を為していましたが、ご安心ください。蹴散らしてまいりました。ところでお館様。アヤセという名前に聞き覚えは? いや、いいのです。こちらの話なので。差し当たっては帰り次第奴を鍛え上げねば」


 何を言ってるかわからないだろ?

 それぞれ黒い穴から帰還したジャンジャックとオドルスキ。

 怪我も病気もなく、気力が充実しきった二人は、マジュラスの力で拘束された状態の次元竜の首を易々と落として見せ、ついでとばかりに尻尾、翼、爪など、部位ごとに解体していった。

 やだー、すごい怒ってるじゃないですか怖い。


「竜種でも高位の存在には違いないはずなんじゃが、えらく簡単に捌くものじゃ。怖いのう」


「もう、ここまで来たら理屈じゃないんだろうな、この二人は。で? なにがあった」


 鬼気迫る形相で次元竜を解体している二人にそう尋ねたところ、返ってきたのが冒頭のストーリーだ。

 おそらくディメンションドラゴンの能力で別の次元に運ばれたんだろう。

 ジャンジャックはこの世界か、世界すら違う名も知らぬ国の戦場。

 普通なら戸惑ってる最中に巻き込まれて命を落とすんだろうけど、そこは我が家のジャンジャック。

 彼の言葉が本当なら、勢力をまとめたうえで戦を終わらせたということになるが、うん。

 ジャンジャックならやれそうだよね。

 止める人間が一人もいない見知らぬ場所に放たれれば、水を得た魚のように鏖殺将軍するだろう。

 なんでも、鍛えがいのある兵士との訓練や、こちらでは見られない種の魔獣との戦闘を経ることで、より身体的にも精神的にもパワーアップして帰ってきたらしい。


 一方のオドルスキ。

 こちらはどうやらこの世界のまま未来に飛ばされたようだ。

 大人になったユミカを一足先に確認してきたなんて、ヘッセリンク紳士協定第一条第三項の『ユミカの成長は皆で等しく見守ること』に抵触していますね。

 帰ったら裁判です。

 それはそうと、やはりユミカへの求婚は相当な数になるようだな。

 あの天使を妻にと求めるのは至極当然の感情なのかもしれないが、幸いその世界線では有象無象をオドルスキが排除した、と。

 それより気になるのが、アヤセという名前を知ってるか、という問い。

 知り合いにアヤセという人物はいる。

 僕の可愛い従弟にしてラスブラン侯爵の嫡孫、さらには、ヘッセリンク派と称する非合法組織を率いる僕の支持者だ。

 この話の流れでアヤセの名前が出てくるということは、いや、まさかそんな。

 ははっ。

 次にあったら訓練に付き合ってもらうか。

 対人においてのマジュラスの力も把握しておかないといけないからな……。


「主よ、悪い顔をしておるぞ」


 おっといけない。

 それともう一つ気になるのは、『奴』の存在だ。

 ユミカの婿候補が我が家に存在しているということか?

 歳でいえばメアリかエリクス。

 メアリがクーデルをかわすのは確実に無理だろうから、エリクス?

 そういえばジャンジャックもエリクスがお似合いとかなんとか。

 しかし、年齢を考えなければ独身はまだいる。

 フィルミー、マハダビキア、ああ、ビーダーも独身じゃないか!!

 

「主よ、急いでいたのではなかったのか? 阿呆なことを考えている場合ではないじゃろう」


 なんだろう。

 メアリのバリトンボイスで突っ込まれるのに慣れてるから、マジュラスのボーイソプラノで詰められると違和感というか、背中がむず痒くなるね。

 

「なぜ僕が考えていることがわかった? まさか召喚獣には僕の考えが筒抜けなのか?」


「主が伝えようという意志を乗せれば伝わるが、それ以外はまったくわからぬよ。ただ、今の主な顔を見れば祿でもないことを考えていることくらい誰にでもわかるわ」


 碌でもないことを考えていたのは事実なので反論の余地もございません。

 

「お館様、そちらの御仁は一体?」


「ただの子供でないことは爺めにもわかりますが、どこまで尋常なものではないのか。底が見えませんな」


「おお! これは我としたことが主の元に連なる先達に挨拶を忘れておった。我は、レックス・ヘッセリンクの召喚獣、種は亡霊王、名はマジュラスという。以後、お見知り置きくだされ」


 二人の言葉にポンと手を打ち、舌ったらずに自己紹介を済ませると、綺麗なお辞儀をしてみせるマジュラス。

 流石なのは、このお子様が普通でない、正体不明の何かなのがわかっていること。

 そのうえで、簡潔な自己紹介に正反対の反応を見せる二人。


「召喚獣? 亡霊王? ということは、魔獣なのか。いや、マジュラスだと? その名はどこかで」


 オドルスキは混乱。

 しかも何か考え込んでいるようだ。


「言葉によって意思疎通のできる召喚獣とは、流石はレックス様。相変わらず爺めの予想を遥かに超えた成長をお見せになる。マジュラス殿でしたな? 私はジャンジャック。ヘッセリンク伯家では、主に第二執事を務めております」


 ジャンジャックはすんなりと受け入れて自己紹介を済ませてしまう。

 これが年の功か。

 それと、いつの間にか第二執事なんてポジションができていること、知りませんでしたよ?


「よろしく頼むぞ、ジャンジャック殿。そちらは、オドルスキ殿じゃったか? 我は新参じゃ。この見た目もあるからの。色々迷惑をかけるかもしれんが、ひとつよろしく」


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