第120話 鏖殺将軍と呼ばれた男 ※主人公視点外

「土魔法。星堕とし」


 緑の波となって押し寄せてくる魔獣……レックス様がゴブリンと呼んでいましたのでそれに倣うことにしましょう。

 ゴブリン達に、砕け散った無数の岩石の欠片が降り注ぎ、目論見通りにその命を刈り取っていきます。

 

 この魔法を使うのはいつぶりでしょうか。

 隣国との小競り合いで有象無象を散らすために使ったあの時か。

 いや、東国との戦で騎士達を狩るために使ったあの時だったかもしれません。

 土魔法の師からは、悪戯に使ってはならない、禁術と言ってもいい魔法だと言い含められたものです。

 使ってはならないのなら教えなければいいものを、自分の切り拓いた道をなかったことにしたくないという妄執で私に押し付けたのだろうと思っていました。

 この星堕とし。

 もちろん本物の星を落とすわけではありません。

 生み出した複数の巨大な岩石を遥か空高くに撃ち上げ、粉々にして撒き散らすという、多くの敵を一掃するのにうってつけの魔法です。

 まあ、強いて欠点を上げるならそこそこの魔力を消耗してしまうことでしょうか。

 そう、先ほどのレックス様からのご質問は、消耗し「過ぎる」ことはないか? というものでしたので、否定させていただいたのです。

 実態としては、消耗はするが、し過ぎることはない。

 このような屁理屈、レックス様に知られれば叱られてしまうかもしれませんね。

 

 土魔法は地味、弱い、決め手に欠ける、などなど、後ろ向きな見方が多いなかで、私はそれを極めてやろうと決め、事実、歴史上でも最も名の知れた土魔法使いの一人だと呼ばれるまでに至りました。

 私の他に名を残した土魔法使いが、いずれも戦闘行為以外、多くが食糧生産分野で活躍していたことも、私の存在をより希少なものにしたのかも知れません。


鏖殺将軍おうさつしょうぐん


 人として見れば決して褒められた渾名ではありませんね。

 それだけ殺してきたという証拠に他なりませんから。

 ただ、それを生業としている軍人としては恥じるものではなく、むしろ胸を張ることのできる渾名だとも感じているのです。

 まあ、あの女好きのカナリア公や、堅物のくせに酒で部下を使い物にならなくするアルテミトス侯などと同列に語られるのは納得いきませんが、軍人として得られるものは全て得たと言っていいでしょう。

 

 年齢を考えても、それ以上国軍に所属する理由がなかった私は、当時最強の名を恣にしていた、護国卿ジーカス・ヘッセリンク伯爵の麾下に加わるという選択をしました。

 狂人ヘッセリンクと鏖殺将軍という、極めて評判の良くないもの同士が結びつくことへの懸念の声は凄まじいものでしたが、それはそれ。

 ジーカス様とももに森に入り、高脅威度の魔獣を狩る日々は、退屈とは無縁でした。

 そして、今現在。

 ジーカス様が前回の氾濫をきっかけにお亡くなりになり、後を継がれたのがレックス・ヘッセリンク閣下です。

 お父上はその身にそぐわない剛力と、身体強化の魔法を武器に、超重量の槍をお使いになられていました。

 レックス様には、歴代最高峰の火魔法使いであるお爺さま、つまり先先代の血が濃く流れているのかもしれません。

 ご自身も早くから召喚士としての素質を開花させ、今や国を代表する上級召喚士としてその名を馳せていらっしゃいます。

 高脅威度の召喚獣を従えるそのお姿は、何度見ても感動と興奮で涙が出そうになるのですが、それをぐっとこらえ、その勇姿をこの目に焼き付けることこそ私の役目だと、そう思っています。

 あの世で、ジーカス様にお伝えせねばなりませんからな。

 

 先ほどレックス様にもお伝えしたとおり、確実に国軍に籍を置いていた頃とは比べ物にならないほどの成長を感じています。

 ジーカス様の麾下にあったあの頃よりも、私は今の方が確実に強い。

 それは、私の魔法から主人であるレックス様を守っているオドルスキさんもまた同じ。

 あの東国のいけ好かない騎士、それもその頂点に君臨する聖騎士が亡命してきただけでも大事件でしたが、その聖騎士がよりによってヘッセリンク伯爵家に取り込まれたとあっては、特定の層にはそれはそれは穏やかではなかったでしょう。

 そんな彼が今や、レックス・ヘッセリンク第一の剣と言っても過言ではない、家来衆筆頭です。

 ユミカさんの義父を自認するようになってからは、人間味も豊かになっていますね。

 非常にいい傾向です。

 同僚として、友として。

 彼のこれからが幸多いことを、心から願っています。


 そうそう。

 最近の出来事として特筆すべきことは、この歳で内弟子を取ったことでしょう。

 元アルテミトス侯爵領軍斥候隊長の肩書きを持って転籍してきたフィルミーさん。

 剣を教えて欲しいと請われた時には暇潰しとしてちょうどいいという程度にしか考えていませんでしたが、彼はいい。

 鍛えてみてわかった彼の一番の長所は、斥候としての技術でも、剣の腕でも、土魔法の素質でも、人間性でもなく、シンプルに頑強な肉体でした。

 これは非常に、非常に重要な素質です。

 明日は起き上がれないだろうと思うくらいに扱こうとケロッとして翌朝の鍛錬に現れる。

 もちろん傷は治っていませんし、疲労は抜けていないのですが、倒れ込むことのないその不屈の肉体は、もっと若い頃から鍛えれば世界に名だたる戦士になっただろうにと、悔やまれる水準です。

 当初は暇潰しだった師匠ごっこ。

 しかし、いつしか本格的な鍛錬に切り替わり、今では忌々しくも誇らしい私の二つ名『鏖殺』を譲る日が来るのではないかと、俄に期待しているところです。


 


 

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