第121話 狂人の素養

 えげつない。

 その一言に尽きる。

 ジャンジャックの放った魔法は、『星堕し』というらしく、術者曰く。


「師匠には禁術に近いと言われておりましてな。使うのはこれで三度目になります」


 初回と二度目の被害もとんでもないことになっていただろう。

 あれほど視界を覆い尽くしていたゴブリンの大群が、ほんの一部を除いて動かなくなっている。

 ジャンジャックが何キロあるの? ってレベルの岩石を凄い勢いで空高く打ち上げたのはわかった。

 しかも数え切れない数の岩石を一度にだ。

 なんとなく、あれが落ちてくるんだろうなあとは思ってたけど、落ちてきたのは粉砕されて石礫になった岩石の成れの果て。

 それが高高度から広範囲に、無差別に降り注いだ結果、密集して向かってきていたゴブリンはその身体を砕かれ、貫かれて大半が原形を留めていない。 

 いやいや。

 消耗しないとか絶対嘘だ。

 こんな、RPGなら一番最後に習得するような高威力の全体攻撃魔法、消耗しないわけないだろ。

 抗議を込めて半眼で見詰めたところで、帰ってくるのは満面の笑み。

 このくらいじゃどうってことないですけど、何か? ってところか。

 問い詰めても絶対口を割らないだろうし、なんだったら言いくるめられる可能性すらあるので追及はしないでおこう。


「よくやった。助かったぞ。流石は当代一の土魔法の使い手だな」


 代わりに褒めておく。

 やり口と手段はともかく、宣言したとおりゴブリンを一掃してみせたのは事実だし。

 これを連発できれば次元竜さんもイチコロな気がするけど、そう都合良くもいかないか。

 

「恐縮にございます。さて、だいぶ視界が開けましたな。ここからしばらくは若い者にお任せしたいと思いますが、よろしいかな?」


 この環境破壊と大量殺戮を視界が開けたで済ますのが鏖殺将軍クオリティ。

 正直に疲れたって言ってくれてもいいんだよ?

 ジャンジャック的にそれはプライドが許さないのかもしれないけど、その言葉を受けたオドルスキが軽く笑いながらも首肯している。

 野暮なことは言いっこなしよと。

 男気溢れるやり取りだね。


「オドルスキだけでは手に余るかもしれん。ミケ、ゴリ丸、お前達も頼むぞ」


 先ほどのゴブリン一戦目から召喚しっぱなしのミケ&ゴリ丸に声をかけると、二体ともはいっ! とばかりに手を挙げて応えてくれる。

 可愛いねえ。

 よーしよしよし、いい子だいい子だ。


「お館様、お楽しみのところ申し訳ございませんが、新手です」


「ん? おお、すまない」


 いけないいけない。ここは脅威度Sが巣食う死地だ。

 しかも、一刻も早く次元竜を討伐して帰らないと残してきた家来衆の負担が増えてしまう。

 そんな状況だというのにいまいち危機感が芽生えて来ないのは、レックス・ヘッセリンクの精神性が大きく影響してるのかもしれない。

 

『闇蛇の根城を急襲するという、普通なら命の危険しかないその瞬間にも、閣下は笑っていらっしゃいました。それはジーカス・ヘッセリンク前伯爵もそうだったようです。五年前、一人でディメンションドラゴン討伐に向かう直前にも緊張感は髪の毛一筋分すら感じられず。危険や恐怖に対する鈍感さこそ、まさに狂人ヘッセリンクを体現する素養の一つなのかもしれません』

 

 素養の一つ、なのね。

 他にどんな素養があって出来上がった家なのやら、ワクワクが止まりませんよ。

 もちろん皮肉的な意味で。


「ミケ、ゴリ丸。ジャンジャックが見通しを良くしてくれたぞ。存分に暴れてきなさい」


 脅威度Aの召喚獣ゴリ丸&ミケwithオドルスキ対レッドオーガの群れfeatゴブリンの残党、開戦。

 オドルスキは先ほどの一対一で鬼の動きを把握したとばかりに、今回は観察などせずに大胆に斬りかかり、進化させまいと首を刎ね飛ばしていく。

 ゴリ丸は四腕を活かして複数を相手取っているが、こちらは鬼達がゴリ丸の脅威を悟ったように一切の躊躇もなく角をへし折り、次々と進化状態に移行していった。

 しかし、ゴリ丸からしたら、だから何? というところか。

 膨れ上がった筋肉で武装したオーガの硬質な皮膚を、その力でもって殴打し、引き裂いていく。

 それはもう見事なスプラッタ映像だ。

 気の弱い人間なら気絶の一つもしてしまうかもしれない。

 他方、ミケは猫型魔獣の特徴である身軽さを活かして縦横無尽に鬼達の間を駆け巡り、主にゴブリンを始末しつつ、気まぐれにレッドオーガの太い脚を深く切り裂いて機動力を奪って回っている。

 ゴリ丸の対応している進化済みのゴリマッチョオーガにもちょっかいを出してアシストする気の利きようだ。

 

 危なげない展開で、安心して見物を決め込んでいたところ、ミケに片脚の腱を切り裂かれて這いつくばっていたレッドオーガの一匹が、魔獣の意地なのかなんなのか、とにかく何かを振り絞って僕に向けて跳躍してきた。

 片足で跳んでこの距離を潰してくるのか。

 やっぱり脅威度Aで確定だな。

 呑気に考えている間にも近付いてくる鋭い牙、禍々しい爪、血走り焦点を失った目。

 なるほど、これは怖い。

 牙でも爪でも、僕が喰らえば一発でお陀仏間違いなし。

 間違いないけど、残念ながらそれらが僕に届くことはない。


「ふむ。流石は暫定とはいえ脅威度Aですな。なかなかの気概です。ただ、惜しかった」


 消耗からの回復を図っていたジャンジャックが、戦闘開始直後から抜剣して僕の横に待機済みだ。

 哀れ、飛び掛かってきたレッドオーガは肩から脇に掛けて切り裂かれ、そのまま地面に倒れ伏す。

 敵の血で赤く染まった抜き身の剣をぶら下げた鬼(執事)が悠々と近づき、何の慈悲もなく首を落として見せた。

 

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