第113話 ポジション発表
僕の宣言に、元々話を通していた四人以外はポカーンだ。
それはそうだろう。
氾濫が起きる可能性があると告げられれば、当然それが起きた時の対応を命令されると思っていただろうからね。
ここで、先日行われた僕とオドルスキ達四人の会議の様子をまとめてみよう。
【司会者】氾濫が起きそうだ。皆の意見を聞きたい。
【パネラーA】過去の氾濫を調べましたが、いずれも浅層と呼ばれるエリアの入り口を最終防衛ラインとして湧き出る魔獣に対応していたようです。
【パネラーB】ふむ。前回もそうでしたな。相手の数が圧倒的な場合、仕方ないことでしょう。こちらは片手で数えられる程度の人数。補給のことも考えれば、戦線が延びるのは避けとうございます。よっぽどの自信と勝算がない限り固まって迎え撃つ方が無難かと。
【パネラーC】前回は実質私達三人だけでしたが、今回は戦力が増しております。が、経験の浅い若者が多いことを考えれば、基本的には前に出ず、絶対防衛ラインを死守するほうがわかりやすくてよいのではないでしょうか。
【パネラーD】皆の意見が一致しているのであれば、私から申し上げることはありません。
【司会者】なるほど。でも、氾濫が起きる前にこちらから撃って出たいと言ったらどうする?
【パネラー一同(A以外)】いいね!!!
【パネラーA】はあ……。もうどう動かれるか決めていらっしゃるのでしょう? では家来衆を全員招集いたしましょう。
と言った感じだ。
部下を集めて意見を述べさせたのに、上司のなかでは既に方針が決まっているという、最高に無駄な会議だったのだけど、みんなが賛同してくれたのでホッとした。
「氾濫? 脅威度S? 父の仇? 知ったことか! 僕は現ヘッセリンク伯爵として、氾濫の原因であろうディメンジョンドラゴンの討伐を行うことを宣言する!!」
僕の宣言を受けた家来衆全員が自然と片膝を付き、命令を待つ姿勢をとった。
ここからはポジション発表の時間だ。
話し合いに参加した四人にも腹案は伝えていない。
みんなの命とこの地を預かる責任者として考えに考えた結果を、発表します。
「ジャンジャック。オドルスキ。お前達は僕とともに森の深層を超えたさらにその奥地に赴いて蜥蜴狩りだ。拒否は許さん!」
森の深層に向かう=対ディメンジョンドラゴンということなので、最も命の危険が伴うのは間違いない。
だからここには、我が家の最大戦力であるオドルスキとジャンジャックを充てる。
指名を受けて、ジャンジャックは生粋の戦闘狂らしく満面の笑みを浮かべ、オドルスキは生真面目に頭を下げて見せた。
「なぜ拒否などいたしましょうか。爺めは、あの忌々しい空飛ぶ蜥蜴を縊り殺すためならば、命など惜しくございません」
「騎士として。ヘッセリンク伯爵家家来衆として。そして、アリスの夫、ユミカの父として。責務を果たす所存でございます」
この二人は問題ない。
次は、屋敷の防衛を行うメンバー。
「エイミー、メアリ、クーデル、フィルミー、エリクス。お前達は湧いてくる有象無象から屋敷を守れ」
エイミーちゃんを筆頭に、我が家で戦える人員をここに全投入。
五年前、僕、オドルスキ、ジャンジャックでようやく対応したポジションだけど、今回はまだ氾濫が起きていないことを勘案すれば、十分に対応は可能だと判断した。
気になることがあるとすれば一点だけ。
「エリクス、すまない。戦力化しないことを誓ったそばから、お前の能力を頼ることを許してくれ」
「頭を上げてください!! 新参とはいえ自分もヘッセリンクの人間です。伯爵様のために持てる力を振るうことに、躊躇いなどありません」
いい子だ。
無事に事が済んだら昇給の手続きを取ろう。
そんなことを考えていると、パネラーDことエイミーちゃんが、やや不満気な顔でこっちを見てる。
眉間に皺を寄せた顔も可愛いねえ。
だけど、今回はそんな可愛い顔をされても意見を変えたりしない。
「駄目だ。エイミー、これは理性的に判断した結果、最大限の効率を発揮するための布陣。先にも言ったが拒否は許さん。僕の妻なら、聞き分けてくれるな?」
「……承知いたしました」
家来衆の手前、当主の妻である自分が我儘を言ってはいけないと理解はしてるけど、配置には納得してないって顔。
あとでたくさん構い倒して機嫌を直してもらおう。
不満を抱えたまま臨むような場面じゃないからな。
「メアリ」
「わーってるよ。高脅威度のデカブツとくれば専門外だ。連れてけとは言わねえさ。それよりも、5年前のリベンジのチャンスだ。クソッタレ共が二度と出て来れねえよう切り刻んでやるよ」
頼もしいけど、すこしテンションを上げすぎな点が気になる。
掛かってるっていうのかな?
こういう時に思ってもない良くないことが起きるんだよ。
「クーデル。お前にしか頼めないことだ。メアリのことを見ていてやってくれ。無茶をするようなら無理矢理にでも止めろ」
「仰せのままに。伯爵様への恩返しの機会を逃すつもりはありません。メアリは、私が守ります。この命に代えても」
求めたのはそういうんじゃないんだけど。
自己犠牲とかやめてね?
「ハメスロット、アリス、ユミカ、イリナ、マハダビキア、アデル、ビーダー。お前達は準備ができ次第、オーレナングを出て国都の屋敷に向かえ」
非戦闘員のみんなについては、国都に避難してもらう。
これは氾濫が起きたときの過去からの取り決め事項らしく、まだ氾濫が起きてない今回も、念のために避難をお願いすることにした。
護衛は騎士団に任せれば問題ないだろう。
ガチャで引き当てて以来、結婚式の警備くらいでしか活躍させてあげられてないからね。
「今日ほど、戦う力がないことを恨んだことはありません……」
無念そうに唇を噛むアリス。
残念ながらメイド長さんにはたくさんのお仕事が待っています。
「そんなことを恨む必要はないし、そんな暇もないぞ? アリスにはハメスロットとともに皆をまとめる役目を与える。マハダビキアやアデルともよく相談して国都の母上のもとに向かえ」
「承知いたしました。ヘッセリンク伯爵家メイド長としての責務を全ういたします」
「それでいい。ユミカ」
「はい!」
大人達に混じって膝をついてる姿も可愛いわあ。
呼びかけにも元気よく応じてくれる我が家の天使も当然避難組だ。
「お前も立派な僕の家来衆の一人だ。国都の屋敷で、僕達が魔獣を殲滅したという連絡を待ちなさい。できるな?」
騎士団の護衛があるため避難時に危険はないだろうけど、屋敷に残る面子の心配もあるだろうから、そんな大人達を癒す存在であってほしい。
「出来るよ! ユミカは、レックス・ヘッセリンクの家来衆で、聖騎士オドルスキの娘だから!」
この宣言を聞いた家来衆からおおっ! という歓声が上がる。
テンションが上がる気持ちはわかるが、落ち着け。
「いい子だ。イリナ、アデル、ビーダー。アリスを支えてやってくれ。頼むぞ」
「伯爵様の御武運をお祈りいたします。何卒、メアリちゃんとクーデルちゃんのことを、よろしくお願いいたします」
「任せておけアデル。可愛い弟分とその想い人を死なせはしないさ」
「おいこら、馬鹿伯爵! 適当なこと言ってんじゃねえぞ!!」
青筋を立てるメアリと蕩けそうな笑顔で『想い人…』と呟きながら彼を見つめるクーデル。
次元竜さんを倒し切らないとこんな軽いトークも出来なくなるんだ。
しっかり討伐しないとな。
「それと、マハダビキア。お前には今回最も困難な役目を果たしてもらうことになるが、頼まれてくれるか?」
普段は我が家で最も緩んだ家臣として振る舞っているマハダビキアも、僕の言葉に表情を引き締める。
「なんだい、若様。なんでも言ってくれ。ユミカにまで覚悟を示されちゃ、おっさんがケツ捲るわけにはいかないからな」
「男に二言はないな? お前には僕達が狩ってくる予定の脅威度S、次元竜を調理することを命じる。泣き言は許さない。皆を労うため、国都にいる間に最高の竜種料理を考えておけ」
ハメスロットは、うん。
いつもどおり冷静な感じでよろしく。
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