第112話 第二回全体会議
オドルスキの報告を受けてさらに数日が経過した。
あれから魔獣の討伐数のモニタリングを続けていたけど、やっぱり数が多すぎるという結論だった。
波があるとかではなく、毎日徐々に、確実に増えていっている。
ここに至ってはまず間違いなく氾濫が起きると断定した僕は、家来衆全員を招集した。
「皆揃ったな?」
「ああ。ユミカからハメス爺まで全員揃ってるぜ? 全員召集なんていつ以来だ?」
「十貴院からの離脱を決めた時だから、そんなに時間は経っていないのじゃないかしら?」
「あー。確かに。でもまあ、その間に色々ありすぎて遠い昔に思えるわ」
あの時はそんなに重い決定じゃなかったし、みんなに意見を聞く余裕もあった。
だけど今回は事情が違う。
「今回は十貴院からの離脱なんかより、なお重要な話だと思ってもらって構わない。今から話すことは決定事項であり、皆思うところはあると思うが、必ず従ってほしい。これは、領主命令だ」
そう、今回は皆の意見を聞くための場ではなく、僕から家来衆に命令を下すための会議なんです。
これまでも指示命令はあったけど、拒否権なしなんてことはなかった。
氾濫云々別にして、そんなとこ初めてだから、正直緊張してます。
「あらら。若様、穏やかじゃないじゃない。そんな強い言葉使うなんて、とうとう国から何かしらの沙汰がでちゃったのかな?」
こんな時だからこそ、場の雰囲気を軽くしてくれるマハダビキアのテンションは助かる。
まあ、すぐにまた重くなるんだけどね?
「国からの沙汰くらいなら全員を集める必要はないさ。精々僕が呼ばれて叱られるくらいだろうからな。自慢じゃないが、僕ほどお偉方に叱られた経験のある貴族はそういないだろう」
「自慢にならねえから、それ。で? 一体なんだってんだよ」
「ああ。単刀直入に説明すると、魔獣の森に氾濫の兆候がある。ついては、その対応について皆に協力を仰ぎたい」
「おいおい……! 氾濫って、親父さんがやられたあれかよ!?」
意外にも、最初に反応したのは普段クーデルに絡まれた時以外は極めて冷静なメアリだった。
前回氾濫が起きたのは、メアリが我が家の一員になって間もない頃だったはずだから、十二、三歳くらいか?
「あんな量の魔獣が湧くって、サイクル短すぎるだろ!? 確かに魔獣どもの棲息範囲やら数やらおかしなことになってたけどさ」
「メアリ、落ち着いて。氾濫って?」
メアリのあまりの剣幕にクーデルが首を傾げる。
「オーレナングの氾濫、ですか。話には聞いたことがあります。国に通達を要する特級災害指定の事案ですね」
流石は王立学院特待生のエリクス君。
花丸満点をあげよう。
この氾濫。
うちの領地だけで発生する特殊な災害だけど、ヘッセリンク家が負けて魔獣が他の地域に到達したらまずいってことで、国が指定する最高ランクの災害に指定されてるらしい。
既に王城宛には氾濫の恐れがあるよって手紙を送っているので、近日中になにかしらのリアクションがあるはずだ。
前回の氾濫では、近衛の一軍と国軍、近隣貴族の領軍がオーレナングの外周を囲って万が一に備えていたんだとか。
「まだ氾濫の恐れがあるという段階だが、森の状態から推測するに、近いうちに必ず発生するそうだ。そうだな? ジャンジャック」
「レックス様の仰るとおりでございます。五年前の忌々しい氾濫の時と状況が酷似しておりますので。あの時も、魔獣の数が少しずつ増えていき、深層から中層へ、中層から浅層へと溢れていきました」
まさに状況は一致してる。
普段深層にいる大型が中層に、中層にいる脅威度高めの中型が浅層近くに。
どんどん押し出されてる感じ。
「くそったれめ!」
おいおい、落ち着けよ兄弟。
いつもの冷静さはどこにいった?
「落ち着けるかよ! 五年前は兄貴と爺さん、オド兄が揃っててなんとか抑え込めたんぜ!? それに、あのデカブツに親父さんが、やられちまった」
対人に特化して殺す技術を叩き込まれ、実際に最高級の暗殺者として完成に近づいていたメアリだったけど、ジャンジャックとオドルスキにボロ負けして自信を喪失していたところに発生したのが前回の氾濫。
見たこともない数と脅威度の魔獣の侵攻に晒された恐怖は、しっかりと彼の記憶に刻み込まれてるようだった。
「ああ。ディメンジョンドラゴン。脅威度Sの次元竜だ。おそらくだが、あの時父に付けられた傷が癒えたのだろう。必ずヤツが現れる」
眠ってたのか傷を癒してたのか知らないけど、ヤバいヤツが動き始めたことでテリトリーを追われた魔獣がこっちに移って来てるんじゃないかと見ている。
そうなると、餌である魔獣を追って、腹を空かせた次元竜さんが必ずやってくるだろうというのがジャンジャックやオドルスキの予想だ。
「脅威度S……? 凄すぎて逆に現実味がないというか、なんというか。自分には想像すらできない世界です」
こんな時だからこそ文官として冷静でいようとしているのか、メガネを抑える手を震わせながらも取り乱さないエリクス。
「上等だ、やってやるよ! あの時は、何の役にも立たなかった。だけど今なら!」
片や、アドレナリン出まくって興奮しっぱなしのメアリ。
前の氾濫で役に立たなかったとか言ってるけど、そりゃそうじゃない?
むしろ十代前半の家来衆になったばかりの子供を前線に立たせた親父さんやレックス・ヘッセリンクに問題があるだろう。
下手したら死んじゃってるから。
「メアリ、お館様の御前だ。静まれ」
「っ!! ……すまねえ。あの時は最後まで立ってられなかったから、思い出したら情けなくて。兄貴、続けてくれ」
オドルスキの本気の威圧をもってようやく落ち着きを取り戻すメアリ。
そうそう。
生意気な弟分が冷静じゃないと我が家のバランスがおかしくなるからね。
さて、僕に主人公適正があるならば、今回の件も家族や家臣に語らずに一人で抱え込んで悩んだうえ、単独特攻を掛けてしまう場面かもしれない。
しかし、敢えて言おう。
僕にそんな適性はない。
我が家で主人公適正が高そうなのはメアリとオドルスキあたりかな?
まあ、そんな訳で早々にエイミーちゃん、とジャンジャック、ハメスロットには氾濫が起きそうだよと伝えてある。
ハメスロットが一般論を語り、ジャンジャックが元軍人としての視点で語り、オドルスキが家来衆としての意見を語り、エイミーちゃんが妻としての考えを語る。
そうやって導き出した答え。
「僕は氾濫が起きるのを待つつもりなど、微塵もない。こちらから撃って出ようと思う」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます