第119話 緑の海

 ゴブリン。

 前の世界でファンタジーに登場する魔物は? と聞かれれば、半分とまではいかないけど三割くらいはこいつと答えるだろうと思うくらいにポピュラーなモンスターだ。

 アルスマークでは見たことないし、まさかこんな森の深層を超えた危険地帯で今さらチュートリアル的な雑魚キャラであるゴブリンなんて出てこないだろう。

 出てきても油断しないぞ!

 なんて考えてた先程の自分をブン殴りたい。


「ゴリ丸、ミケ!」


 目の前に広がる薄汚れた緑の集団。

 あんなくすんだ緑でも色を失った灰色の世界にはよく映えるんだなあ。

 なんて現実逃避をしてる場合ではない。

 ゴブリンの大群に遭遇して絶賛殲滅中です。

 人の子供並みの身長の小鬼達が、僕達を見つけた瞬間殺到してくる。

 恐れていたのはゴブリンが強キャラだった場合だけど、幸いそんなことはなく、目の前ではオドルスキとジャンジャック、ゴリ丸とミケによる駆逐が進んでいる。


 進んでいるけど、なんせ数が数だ。

 何匹かはジャンジャック達の魔の手を逃れて僕に辿り着く。

 そうなると詰んでしまうのか?

 答えは否。


「風魔法、ウインドアロー!!」


 僕の間合いに入ってこようとするゴブリンを属性魔法で叩いていく。

 魔法が使えるのかって?

 もちろんだ。

 王立学院在籍時には必ず魔法の授業があり、成績も良かったらしい。

 具体的には、あの完璧無欠超人こと、クリスウッド公爵家のリスチャードに魔法の成績だけは勝ち越したんだとか。

 ただ、レックス・ヘッセリンクが召喚士であることにプライドを持っていたことと、家来衆の存在によって、卒業後に彼が魔法を使うことはほぼなかった。

 唯一の例外が前回の氾濫。

 大量の召喚獣を同時召喚したうえに魔法を行使したことで、短くない間昏睡状態に陥ったと、コマンドに聞かされた。

 

 エイミーちゃんは火魔法、ジャンジャックは土魔法を得意とする魔法使い。

 では、召喚士たる僕に得意な属性魔法があるのか。

 答えは、ない。

 流石に召喚士なのに属性魔法も最強だぜ!! とはいかないようだ。


【魔法の与える衝撃が込めた魔力に比例するのをいいことに、属性など言い訳だと、有り余る魔力を注ぎ込むことで高い破壊力を実現していました】


 要は、火魔法特化のエイミーちゃんや土魔法特化のジャンジャックのように華麗な高位魔法は使えないので、連射もできなければ効果範囲も狭い下位の魔法に大量の魔力を注ぎ込んで一点突破してたんだな。

 ちなみに、なんとなく風魔法がかっこいいという理由でウインドアローを乱発していてらしい。


【高位の魔法が使えて、かつ高い身体能力を持つリスチャード様にすら、魔力タンクっぷりを発揮して勝ち越しています。要はゴリ押しですね。魔法の技術だけで言えばリスチャード様はもちろんブレイブ様のほうが上というのが当時の教官の評価です】


 魔力タンクでゴリ押し戦術。

 字面だけだと嫌われそうだ。

 ただ、その戦術が有効なのは事実で、今の僕は脅威度Aの召喚獣を二体喚び出しているにも関わらず、属性魔法を使っても一切疲労感はない。

 過去のレックス・ヘッセリンクは意識を失うほどのダメージを受けたらしいけど、まだいけるというのが実感だ。

 そう、成長してるのは家来衆だけじゃない。

 レックス・ヘッセリンクもレベルが上がっているんだ。

 主に魔力タンクとして。

 

「お館様の魔法は久しぶりに見ましたが、流石の威力でございます」


「然り。ウインドアローと言うからには矢を模しているはずですが、レックス様のそれはまるで槍のごとき太さ。流石というほかありませんな」


 数だけは多いゴブリンを、時間をかけて丁寧に討伐し切った時には、灰色だった地面にゴブリンの緑が敷き詰められた状態になっていた。

 いつも召喚獣のみんなや家来衆に任せっきりで自分で魔獣を討伐したことがなかったけど、百戦錬磨の二人が誉めてくれるということは、そこそこ上手くいったと言ってもいいんじゃないだろうか。


「慣れないことをしないにこしたことはない。どれだけ魔力を込めようと、結局本職には敵わないのだからな。あくまでも僕の魔法はお守り程度と考えておいてくれ」

  

 かと言って、調子に乗って前に出るようなことはしない。

 生兵法はケガの元だ。

 魔法は魔法使いに任せて、僕は召喚士らしくみんなの後ろに隠れてるくらいがちょうどいい。


「御意。しかし、あの程度の魔獣に突破を許してしまうとは、まだまだ未熟です」


「流石に今回は数が多すぎた。これだけ倒したのだから、もう一度同じ規模の群れが現れることもないだろう」


 はっはっはと笑い合う僕等だったけど、すぐに笑えない事態に直面することになる。

 おかわりが来ちゃった。

 見た感じ、先程と同じ量のゴブリンの大群。

 サイズが違うとか、武装してるとか、なにも変わっていない薄汚れた緑が視界を埋め尽くした。

 マジかよ……。

 オドルスキも僕同様勘弁してくれと言った風に頭を振っている。

 一匹ずつが弱くても、魔法を使わない彼が剣を振る回数は相当だからな。

 それに、ゴブリンの生命石は、冗談抜きでユミカの小指の爪、しかも足の方の爪サイズしかない。

 一体解体したところで、これを集めるのは時間の無駄だと悟って生命石の確保を諦めたこともあり、実入りがないのに疲れだけ溜まるっていう、経済的にも身体的にもある意味最悪の敵だ。

 

「ふむ。一度はいいですが、二度は楽しめませんな。レックス様、少し大きめの魔法を使いますのでお下がりいただいてもよろしいでしょうか?」


 ジャンジャックがうんざりした表情でお伺いを立ててくる。

 あ、これはあれだな。

 土魔法を使った鏖殺タイム。


「それは構わないが、本命前に消耗しすぎたりはしないだろうな?」


 ゴブリンくらいで力を使い果たして次元竜戦から離脱とかになるなら、ドラゾンも呼び出して長期戦覚悟で倒し切るほうがいい。

 そのうえで十分な休息をとって回復を図ろう。

 電撃戦とはいっても、ボロボロで挑む必要はないからね。

 

「まさかまさか。このような数だけの木偶だけで満足するほど爺めは耄碌しておりませんとも。この程度、前菜にもなりはしません」


 僕の心配をよそに、大げさに肩をすくめて見せるジャンジャック。

 彼が言うならきっとそうなんだろう。

 強がりや虚勢とは無縁だからな。


「なら構わない。オドルスキ、巻き込まれる前に退がるぞ」

 

「はっ! ジャンジャック様、お任せいたします」


「万事任されました」


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