第116話 新種
便宜上、森を浅層、中層、深層と区別して呼んでいることは我が家だけではなく、王城サイドでも共通の認識として歴代の担当文官の間で引き継ぎがされているらしい。
では、何をもって区別するのか。
答えは植物の植生だ。
例えば先日、我が家の大天使にして幼いながらもヘッセリンク家の家来衆の一人だと宣言したことで大人達の涙を誘った奇跡の女児、ユミカが両親に贈った花。
花弁が見事なグラデーションになっているその花の群生地である浅層には、他にも色鮮やかな花々が咲いていて、樹木も青々として生命を感じられる。
それが、中層、深層と進んで行くにつれて色が失われていき、深層の奥には花なんか咲いていないし、なんなら枯れてるの?ってくらい木の葉が茶色い。
では、深層を超えた未踏破部分はどうなっているのか。
答えは、灰色一色。
草も、木も、葉も、花も。
全てがグレー、鼠色。
『寒々しい』を具現化したら、きっとこんな景色になるんじゃないだろうか。
「死後の世界とは、こんな風景なのかもしれないな」
「ここまで色の抜け落ちた景色というのは、私も目にしたことがありません。ここは本当に現世なのでしょうか」
僕の呟きに、オドルスキが深々と頷く。
その表情は普段以上に引き締まっていて、一つの違和感も見落とすまいとしているようだ。
一方のジャンジャックはと言えば、興味津々の子供のようにワクワク顔だ。
今にも走り出しそうだよ。
「これはこれで美しい世界ではありますが、さて。鬼が出ますか、蛇が出ますか」
「願わくば、さっさと竜が出てきて欲しいものだが。……そうはいかないか」
余計なことを口にした罰か。
変なフラグが立ったみたいで、色を失った木々の奥から、地響きを立てながら敵性生物が現れた。
これまで見たことのある魔獣は、動物型と虫型、あとは植物型だったが、深層を超えたそばから現れたのは初見のスタイル。
人型だ。
「ほうほう。二足歩行の、人型ですか。これはこれは。オドルスキさん、経験はありますかな?」
だから、ウキウキするんじゃないよジャンジャック。
人型だよ?
赤銅色の肌に頭部の鋭いツノ。
まさに赤鬼だ。
そういえば、ファンタジーに欠かせないゴブリンやらオーガやらは見たことないな。
「いいえ、残念ながら。こんなものが出てくるのであれば、メアリとクーデルを連れてくるべきでした」
「確かに。彼らの対人技術が通用するのかどうかぜひ見てみたいですね。ぜひ、次は連れてきましょう」
「ほのぼのと弟子の育成計画を立てている場合か! オドルスキ!」
鬼風の魔獣は二人の態度から何かを正しく感じ取ったのか、金切り声を上げながら突進してきた。
これだから人外は。
あ、うちの人外の方ね?
ほら、怖がりもせず談笑なんかしてるから奴さんが怒っちゃってるじゃない。
責任取りなさいよ。
「御意。ジャンジャック様、お先に失礼します」
「レックス様のご判断なら仕方ないありませんな。油断なきよう」
初見のはずの魔獣にも一切怯まず、ようやく活躍の機会が巡ってきた大剣を払うオドルスキと、明らかに渋々と言った様子で先手を譲るジャンジャック。
本当に油断しないでくれよ。
本命前で脱落とか目も当てられないし、他の家来衆に合わす顔がないってものだ。
この二人に限ってそんなことにはならないと思うけど、引き締めるに越したことはない。
視線の先でオドルスキ対鬼の戦いが始まる。
盛り上がった筋肉は伊達じゃないとばかりにラッシュをかける鬼と、大剣を器用に取り回して牽制しつつ回避と観察に努めるオドルスキという構図が展開された。
あまり知能はお高くないように見える鬼さんは、自分の攻撃があたらないことと、消極的な戦法をとるオドルスキに苛立ちを募らせているように見える。
典型的な脳筋ファイターだな。
こんなレベルなら普通に中層とか深層に入ったばかりの場所をうろついててもおかしくなさそうだけど。
そんなことを考えたのが今日二つめのフラグとなったのか、苛立ち混じりの声を上げた鬼は、おもむろに角を掴むと、何の躊躇いもなくへし折った。
おい!
その部位は鬼のアイデンティティでしょうが!
「む? オドルスキさん!」
角を折ったことで表れた鬼の変化に、最初に気付いたのはジャンジャック。
元々細マッチョだった鬼の各部位の筋肉が大きく脈打つと、次の瞬間には爆発的に肥大化し、ゴリマッチョボディへと進化してみせた。
うん、マッチョからマッチョへの進化か。
相対するオドルスキはジャンジャックの声掛けと同時に距離を取り、引き続き相手のアクションに備える構え。
「進化する魔獣ときましたか。これはこれは。なかなか興味深い」
「ジャンジャック。ちなみにあの魔獣はこれまでに確認されているのか?」
少なくとも僕はまだ出会ってない。
熊型とかがたまに二足歩行になるのとははっきり違う、完全に人型のそれには。
「人型の二足歩行の魔獣がこれまで確認されているかと言われれば、否、でございます」
「初見の魔獣か。脅威度の設定から始めないといけないのだな。面倒なことだ」
鬼は、先程までと違って手数ではなく、一発一発の重さで勝負に出ているようで、オドルスキの動きを見極めて振るわれる拳は、こちらまで聞こえるほどの風切り音を纏っている。
風を切る音が爆音とかどうなってるんだ。
僕が食らったら一発でミンチだな、あれ。
さらに、ガムシャラさが抜けてオドルスキの挙動を冷静に観察するような動きを見せている。
あのフォームになったのに冷静とか、予想と違うな。
「あの姿になるために失うのは角だけか? もっと理性やらもなくなるのかと思えば、むしろ冷静さが増してるように見える」
「仰るとおりですな。リスクなしで進化を遂げる魔獣とは厄介な。レックス様。次にアレが出てまいりましたら、ぜひ爺めにも機会をお与えくださいますよう」
お前は戦いたいだけだろうと突っ込みたくなるけど、肯定される未来しか見えないのでグッと堪えておく。
オドルスキの戦いぶりが安定しているからそんな緩いやり取りができるわけで。
相変わらずのらりくらりと鬼の攻撃を避け続けているだけなのに、助太刀に入ろうなんて気が一切起きないくらい、力の差を感じる。
このままいけばオドルスキの大剣が角無しの鬼の首を刎ね飛ばすだろう。
しかし、不思議なものだ。
レックス・ヘッセリンクになってすぐの頃にコマンドに聞いた情報だと、オドルスキ達が一人で渡り合えるのは脅威度Bまでくらいだったはず。
今、目の前にいる鬼さんは、格付けするなら脅威度Aにはなると思う。
つまりゴリ丸やドラゾン、ミケと同じクラスだ。
そのクラスを相手に全く劣ってる風に見えないどころか、格上な感があるなんて、めちゃくちゃ強くなってない?
『レックス様が成長されているように、家来衆も日々成長しているのです。まあ、その成長も、レックス様の進化には及びはしませんが、ね?』
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