第109話 休暇明け

 ユミカのプレゼント大作戦も無事に終わり、それと同時に僕の強制休暇も終了となった。

 休暇の間、ハメスロットという優秀な執事さんが絶対に僕が見ないといけない書類以外はやっつけてくれていたので、二日の間に溜まってる仕事はごくわずかで、普段となんら変わらないルーティーンで過ごせてしまう。

 ……はずだったんだけど。

 なぜか朝から机に齧り付いてひたすら書類仕事に没頭する羽目になった。


「小型とはいえ、よくもまあ一日でこれだけ狩ってきたものだ」


「採ってこいって言ったの、花と果物じゃなかったか? なんで革やら骨やらを解体してるのかわかんなかったんだけど」


「襲ってくる魔獣を全て屠ったらしいからな。その血に惹かれて新たな魔獣が出てくる。また討伐する。その繰り返しでああなったそうだ。討伐報告のうぜいほうこくを作るのも一苦労だぞ」


 ユミカのおねだりを達成するために編成した、エイミー・ジャンジャック・エリクスというユニットだったが、作戦はサーチアンドデストロイだったらしく、大量の小型魔獣の討伐報告が上がってきていた。

 もちろん大型と違って小型の魔獣を一体一体報告したりしないが、それでも数が揃うと手間も時間もかかる。

 多少捨ててきても文句は言わないんだけど、そこは真面目なエイミーちゃんとエリクスのこと。

 魔獣は僕の財産だから勝手には捨てられないって、次の日にもう一度森に入ってめぼしい部位を剥ぎ取ってきた。

 オドルスキはもちろん、メアリやクーデル、フィルミーも駆り出しての一大イベントだ。

 小型魔獣の骨や皮は単価は安いけど、平民の生活を支える資材に使われるので需要は高い。

 こんなふうにまとまった量があると商人が色をつけて買い取ってくれるので、納税分以外は全部売却しておく。


「思わぬ臨時収入だ」


「金庫が潤うのはいいことだろ。エイミー姉ちゃん用に麦やらなんやら買い足しておけばいいじゃねえか」

 

「ああ。あとは、ヘラの結婚に関連した費用だ。金に糸目はつけんとリスチャードには伝えているからな。初手で舐められてはヘラが不憫だ」


 一発かましてやるつもりです。

 本当なら竜種の剥製でも式場に飾ってやりたいところだけど、ヘッセリンクへのヘイトが溜まる危険性を指摘されたので自粛。

 それならばと、式にかける費用と持参金を倍プッシュすることで可愛い妹の立場を堅めてやることにした。

 伊達に家紋で金塊背負ってないぜ!


「やり過ぎは下品になると思うんだが、まあ貴族の世界じゃ金掛けたもん勝ちみたいなところがあるしな。兄貴がやりてえなら俺達は反対しねえよ。やり過ぎたらハメス爺が止めるだろうしな」


 言われるまでもない。

 兄として、ヘラが後ろ指を指されないように下品と太っ腹のぎりぎりを攻めるつもりだ。

 

「その辺りの線引きはしているさ。これから、元闇蛇の引き入れも控えているしな。可能な限り雇用してやりたいが、さて。どうなることやら」

 

 後方支援の情報収集に長けた人材が来てくれたらベストだけど、アデルやビーダーのような裏方さんでももちろん構わない。

 そうなったら国都の屋敷で働いてもらって、何人かはオーレナングに来てもらうか。

 メイドさんを増やしてもいいし、もしかしたら文官的な素養がある人材が見つかるかもしれない。

 書類仕事担当してた人もいたはずだ。


「アデルおばさん達がちゃんと為人をみて提案する準備をしてくれてますので、全滅ということはないかと」

 

「ダメならダメで構わない。我が家に合わないのに無理に引き込んでも禍根を残すからな。これまではたまたま上手くいっていたが、これから先もそうだとは限らないからな」


 「豪運○」なんていうスキルがあるわけではないらしいし、選択一つ間違えば取り返しのつかないことになる可能性がある。

 調子に乗らないこと。

 これが大事だ。


「お? 珍しく弱気だな兄貴」


「慎重と言え。狂人狂人と言われていても、なんでもかんでも自分の思いどおりになるなんて、小指の爪先程も考えていないさ。これでも細心の注意を払っているつもりなんだが」


「細心の注意を払ってるかどうかは議論の余地があるけど、伝わらねえんだよなあ、その信念が。結局、周りから見れば行き当たりばったりでなんとなくいい感じの結果を引き当ててるように見えるんだろ」


 おいおい兄弟。

 議論の余地があるという評価に議論の余地を感じるよ?

 まあ確かに勢いで行動することがなかったとは言わないけどさ。

 なんとなくいい感じの結果、ね。

 カナリア公に絡まれながら吐く寸前まで飲まされたり、初参加の十貴院でエスパール伯達に吊し上げられたり、宰相やアルテミトス侯にマンツーマンで叱られてから言ってほしいものだ。


「最近は僕も理解者が増えてきているだろう? そのあたりを突破口にして狂人という印象を薄めることも可能じゃないか?」


 叱られたり飲まされたりしたものの、最近はその辺の力のあるオジ様達とお近付きになってるからね。

 狂人じゃないことが広まってくれると嬉しいんだけど。


「その理解者が王太子やらカナリア公やらアルテミス侯やらなのが問題なんだよ。地位が高過ぎて下に伝わらねえもの」


「そうね。伝わったとしても、伯爵様をよく思っていなければ捻じ曲がって受け取られる可能性があるわ。そうなると、より大きな揺り戻しが起きて、狂人が王太子殿下を誑かした! となるわけね」


 嘘だろ。

 そうなっちゃう?


「そうなってくると、他に僕の理解者というと、リスチャード達か従弟殿くらいしかいないな」


 親友三人は顔広いし、アヤセも友達は多いはずだ。

 その線なら世代の隔たりもないぞ。


「リスチャードさん達が兄貴の理解者なのは間違いねえけど、あの兄さん達、もう兄貴の評判を上げるの諦めてるんじゃなかったか?」

 

 確かに。

 学生時代に散々僕の為人について周りに訴えたのに、誰も信じてくれなかったから無駄なことだと悟ったとかなんとか。


「それに、従弟様はヘッセリンク派などと名乗る一派を率いている方。下手に頼るのは危険な気がします」


 ヘッセリンク派!

 そうだった、カナリア公にも釘刺されたんだったよ。

 アヤセ達がヘッセリンク派を語って暴走したら、なんの関係もない僕にも累が及ぶ可能性がある。

 クーデルの言うとおり、そのルートもなくなった。

 八方塞がりとはこのことだ。


「結論。兄貴が下手に評判の回復を狙うのは悪手ってこった」


「絶望的な結論をありがとう。結局、真面目に仕事をこなしていくしかないということか」


 



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