第115話 全盛期
「はっはっは! これはいい! 生きてることを実感できますな!!」
温存とは一体何だったのか。
僕らの目の前では、そうツッコみたくなるレベルでジャンジャックが躍動していた。
普段、魔獣討伐のために活動している森だけど、家来衆それぞれが得意とする場所がある。
フィルミーとエリクスなら浅層から中層の半ば、メアクーとエイミーちゃんは深層の手前まで。
そして僕、オドルスキとジャンジャックが深層全般。
歴代のヘッセリンク伯爵によって、脅威度BからAに指定されたヤバいやつらが闊歩する危険エリアだ。
巨大な魔獣が移動するだけで木々が薙ぎ倒され、地面が陥没する現在進行形で環境破壊が行われるそこには今、深層のさらに奥から流れてきたと思われる普段ならなかなかお目にかかれない種の脅威度A魔獣がひしめき合っていた。
「まあ、ジャンジャック様がいいのであれば私から申し上げることはないのですが……」
意気揚々と露払いを申し出たにも関わらず、未だに自慢の大剣を抜く機会を与えられていないオドルスキがため息を吐くのも仕方ないと思う。
「カナリア公やアルテミトス侯が、ジャンジャックとは一緒にされたくないと言っていたのがよくわかるな。あんなに楽しそうに魔獣を討伐できるものか?」
満面の笑みだよ。
明らかに命の危険しかないこんな場所でしていい表情じゃない。
あんな表情で戦場を駆け回っていたんなら、そりゃあ同列に扱われたくないだろうなあ。
「レプミアの猛将と言えば、
意外だな。
100%じゃないんだ。
「残りの5人は?」
「愛する妻をもつ兵士は、千人斬りには絶対遭いたくないと」
あー。
愛妻家宣言してたけど、人妻でもタイプなら口説きかねないからなあの人は。
今でも男前だから、若い頃はさぞオモテになったことだろう。
ちなみに僕はぶっちぎりでアルテミトス侯が一番怖いです。
「まあ、この辺りは恐怖を和らげるための冗句の類です。私は直接戦場でジャンジャック様と相対したことはありませんが、相手が人でも魔獣でも、あの方には関係ないのでしょうな」
「今でもあの状態だ。現役時代のジャンジャックはさぞ恐怖の対象だっただろうさ」
圧倒的な暴力だけでも膝が震えるのに、それが笑顔を伴って迫ってくるんだ。
僕なら恥も外聞もなく逃げ出すね。
そんなことを考えていると、巨大なナメクジを土砂で生き埋めにし終えたジャンジャックが汗を拭いながら戻ってきた。
「ふう。お待たせいたしました。いやあ、あのサイズの魔獣はタフでいいですな。ついつい興が乗ってしまいました」
見るからにヌメヌメした体表をもっていて、ゲームなら物理が効きづらそうな個体だったけど、ジャンジャックにかかれば『タフでした』で済まされてしまう。
興が乗ったからって生き埋めにされたナメクジさんに合掌。
「ジャンジャックに限って緊張して動けないなんてことはあり得ないと思っていたが、普段よりも若返ってるのではないか?」
「若返っているかは分かりかねますが、確実に申し上げられることは、今が爺めの全盛期だということでございます」
「鏖殺将軍時代よりも上だと?」
おかしな台詞が聞こえましたね。
ほら、オドルスキも口半開きだよ。
あのカナリア公をもってしても一緒にされたくないらしいやんちゃな時代よりも、さらにパワーアップしてるってこと?
普通の人間でそんなことがあるんだろうか。
「ええ、ええ。ジーカス様が亡くなって以降、やむを得ず執事業に従事してきましたが、ハメスロットさんがその役割を肩代わりしてくれたのが非常に大きい」
先代が亡くなったと同時にレックス・ヘッセリンクとヘッセリンク家を支えるために執事に専念してくれてたんだよね。
勿論暇を見つけて森には出てたみたいだけど、ジャンジャックにとっては十分な時間とは言えなかった。
それが、本職かつ有能な執事であるハメスロットが転籍してきたことで元のポジションに戻ることができたと。
それだけだと元に戻っただけな気がするんだけど。
「それになんと言ってもフィルミーさんの存在ですね。元々は私の技術の欠片でも伝えられたらという気持ちだったのですが、彼はいい。土魔法の素質も勿論ですが、特筆すべきはアルテミトス侯爵軍という上質な組織で鍛えられた心技体のバランスです。特に異常な打たれ強さはこの爺めも目を見張る水準にあります。このまま伸びるのであれば、爺めの二つ名を譲っても構わない。そう思うほど鍛え甲斐があります」
いくら扱いても壊れない、鍛え甲斐のある弟子が出来たことで張りが出たってこと?
いや、それよりもフィルミーのことを国内で一番ヤバい二つ名を譲ってもいいってくらい評価していることに驚いた。
確かに扱きすぎじゃないかってくらい扱いてるんだけど、そんなに気に入ってたのか。
「フィルミーが、二代目鏖殺将軍か。なんともイメージが違うな」
上から見れば信頼できる有能な部下、下から見れば優しくて頼れる兄貴。
我が家きっての陽属性の家来だぞフィルミーは。
そんな彼が二代目鏖殺将軍を名乗っても浸透しない気がするなあ。
「
「あの優しいフィルミーが二代目鏖殺将軍など名乗るようになったら、きっとイリナが怒るだろうな」
フィルミーさんには似合いません! とか言って頬を膨らませるイリナが目に浮かぶ。
二人にとってもこの氾濫騒ぎが良いきっかけになればいいんだけどなあ。
「くっくっく。それは確かに。ついついやり過ぎてイリナさんには叱られてしまいます。とまあ、後継者候補ができたことで無様な、衰えた姿など見せられないという意識が爺めを全盛期へと誘ってくれたと。つまりそういうことでございます」
「要は、弟子の前で格好つけたいと、そういうことか?」
「お館様。それはあまりにも身も蓋もない仰りようです」
「真実なだけに反論しづらいですなあ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます