第108話 家来衆だから ※主人公視点外

「お義父様、お義母様。ご結婚おめでとうございます!」


 我が最愛の娘、ユミカが満面の笑みで差し出したのは、鮮やかだが、決して嫌味のない色味をした花束。

 商人から買ったものではない。

 そう断言できるのは、私自身がこの花々の群生地を知っているからに他ならない。

 この美しい花達の原産地は、オーレナング、魔獣の庭。

 あの怪物達が蔓延る森に咲くだけあって、その生命力には目を見張るものがあり、咲くことを許された個体は、他の地域では見られない色彩を放つ。

 血みどろの闘争を重ね、花に興味のない私ですら、その色とりどりの花々を見ることで心を落ち着かせることがあるほどだ。


 咲いているのが浅層だからといって、当然幼いユミカが一人で摘んでこれる代物ではない。

 ということは家来衆の誰かの手を煩わせたということになる。

 昔の私であれば、こんな些事のために多忙な家来衆の手を煩わせるなんてと、いくらユミカでもきつく叱っていたことだろう。

 堕ちた聖騎士などという汚名を着せられていた頃ならばなおさらだ。

 他人の心の内を慮ることを疎かにした結果、周りからは誰もいなくなったあの頃を思い出すたびに、背中に嫌な汗が流れる。

 東国の聖騎士だ、守護者だと持て囃されて天狗になった結果、無実の罪を着せられて国を捨てざるを得なかったあの時。

 それまで私を取り巻いていた面々は面白いくらいに掌を返し、あっという間に離れていった。

 恨みもしたし、いつか一人残らず首を挙げてやろうとも思ったが、今考えれば、結局私が彼らを都合のいい駒としてしか見ていなかった結果だとわかる。


「あのね。ユミカはまだ子供だから一人じゃお花をとってこれなかったの。だから、エイミー姉様とお爺様とエリクス兄様にお願いして採ってきてもらったの」


 ユミカは幼いながらも聡明な子だ。

 先代様からは、どこかの貴族の血を引いていると聞いたが、多少は血筋が影響しているのかもしれない。

 それ以上に、この子は周りの人間の感情に敏感なところがある。

 機微を読むというのだろうか。

 私などよりよっぽど場の空気を読むことができることを誇らしく思う反面、もっと子供らしくていいと思わなくもない。

 この時も、家来衆の手を煩わせたことを私が気にするとわかっているからこそ、先にそのことを告げてきたのだろう

 今の私は決して叱るつもりはないのだが……。


「ユミカは子供だけど、お義父様達と同じ、お兄様の家来衆だから」


 ぐっと唇を噛むユミカを見て涙が出そうになった。

 家来衆の一人だからこそ、我儘を言ってジャンジャック様や奥様の手を止めてしまったことを叱られて当然だと、そう言いたいのだろう。

 我が子が健気過ぎる。 

 こんな可愛い子を叱れる鬼畜がいたら連れてきてほしい。

 一刀で首を落としてやる。

 愛妻アリスは涙を流しているし、集まった家来衆も皆目を潤ませている。


「オドルスキさん。あの」


 家来衆としては新参のエリクスがたまりかねて声を掛けてきた。

 ヘッセリンク家に慣れてきたのか、やって来たばかりの頃のオドオドした性質が形を潜め、私やジャンジャック様にも物怖じせず意見を述べてくる肝の太さを見せている。

 きっとユミカが叱られてはいけないと庇うつもりなのだろうが、その心配はいらない。

 その心意気に感謝を込めて一つ頷いて見せると、漲らせていた緊張を解き、深々と頭を下げて引き下がる。

 将来が楽しみな若者だ。


「ユミカ」

 

 私が床に膝をつき、目線を合わせると、叱責を恐れてか美しい瞳が揺れたように感じた。

 たまらず、きつく抱きしめる。


「ありがとう。こんなに心のこもった贈り物は初めてだ。国から与えられた名工の剣や鎧、優れた軍馬などより、この美しい花束のほうが何倍も何十倍も嬉しいぞ。お前は私達の自慢の子だ」

 

 心から我が子を褒め称える。

 いや、もちろんアリスからもらった服なども同じくらい嬉しいのだが、そこはあとで弁明するとして。

 私とアリスのために、勇気を振り絞って家来衆に助力を求めたのだろう。

 ヘッセリンク伯爵家にユミカの頼みを断る人間はいない。

 あのジャンジャック様ですら、ユミカを泣かせて嫌いと言われた日には、原因を作ったフィルミーを捕まえて延々と愚痴を言い続けたくらいだ。

 愛されるという一点において、ユミカは我が家でもっとも優れた人材だと言えるだろう。

 だから、頼まれた側は森で花を摘むくらい造作もないのだが、ヘッセリンク伯爵家の家来衆を自認するユミカには我儘を言っているという自覚があり、多忙ななか手を止めさせたことで自責の念に駆られていたのだろう。

 よくお館様がメアリに対してもっと子供らしくいてほしいと仰るが、まさにそのとおり。

 将来的には別にして、今はもっと子供らしく、天真爛漫なユミカでいてほしい。


 安心したのか、私の腕の中で静かに泣きじゃくるユミカを、涙で目を真っ赤にしたアリスに引き渡し、先に家に連れて帰るよう伝える。

 

 部屋の中には二人を除いた家来衆と、伯爵様ご夫婦が私の言葉を待っていた。

 

「奥様、ジャンジャック様、エリクス。この度は娘の我儘にお付き合いいただき、感謝いたします」


 余計な装飾などは不要。

 ユミカの親としてできることは、深々と頭を下げて感謝を表すのみだ。

 

「何を言うんですかオドルスキさん。ユミカちゃんは私の妹も同然。可愛い妹の頼みくらい聞けない姉などいないわ」


「然り。私からすれば可愛い孫といったところです。しかし素晴らしいのは、あの幼さで自分は家来衆の一人だと言い切ったこと。年甲斐もなく震えました。親の教育がいいのでしょうな」


「オドルスキさんがユミカちゃんを叱るのではないかと疑ったことをお許しください。貴方は、素晴らしい父親です」


 骨を折ってくださった三人が口々に気にするなと言ってくれる。

 素晴らしい職場だ。

 妬みも嫉みも存在しないこの家を守ることこそ、私の天職なのだと再認識することができた。


「お館様。この度はユミカの我儘をお許しくださりありがとうございます」


 どうやら、ユミカは自らも森に入るつもりでいたらしいが、お館様が宥めてくださったらしい。

 狂人と呼ばれるお館様も、流石にそれはお認めにならなかったと聞いて、アリスと二人でホッと胸をなでおろしたものだ。

 私の言葉にニヤリと口の端を上げて笑うお姿は、先代様によく似ていらっしゃる。


「両親への贈り物を許可するくらい造作もないさ。言っておくが、僕はユミカのためなら貴族領の一つや二つ落として見せるぞ」


「台無しだよ馬鹿兄貴」



 

 

 


 


 

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