第117話 成長

「オドルスキさんはもちろん、メアリさんやクーデルさんもメキメキと腕を上げておりますよ? 無論、この爺めもまけてはおりませんがね?」


 なんだかオドルスキの奴強くなってない? とジャンジャックに問いかけると、何を今更と言わんばかりの回答が返ってきた。

 爺さん、あんたもまだ成長してるの?

 鏖殺将軍なんてやばい二つ名が国内外に轟いてるんだから、もういいんじゃないかと思わざるを得ない。


「家来衆にあまり力をつけられると、雇い主である僕の立つ瀬がなくなってしまいそうだな」


「はっはっは! お戯れを。これは以前ハメスロットさんとも話したことですが、我々が束になったところで、レックス様の喉元に迫ることは困難でございます」


 執事同士でそんな話ししてるのか。

 それにつけても、よいしょが過ぎるな。

 ジャンジャック、オドルスキ、メアリ、クーデル、フィルミー。

 一人一人が猛者であることは間違いないし、各々が連携を取ることもできる、我が家自慢のイカしたスカッドだ。

 一方の僕はどうか。

 召喚士にしては鍛えてるというレベルの肉体で肉弾戦はほぼ不可。

 さすがにエリクスに負けることはないだろうけど、その他には瞬殺されるレベルだ。

 ゴリ丸達を呼べても僕を狙われたらアウトだし。


「流石にそれはないだろう。どう考えても僕が一番貧弱だ」


「そのレベル感の話ではないのですが、いずれにしても現実的ではありません。我らヘッセリンク伯爵家家来衆がレックス様に刃を向けるなど。まだ王族を襲う方がありえる話でございます」


「不敬すぎて何と言っていいやら」


 確かにみんなが反乱を起こす未来なんて全く予想できない。

 不敬過ぎるけど、王族を襲う未来についてはほんの少しの可能性がある気がしないでもない。

 多分、僕が号令を掛けたら走り出すからな、我が家自慢のイカれたスカッドは。


「不敬を冒すほうがまだマシ、ということでございますね。爺めも、レックス様ほどではないにせよ、やや頭のネジが緩んでいると自覚しております」


 びっくりした。

 何がびっくりしたって、自分のネジの緩み具合を『やや』だと思ってるとこだよ!

 めちゃくちゃ緩んでる自覚がないのかジャンジャック。

 今度カナリア公とアルテミトス侯に教えてあげよう。

 さぞかし嫌な顔をするだろう。


「しかし、これはそんな爺めだけではなく、比較的まともな感性を持ったメアリさんやフィルミーさんも似たような意見です」

 

 メアリやフィルミー常識人組も、家来衆VS僕よりは王族襲撃の方がマシだと思ってると。

 我が家に常識なんてなかった。

 つまりはそういうことだ。


「我が家の行く末が心配になってきた。早くそのまともな感性をもった家来衆を確保しなければ、ユミカが大人になった時に可哀想なことになりそうだ」


 いや、本当に。

 今の状態がまともじゃないんだよということを教えてあげられる大人を複数人確保しないと、ユミカが現家来衆の思考に侵されて、ヘッセリンクの狂気という不治の病が発症してしまうかもしれない。

 それはまずい。

 

「何をおっしゃいますやら。あの歳で、国内外にその狂気を知られたヘッセリンク家の家来衆だと言い切ったユミカさんこそ、ヘッセリンクの最新作であり、次代の柱の一人ではありませんか」


 そうだったな……。

 いや、あれは感動したし、最高に嬉しかった。

 だって、可愛い可愛い大天使ユミカが、自分はヘッセリンクの家来衆だって、誰に教えられるでもなく、自らそう宣言したんだから。

 エイミーちゃんも大興奮で、珍しくあの後酒を飲んでたくらいだ。

 だけど、冷静に考えるとそれは果たしていいことなのかどうなのか。


「既に可哀想だということだな……。嫁の貰い手があればいいが」


「見目麗しく天真爛漫。ヘッセリンクの後ろ盾を持ち、聖騎士オドルスキの義娘。さてさて。どのような勇者が名乗りを上げるやら」


「やめよう。暗い気持ちになってくる」


 前半部分だけなら引く手数多だろうけど、後半部分がダメだ。

 取り巻きが悪過ぎる。

 前にメアリと話をした時にはついつい想像の中のユミカの婿候補を百回殺してしまうほど熱くなってしまったけど、真剣に考えないといけないな。

 

「爺めは、意外とエリクスさんなどがお似合いなのではないかと愚考いたしますが。さ、そろそろ決着でございますよ」


 ジャンジャックの言葉にオドルスキ対鬼の方に意識を戻すと、進化前から暴れ回ったツケなのか明らかに動きが鈍くなった鬼(魔獣)を、鬼(聖騎士)が蹴り飛ばしたところだった。

 見た感じ圧勝っぽいけど、まだわからない。

 

「オドルスキ、決して油断するな。進化が一度だけとは限らない」


「承知しております。このオドルスキ、油断も慢心も、とうにこの森のどこかに捨てておりますので」


 そんなものを不法投棄するなと言いたいが、その言葉どおり、油断のない身のこなしで立ち上がらずにいる鬼ににじり寄る。

 ほんの一瞬、鬼とオドルスキの視線が合ったように感じたあと、大剣が走り、魔獣の首を両断した。


「初見ということもあり時間はかかりましたが、終わってみれば圧勝と言ったところですな。流石はオドルスキさんです」


「恐縮です。しかし、少し前の私なら負けはしなくとも、良くて辛勝だったかと。少なくとも傷は負っていたでしょう」


 ジャンジャックの賞賛にも控えめな感想のオドルスキ。

 調子に乗らない、無骨なところがこの聖騎士の魅力だろう。


「成長しているという見立ては間違いなかったということか。見事だ、オドルスキ」


「もし私が成長しているのなら、それはアリスとユミカの存在なくしては為し得なかったものです。彼女達のため、私は必ず生きて帰る。それは、次元竜が獲物である今日も同じでございます」

 

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