第111話 悪い知らせ?

「お館様。お耳に入れたいことがございます」


 休暇明けに久々に森に出てからしばらく経ったある日。

 日毎に増える魔獣の討伐報告の作成のために攣りそうになる右手を叱咤していたところに、オドルスキがやってきた。

 

「ああ、少し待て。もう少しで今日の報告書が仕上がるところだ。最近皆が頑張ってくれているせいか、討伐数が鰻上りでな。金庫は潤うし、エリクスのやつも素材の追加支給で小躍りしているが、書類が増えるのは勘弁してほしいところだな」


 メアリやクーデルの主力組だけじゃなくて、フィルミーや少ないながらエリクスからもきっちり討伐報告が上がってくる。

 我が家基準だと非戦闘員気味の二人だけど、片やジャンジャックの弟子で、片やチートアイテムの作成者だからね。

 みんながちゃんと仕事をしてくれて嬉しい反面、もう少し手を抜いても文句は言わない。

 報告書作りに時間を取られ過ぎて、僕自身が森に入る余裕がないんだよ。


「っと、こんなところか。すまない、報告を聞こう」


「はっ。お館様の仰るとおり、家来衆一同伯爵家のために魔獣討伐に邁進しているところではあるのですが、それにしても最近浅層から中層に現れる魔獣の数が異常に思えます」


「そう言われてみると、エイミーと森に出たときも、普段より多いように感じたんだったか」


 あの時は休暇明けで絶好調だったからさして苦労したわけでもなかったけど、数だけはやたらと多くて辟易したのを覚えてる。

 

「メアリ、クーデルの両名からも同様の報告を聞いております。念のためにフィルミーを連れて森に出たのですが、彼の目から見ても魔獣の痕跡が増えているということでした。正確には、増えすぎていると」


 メアクーに加えてフィルミーも同意見ならそれはなんとなくではないという証明だろう。

 魔獣だって生き物だ。

 なにかしらの周期で増えたり減ったりしてもおかしくはない。

 おかしくはないんだけど。


「この間も、メアリ曰く中層にいるはずのない大型を討伐したところだが……さて。いい予感が全くしないな」


 メアリが「読み違えた!」とか叫びながらでかい猪引き連れて戻ってきたからね。

 僕が見たことのある脅威度A以上は召喚獣の三体を除けばエイミーちゃんを歓迎する時に食材にしたマッデストサラマンドだけだ。

 あれはもっと奥、森の中層と深層の境目に近い場所で討伐したんじゃなかったかな?

 あんなのが屋敷に近いとこにたくさん出てきたら不味い。


「メアリ、クーデルに、森に出る際には必ずジャンジャックかオドルスキが帯同することを徹底するよう伝達。万が一浅い場所で脅威度Aなんかに遭遇したら、流石の二人でも無事で済まない可能性がある」

 

 伸び盛りの二人でも出来ることと出来ないことがある。

 素直にジャンジャックとオドルスキに任せるべきだろう。


「基本的には私とジャンジャック様、斥候役は本職のフィルミーに任せて警邏を行うようにいたします」


「頼む。ああ、エリクスには森に出ないよう伝えるように」


「賢明なご判断かと」


「全員、くれぐれも無理をしないよう徹底してくれ。何かあれば即撤退。例外はなしだ。お前もだぞ、オドルスキ。命大事に。いいな?」


「勿論でございます。可愛い娘と妻のためにも、命を粗末には致しませんとも。では、失礼いたします」


 さて、何も起きなければいいんだけど、伯爵様としては最悪の場面を想定して何かしら対策を取らないといけない場面だ。

 コマンド、今の話どう思う?


『魔獣の数が増えるということは、過去にも例があります。悪いことに、その周期は定まっておらず、何十年も発生しないこともあれば、数年で発生することもあります』


 それはそれは。

 ちなみに前回の大量発生はいつのことかな?


『大量発生。便宜上、氾濫と呼ばれるそれが直近で発生したのは五年前です』


 最近過ぎない?

 五年だとレックス・ヘッセリンクが二十三歳か。

 その頃はまだ家を継いでなかったんだっけ?

 

『閣下がヘッセリンク伯爵家を継いだのは四年前です。先代ジーカス・ヘッセリンクが亡くなったことで爵位の継承が行われました』


 整理しよう。

 レックス・ヘッセリンクが爵位を受け継いだのが四年前なら、親父さんであるところのジーカス・ヘッセリンクが亡くなったのはその前だよね?

 つまり今から四〜五年前。

 死因は魔獣にやられたんだったはず。

 で、前回の魔獣の氾濫も五年前?

 ほら、悪い予感しかしなくなってきたぞ。


『予感的中。ジーカス・ヘッセリンク前伯爵は、前回の氾濫時に亡くなっています』


 ほらね!

 親父さんっていったらあの巨人族しか扱えないような槍を使ってた化け物だろ?

 その親父さんがやられるって、どんだけの数が押し寄せたのさ。

 その時、レックス・ヘッセリンクは何をしていた?


『押し寄せた魔獣の数は、史上最大級と言われています。しかし、そこはヘッセリンク家。森の浅層を抜けようとする魔獣の波を、閣下を中心に、オドルスキ、ジャンジャック、メアリとで完全に駆逐しました』


 その頃のメアリなんてまだ子供だろ?

 まあそれはいいとして、無事に氾濫を抑えたのなら、ジーカス・ヘッセリンクはなんで亡くなった?

 

『ジーカス・ヘッセリンク前伯爵の命を奪ったのは、竜種、ディメンジョンドラゴン。次元の名を持つ竜の脅威度はS』


 S!

 竜種で、S!

 次元属性なんて厨二が極まってるね!


『先代はお一人でディメンジョンドラゴンを抑えるべく出撃され、押し返すことには成功しましたが、その時に負った傷が祟り、命を落とされました』


 レックス・ヘッセリンクと家来衆は、浅層にその他大勢の魔獣を抑えに。

 親父さんは、中層に単独で大物を仕留めに。

 押し返したって表現するってことは、討伐は出来なかったんだな。

 オドルスキやジャンジャックが化け物じみてても、脅威度Sともなると連れていけないレベルか。

 

『どちらかと言えば、屋敷の防衛に戦力を割がざるを得ないほど、氾濫が大規模だったようです。そうでなければ、いかにヘッセリンク家当主と言えども単独で脅威度Sの魔獣に挑むことは考えられません』


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る