第129話 助っ人 ※主人公視点外

「リスチャードさんだよな? 本物の」


 突然現れた白銀の軽鎧を纏った人物をメアリが唖然とした顔で見つめている。

 私も驚いた。

 次期クリスウッド公爵が、絶対こんなとこにいちゃいけないと思うのだけど。

 そんな私達が可笑しかったのか、綺麗な笑顔を浮かべたまま肩をすくめるリスチャード様。


「さあ? どうやって証明していいかわからないから、その質問には答えづらいわねえ」


 なるほど。

 確かに本物かどうか自分では証明できないかも。

 私も、自分を私自身だと証明するのは難しい。

 でもいいの。

 メアリならきっと本物の私を見分けてくれるから。

 

「ヘッセリンク紳士協定の第一条第一項は?」


「ユミカを地上唯一、絶対の大天使と位置付けることに異議を唱えない!」


 ヘッセリンク家の人間か、リスチャード様を含めたごく少数しか知る由のない、この国で生まれた最新の法について問うと、迷うことなく即答するリスチャード様。


「こんなもん暗記してるなんて、あんたは間違いなく本物だよ。で、なんでいんの?」


「愚問よ、ぐ、も、ん。あたしがここに来るなんて、ルートは二つしかないでしょ? あんた達の大好きな伯爵様か、あたし最愛のフィアンセか。ま、今回はその両方ね」


 愛の伝道師ラブエバンジェリストである伯爵様のご親友もまた、愛の伝道師ラブエバンジェリストなのね。

 代々狂人として名を馳せるヘッセリンク伯爵家。

 その当代の妹様と、国内でも有数の大貴族クリスウッド公爵家のご嫡男の婚約には、様々な障害があったのだと思う。

 それを乗り越えて、ヘラ様を最愛のフィアンセと呼んで憚らないなんて。

 憧れるわ。


「クリスウッド家のリスチャード様ですね。ご助力感謝いたします」


 フィルミーさんも面識はあるけど話をしたことはなかったみたい。

 最敬礼してる場合じゃないから最低限の礼をとることで次期公爵への敬意を示していた。

 こういうことが苦手なのよね、私もメアリも。

 そんなフィルミーさんに対して、気軽に肩を叩いて応えるリスチャード様。


「ええ。よくここまで持ち堪えわね。素晴らしい成果よ。せっかくだから、あの鈍重な竜種もサクッと討伐して最上の結果にしちゃいましょ?」


「はっ!」


 流石は次期公爵様。

 上に立つ人オーラが凄過ぎて、フィルミーさんが自然と指揮権を譲ろうとする。

 普通ならそれが正しい判断。

 誰もがフィルミーさんを責めないし、責められない。

 でも、リスチャードさんはあの伯爵様のご友人で、良くも悪くも普通じゃなかった。

 

「はい、だめだめ。ここの指揮官は貴方なんでしょ? あたしも駒として扱いなさいな」


 次期公爵にも関わらず、状況を見て貴族ですらない平民に対して自分を駒として扱えと言えることは素晴らしいことだと思う。

 言われたほうは荷が重すぎるのだけど。


「え、いやしかし」


 気持ちはわかるわ。

 私でも戸惑うのに、ヘッセリンク家一の良識派なフィルミーさんがそんなことを簡単に受け入れるわけがないもの。


「あら、レックスは貴方にどんな指示を出したのかしら? 立場が上の者が来たら指揮権を譲れなんて、あの変わり者が言うかしら?」


 そのとおり。

 伯爵様は奥様にすら指揮権を渡さず、フィルミーさんに任せるのが最適だと、この場を託された。

 それでもまだ戸惑っているフィルミーさんの腰のあたりをメアリがポンと叩く。


「いいんだよフィルミーの兄ちゃん。この人は兄貴側だ。遠慮したって仕方ねえ」


「はあ……。伯爵様への対応ですらまだ緊張するというのに、次期公爵様に指示を出さないといけないなんて」


 メアリの言葉を受けて、ようやくフィルミーさんも諦めたみたい。

 開き直って切り替えたのが伝わったのか、リスチャード様が悪戯っぽく笑って見せる。

 

「ふふっ。なかなか経験できないわよ?」


「出来れば二度と経験したくありませんな。では、リスチャード様。あの鈍重な蜥蜴の足止めをお願いします。準備ができ次第、私が仕留めます。メアリとクーデルはリスチャード様の援護を」


「へえ……、自信満々ね。OK、いいわ」


 フィルミーさんの自信の源泉を知らないはずなのに、目を細めて唇の端を吊り上げて笑うだけ。

 余計なことは言わないし、聞かない。

 伯爵様の親友なら竜種を足止めできるという信頼と、伯爵様の家来衆なら竜種を仕留められるという信頼。

 男同士の無言のやりとり、痺れる。

 

「ほら、指示どおりあたしが前に出るから闇蛇ちゃん達は援護しなさい。あ、先に言っておくけど前に出過ぎないでちょうだいね。あたしに巻き込まれたら死ぬわよ?」


「こっわ! 巻き込まねえよう気を遣ってくれねえのな」


 美貌の次期公爵様と最愛のメアリが戯れあってるのを見て、普段の私なら身体が熱くなるところだけれど、今はそんな場合じゃない。

 私にだって分別はある。

 だから今のやりとりは屋敷に戻って脳内で繰り返すことにするわ。


「何甘えてるのよ。流石に脅威度Aの竜種相手に余裕ぶっこいてなんてられないわ」


 そんな事を言っている側から、炎の充填が終わったらしいマッデストサラマンドが、再びその大きな口を縦に開く。

 さっきよりもハッキリと炎の色が濃いのがわかった。

 

「炎、来るわよ!」


「デカいぞ! リスチャードさん、退がって」


「退がらなくていいわよ。あんた達は備えてなさい」


 一旦退がってから隙をついて死角から襲う。

 そう考えてた私達をリスチャード様が制した。

 そして、紡がれる魔法。

 その美しさと強大さに、少なくとも私は目を奪われた。


「水魔法、瀑布壁」


 横も縦も広い範囲を網羅する青い幕。

 瀑布とはよく言ったもので、まるで巨大な滝が目の前に現れたようだった。

 竜種の口から放たれた太い炎が地面を焦がしながら滝と激突する。

 普通なら。

 普通なら、いかに水と炎の相性があっても、人間対竜種なら竜種のそれが勝つ。


「あんたも化け物かよ……。竜種の炎を掻き消しやがった」


 ヘッセリンク伯爵家に雇われたあと、理屈では測れない人間がいることを見せつけられた。

 伯爵様、ジャンジャック、オドルスキさん。

 それなりに出来るつもりでいた私がどれだけ無知だったのかを認識せざるを得ない、理外の生き物。

 そして、目の前の美しい男性もその一人なんだと、この時理解した。


「伯爵様とリスチャード様が揃って攻めてきたら、それは勝てないわよね。納得したわ。これは無理」


「さ、フィルミーの魔法が完成するまで絶対に意識を向けさせちゃだめよ?」


「はっはあ! かっこいいねえ。流石は兄貴の親友だぜ!」




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