第114話 出発前夜
それぞれの役割を発表した翌々日には、アリスが率いる避難組が国都に向けて出発した。
護衛はヘッセリンク領軍50人。
ガチャで引き当てた兵士は総勢150人だったけど、あまり多いと物々し過ぎるし、氾濫の話が届いてない貴族の皆さんから見たら反乱に見えるかもしれないので、数を絞っている。
その代わり、全員があの趣味の悪さ国内最高峰のマントを身に纏っているので、よっぽど頭のおかしい相手がいなければ無事目的地に着くだろう。
残りの兵士100人はフィルミー指揮の下で屋敷の防衛に当たってもらう。
避難組を乗せた馬車二台と護衛の兵士が国都に着くまで約七日。
安全第一で旅をするように伝えてあるのでもしかしたらもう少しかかるかもしれないけど、十日以内には必ず着くはずだ。
僕達討伐組は、避難組が十分にオーレナングから離れたであろう時を見計らって、深層のさらに奥に向かうことになっている。
それまでは中層あたりで狩りに加わって慣らし運転の時間に充てた。
オドルスキやジャンジャックのレベルになると、普段と何ら変わらない落ち着いた表情で淡々と魔獣を討伐していく。
一方、エイミーちゃんとメアリはやや入れ込みすぎかなあと感じられた。
エイミーちゃんには、本当は僕と一緒に来いと言って欲しかったと拗ねられてしまったけど、その顔と態度が可愛いこと可愛いこと。
絶対に生きて戻ってこようと思ったね。
そして、僕たち三人が深層の更に奥に向かう日を翌日に控えた夜。
ささやからながら、食堂で軽い決起集会を開催した。
料理はマハダビキアとビーダーが作り置きしてくれた保存食の数々。
作りたてが一番美味しいとは言うものの、あの二人にかかれば日数が経ってても美味いものは美味い。
「しっかし、おっさんとビーダーのおっちゃんもだいぶ張り切ったもんだな。食い切れるかね、こんな量」
保存庫の中から干し肉や酢漬けの野菜を取り出しながら呆れたように呟くメアリ。
そう言いたくなるのも仕方ない量の食べ物が仕込まれていて、それを準備している間の厨房はまさに料理人の戦場。
マハダビキアの技術が最高級なのはわかっていたけど、すごかったのはビーダーだ。
余計な言葉を交わさずにシェフであるマハダビキアの行動を予測し、欲しいものを欲しい場所に欲しいタイミングで準備するというアクションは、ある種の芸術と言っても過言ではなかった。
「まあ、足りないというのが一番困るからな。総力戦でもあるし、食糧を使い切れと指示したのは僕だ」
金ならある。
無事に次元竜さんさえ倒せれば食糧くらいいくらでも買い付けできるから。
その旨は義父であるカニルーニャ伯にも融通してもらえるようお願いしてある。
料理人二人曰く、国内最大級の穀倉地帯と、数々のブランド穀物を有するカニルーニャ伯に対して親戚割引が効くのは料理人的にはこれ以上ないほどのアドバンテージなんだとか。
「エイミーの姉ちゃんが食う量を考えても十分だろ。補給に頭使わなくていいってのが我が家の強みだわな」
エイミーちゃんを飢えさせないよう、食糧にはかなりの予算を注ぎ込んでるからな。
我が家は代々倹約家らしく、財政は常に大幅黒字。
他の家みたいにパーティーなんか開かないし、国都の屋敷も同格のそれと比べれば質素なもので、おまけに、歴代当主の趣味は魔獣討伐ときた。
趣味と実益を兼ねた討伐で金を稼ぐけど、あまり使わず溜め込んでるという、国から見たらよろしくない家だ。
補給に頭を使わないでいいっていうことについてはまあそのとおりだけど、現在進行形で脅威度Sの脅威に晒されかけてるからプラマイゼロ、もしくはマイナスだろう。
「お館様の術で荷駄隊も不要となれば、機動力も増す。戦時であれば、これほど有利なことはないだろう」
それはコマンドさんのお陰ですね。
一応召喚術関連の術だよってことにしてるけど、原理は説明できないから聞かないでね。
「明日からは間違いなく忙しくなる。僕達が次元竜を見つけるのが遅くなればなるほど屋敷に残る皆の危険が増えるのだから」
「左様ですな。今回の作戦に求められるのは一にも二にも速さです。幸い、オドルスキ殿はもちろん、この爺めも脚には自信がございます。深層を越えるまでにはそう時間はかかりますまい」
「露払いは私が務めます。お館様とジャンジャック様は本命に備えてお力を温存ください」
前にメアリも言っていたけど、レックス・ヘッセリンクは、魔法職とは思えないほどのスタミナを誇っている。
ヘラの件で東奔西走した時だって、何日も馬を飛ばそうと動けなくなることはなかったくらいだ。
今回のお供が体力とかそういうレベルを超越したオドルスキと怪物ジャンジャックであれば、目標に辿り着けないという最悪の事態にはならないと考えている。
「頼りにしているぞ、オドルスキ。屋敷の防衛については、特段指示を出すつもりはない。なぜと言って、現段階でいつ氾濫が起きるか不明なのと、規模の程度が読めないからな。あまり好きな言葉ではないが、臨機応変に対応してくれとしか言いようがない」
「便利な言葉だよな、臨機応変。要は各自の判断で可ってことだろ? 我が家の得意な作戦じゃねえか」
臨機応変が罷り通る時は、不測の事態が起きる可能性がある時だ。
起きるであろう事象に適切な準備ができない時点で後手を踏んでるんだけど、生き物相手なら臨機応変も止むを得ない。
「現場の指揮は、フィルミー。お前に任せる。家来衆の配置から、万が一の時の撤退の指示まで、全権限がお前にあると思え。絶対に、躊躇うなよ?」
これまでの実績から、現場指揮官はフィルミーだ。
立場から言えばエイミーちゃんが全権を握るべきなんだろうけど、現場経験が乏しいのと、どう考えても兵隊として暴れてもらうほうが彼女の適正に合っている。
フィルミーもそれを理解しているため、異を唱えるようなことはしない。
「謹んで拝命いたします。斥候は生き延びて情報を持ち帰るのが仕事です。万が一の時こそ、躊躇いなどしません」
カッコいいね、頼りにしてるよ。
「エイミーも、いいな?」
「フィルミーに指揮を任せること自体に反対はいたしませんし、エイミー・ヘッセリンクの名において、必ずその指示に従うことを約束いたします。ただ、レックス様が必ず生きて帰って来てくださると約束していただくことが条件です」
「おやおや。僕の指示に条件をつけたなんてことを義父殿やハメスロットに知られたら厳しいお説教が待っているだろうな」
「もう! そんな冗談をおっしゃってる場合ではありません!」
「心配するな。僕がたかだか脅威度Sの竜種程度に負けるわけがないだろう? 安心して責務を全うしていなさい」
あまりの可愛いさに抱きしめちゃった。
エイミーちゃんもハグと頭撫で撫でで落ち着いたのか、僕の胸に顔を埋めてくる。
はー、癒される。
「なあ、今の台詞のどこに安心する要素があるのか、俺にもわかるように説明してくれよエリクス。どう考えても『脅威度Sの竜種』は『たかだかその程度』じゃねえだろ」
「あー。こうは考えられないでしょうか?『脅威度Sの竜種』という想定し得る最悪の対象を前にしてもなお、『たかだかその程度』の相手だと言い切った伯爵様に惚れ直された、とか」
「お前もよくそんな危険人物に雇われたもんだな」
「お互い様でしょう? メアリさんにだけは言われたくないですね」
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