第110話 傾倒

 二日間のインターバルと一日の書類仕事を経て、ようやく僕のメイン業務であるところの魔獣討伐に出ることが許された。

 今日の同行者はエイミーとメアリ。

 オドルスキも一緒に来たがっていたけど、僕と入れ替わりで休暇を与えたので今頃家で寛いでいることだと思う。

 アリスも休めるよう手配したのでユミカと揃って家族水入らずだ。

 その分アデルにメイド業務の一部をお願いしているのでボーナスを出さなきゃな。


 斥候技術の伸びが著しいらしいメアリの誘導に従って森を進んで行く。

 浅層から中層にかけて現れるのは小型から中型の魔獣なので、エイミーちゃんとメアリが危なげなく討伐し、群れでやってくる魔獣に対しては、二人に加えてクリムゾンカッツェのミケを投入しているので危険性は低い。

 低いんだけど。


「普段よりも数が多いか?」


「兄貴もそう思う? いや、もちろんノルマを達成するために敢えて魔獣がいそうな方向に誘導してるんだけどさ。それにしても多いよなあ」


 メアリも同意見らしく、森の奥へ視線を飛ばすと、ちょっと見てくると言い残して走り出す。

 僕からみたら立派な斥候っぷりだ。

 弟分の成長に感動を覚えていると、それほど待たされることなく、とても中型とは呼べないサイズの猪に似た何かを引き連れて戻ってきてくれた。

 なにしてんの!?

 牙のサイズ感なんか、猪じゃなくてマンモスだな、あれは。


「くそっ! 読み違えた! なんでこんな浅い場所をデカブツがうろついてるんだよ! ごめん兄貴! 任せた!」

 

 そう叫びながら大きく跳んで猪の進路を空けるメアリ。

 猪さんは急に止まれないし方向転換もできないんだぜ兄弟。

 メアリから、正面に立っている僕にターゲットを変更したらしい猪は、地面を揺らし、木々を薙ぎ倒しながらさらにスピードを上げる。

 

「エイミー、僕の後ろに。襲え! ゴリ丸!!」


 大型魔獣には大型の召喚獣だよねー、ということで、ミケは喚んだままゴリ丸を追加召喚。

 ゴリ丸は突撃してくる猪と僕達の間に立ち塞がると、敵の太く長い二本の牙をがっちりとホールドして見せる。

 首を振りながら地面を蹴立てて進もうとする猪を、自慢の四腕でジリジリ押し返していくゴリ丸の押し相撲。

 ゴリ丸の力が上回っているみたいで、猪が徐々に後退していってるけど、力対力の勝負は長引く様相を見せていた。 

 が、しかし。

 これは正々堂々が求められるスポーツではないわけで。

 

「ニャッ」


 いつの間にか猪の眉間に登頂していたミケが、自慢のサーベルを空に掲げ、右目に深々と突き立てた。

 激痛に叫び声を上げながら暴れ狂う猪。

 投げ出されたミケは、猫らしく華麗に地面に着地すると、ついでとばかりに目の前にあった右前足の腱のあたりを斬りつけて離脱する。


 ただでさえ押し返されていたところに、乱入者ミケからの攻撃を受けてバランスを崩した猪は、ゴリ丸に組み伏せられ、マウントからの四本腕による殴打を受けて沈んだ。

 終わってみれば完勝と言えなくもない。


「流石はレックス様。魔力の練り上げに全く無駄が見えません。召喚術を行使してからゴリ丸ちゃんが顕現するまでほんの数瞬しかかからないなんて。普段よりも調子が良いのではないですか?」


「そうか? そう言われるとそうかもしれないな。吸われる魔力も心なしか少なく済んでいる気がしないでもない」


 いつもより喚んで降ってくるまでのタイムラグが短かった気がするし、二体召喚の割には身体が楽な気がする。


「曖昧だねどうも」


「仕方ないだろう。召喚士なんてものはそもそもの母数が少ない。そのおかげでサンプルが揃わないのさ。自分でも謎だらけだぞ?」


 いまだに僕以外の召喚士にあったことないし、噂も聞かない。

 いるにはいるんだろうけど、戦力として貴族家に囲われてるのかね。


「属性系統の魔法であれば、ある程度体系化されて解明され尽くされていますからね。特に火魔法は使い手が多いですから」


 みんなの憧れ火魔法はもちろん、不人気属性の土魔法についてもきちんと体系化されて、教本も整備されているらしい。

 

「感覚では、なんとなくこうすればいいとわかっているだけで、大部分は言語化できないというのが本音だ」


 グッとやって、パッとやって、ドーン! みたいな。

 ふざけているんじゃなくて、言葉にするとそう表すしかないくらい伝えるのが難しい。

 僕だけの事情でいえば、ガチャで引き当てた上級召喚の書のおかげでマニュアル操作が省略されている可能性はある。

 いつか他の召喚士にも聞いてみたいものだ。


「はー。そりゃ難儀だな。俺やクーデルは、ここをこうして、こうなるからこうだ! って理屈つけて動いてるから、一応いちいち説明できるぜ?」


 あの速さの動作が理屈に基づいてるとか、どんな教育してたんだよ闇蛇。

 そのおかげでメアリとクーデルっていう有能な部下を持つことができたんだけど、暗殺組織なんかじゃなくて真っ当な教育組織として立ち上げられてたなら、国力の増強に一役も二役も買ってただろうに惜しいなあ。

 

「理屈を説明できるというのは大事なことね。私も身体の動かし方や、火魔法の魔力の練り上げは噛み砕いて説明できるよう研究したもの」


「そういうものなのか。なんにせよこの二日は緩み切っていたからな。そのおかげか、身体が軽い」


 これは本当にそう。

 国中を走り回ったり、偉い人に叱られたりしたことでストレスと疲れ取れたんだと思う。


「体力自慢の伯爵様も、潜在的には疲れが溜まってたってことか。ちゃんと人間だったんだな、兄貴」


 おいおい兄弟。

 相変わらずお口が悪いじゃないか。

 自分も人外のお仲間だって気付いてないのかい?

 

「そんな目で見るなって。雇い主が万全なんてこれほど喜ばしいことはねえんだからさ。人を増やせば、ちっとは兄貴の負担も減るんだろうが……こればっかりはわかんねえわな」


「昨日も言ったが、狙った獲物が獲れるとは限らんからな。これまでとは方針を大きく変えたんだ。辛抱強くやっていくしかない。それまで忙しい日々が続くと思うが頼むぞ」

 

「御意御意。ま、ヘッセリンクなんていうデカくて太い、見るからにヤバそうな釣り針に食いつく獲物なら、さぞぶっ飛んでるんだろうよ」


 不吉なことを言うのやめてくれませんかね?


「いや、一般的な能力があればそれでいい。能力が高くても思想的に妙に偏っていたりするとそれはそれで持て余すだろうからな」


 少なくとも僕がスカウトした人材はまともな人間が多いと思うんだけど。

 アデル、ビーダー、ハメスロット、フィルミーにエリクス。

 今後もこの路線を継続したい。


「手遅れだと思うけどなあ。明らかに兄さん連中の思想が偏りまくってるだろ?」


「そうかしら? 家来衆の皆さんが何かに傾倒しているなんて話は聞かないけど」

 

 メアリの意見にはエイミーちゃんも首を傾げる。

 僕も家来衆の思想までは踏み込んでないけど、偏り過ぎは好ましくないぞ。

 そんな僕達の反応を見て唇の端だけで笑って見せたメアリが、こちらを指差してきた。


「傾倒してるだろ。そこの狂人様にさ。オド兄はもちろん、マハダビキアのおっさんやフィルミーの兄ちゃんも、一回兄貴の下で働いたらもう他では働けないって言ってたぜ?」


 やだ、なにそれ嬉しい。

 フィルミーとマハダビキアが言ってたのかな?

 うん、わかった。

 今回の給与には色をつけておきます。

 それはそれとして、聞いておかないといけないことができた。


「それは雇用主冥利に尽きるというものだな。それで? メアリはどうなんだ? ん?」


 デレてるメアリがみたーいー♪

 みたーいー♪

 みたーいー♪


「ニヤニヤしてんじゃねえよ。おら、さっさとノルマこなしちまうぞ!」


 ダメでした。

 でも、ちょっと頬が赤くなってるのが確認できたからそれが答えだということで納得しよう。


「はあ……。メアリさんは可愛いわね。クーデルの気持ちが少しわかる気がします」


「ああ。自慢の弟分だ。クーデルのあれは行き過ぎな気がしないでもないが、理解はできる。いや、もちろんエイミーが一番可愛いよ」


「もう……レックスさまったら」


「そういうのは他所でやってくれよな!」




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