第122話 VS次元竜

「さてさて。視界が灰色に染まってだいぶ経った気がするが、次元竜はまだ影も形も見えないな」


 レッドオーガの群れを討伐してからは、新種の魔獣が散発的に襲ってくる時間が続いたが、どれもこれも僕達を苦しめるようなレベルの種はいなかった。

 もちろん、緊張感は漲ってる。

 なんせ下手したら氾濫の発生が確定するんだからね。

 それでも、人である以上、長時間緊張感を持続するのは難しい。

 僕やオドルスキ、ジャンジャックという世間的に普通じゃないと言われる人間でもそれは変わらない。

 色のない世界も緊張感を萎ませる一因になっているかもしれないな。

 

「そうですな。ただ、緑の小鬼……ゴブリンでしたか? あの量が大移動してきたことといい、レッドオーガの群れが現れたことといい、そう遠くない場所にいるのは間違いないかと」


「なるほどな。元々、次元竜から逃げ出してきた魔獣が屋敷方面に押し寄せるのが、氾濫の原因という仮説を基にしていたんだった。では、この辺りで軽く休憩といこうか?」


 腹が減っては戦はできぬという格言に沿って一度食事を摂って気を緩めようということで、マハダビキア&ビーダーの作り置きを広げ、各々無造作に齧り付く。

 早く温かいご飯が食べたいもんだ。

 オドルスキはユミカを撫で回したいだとか言ってるが、そういうのを正しく死亡フラグって言うんだよ?

 フラグの概念を上手く伝えられないから言わないけど。

 そんな取り止めもない話をしながら腹を満たし、さらに奥地を目指して探索を再開しよう気を引き締めた時。

 それは突然現れた。


「さあ、五年ぶりの再会です。あの時は遠目にその姿を見ることしか叶いませんでしたが、今回は」


「ジャンジャック様!? っ! 次元り」


 わかりやすく伝えるならブラックホールだろうか。

 急に現れた黒い穴がジャンジャックを、次いでオドルスキを飲み込んで消える。

 オドルスキが最後に伝えようとしたことから推測するに……。


「お前が次元竜、ディメンションドラゴンか。なるほど、思ったよりも小柄なんだな」


 みんながデカブツデカブツ言うから、縦横100メートルくらいある、何で飛べるんだよお前と突っ込みたくなるような化け物を想像していた。

 しかし、視線の先でホバリングしている脅威度Sさんは、尻尾まで含めて10メートルそこそこと、想像を遥かに下回るサイズ。

 いや、10メートルの生き物なんてそれはもう化け物なんだけどさ。

 この世界ならこいつよりでかい生き物なんてザラにいるんじゃない?


「まあ、言葉が通じる相手ではないだろうが……。とりあえず僕の大切な家来衆は無事なのかな?」


 聞いてはみたものの、ここについては一切心配していない。

 これがメアリやクーデル、エイミーちゃんなら流石に取り乱していたかもしれないけど、オドルスキとジャンジャックだよ?

 大丈夫。

 殺したって死なないから。


『次元竜、ディメンションドラゴン。脅威度はお伝えしたとおり、最高クラスのSです。属性は次元と呼称』

 

 OK、コマンド。

 つまりラスボス系ね?

 わざわざ二人の姿を消して僕と二人っきりになった理由が知りたいけど、とりあえず置いておいて。


「来い! ドラゾン!!」


 召喚しっぱなしのゴリ丸とミケに加えて、温存していた唯一の航空戦力、ドラゴンゾンビのドラゾンを喚び出す。


「待たせたなドラゾン! お前が主役だ! 存分に絞め上げてやれ!」


 これまでの召喚は、喚び出す瞬間に強制的に魔力を持っていかれていた。

 そんなものだと思っていたので疑問も持っていなかったんだけど、今回の次元竜討伐にあたって、コマンドから僕になる前のレックス・ヘッセリンクの召喚術について話を聞いておいた。

 

『レックス・ヘッセリンクは、複数の召喚獣を喚んだあとも、必要に応じて追加で魔力を注ぎ、配下を強化することができました』


 つまり、召喚獣にバフをかけることができたということだ。

 レックス・ヘッセリンク=僕。

 なら、それが僕にできないわけがない。

 実際、作戦に着手するまでの数日間と、深層を超えてからの実戦でも試してみたが、いける。

 

「出し惜しみはなしだ。喰らえ!!」


 魔力の追加充填方法は、グッと溜めて、フンッ!! だ。

 もう一度言おう。

 グッと溜めて、フンッ!!

 ふざけてなんかいないさ。

 前にも一度メアリ達に説明したけど、ニュアンスでしか伝えられない世界なので致し方ない。

 そんな方法でも、確実に召喚獣達の動きが活性化するんだから正しいやり方なんだと思う。


 魔力を充填されたドラゾンが、限界まで引き絞られた状態から放たれた矢のような速度で、自分の三倍程度のサイズを誇る次元竜に突撃する。

 ラスボスよろしく悠然とホバリングを続ける次元竜。

 上等だとばかりに、一切速度を緩めず敵の土手っ腹に体当たりをかますと、信じられないことが起きた。

 次元竜がゴム毬のように後方に弾け飛んだのだ。

 しかも悲しげな声を上げながらだ。

 いや、そこは全く効いてませんよアピールじゃない?

 なんで情けない叫びを上げて吹っ飛んでるんだよ脅威度Sなんだろ!?


 と、息継ぎなしで突っ込む前に、再び僕の視界で異変が起きる。

 ドラゾンの体当たりで地面に落ち、勢いのままに木々を薙ぎ倒しながら滑っていった次元竜の姿が、音もなく、忽然と消え去った。

 


 


 

 


 

 

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