第103話 元闇蛇
「暇だな」
家来衆から軟禁宣告を受けた僕は、朝飯兼昼飯を食べた後、執務室でだらけていた。
ここまでやることがないと、普段は億劫な書類仕事でもいいからやりたくなるから不思議なものだよね。
よく考えると娯楽なんかない世界だから、仕事してないと本当にやることがない。
執務机に突っ伏す僕を、お目付役のメアリとクーデルが笑いながら見ている。
僕がこっそり抜け出そうとしたら、実力行使で拘束するよう指示が出ているらしい。
指示の出どころは勿論エイミーちゃんだ。
「前にも大人しくしといてくれって頼んだことがあったけど、あれは大人しく魔獣を狩って来いっていう趣旨だったからな。今回は完全休養。暇なのは仕方ねえよ」
「私たちがヘッセリンク伯爵家の傘下に入ってからというもの、伯爵様が落ち着いてらっしゃるところを殆ど見たことがないもの」
確かにずっと動き回ってるのは否めないんだけどさ。
別に余計なことに積極的に首を突っ込んで回ったわけじゃないんだよなあ。
なんだろう、このレックス・ヘッセリンクを周りが放っておいてくれない感じ
カナリア公やアルテミス侯からも大人しくなんて無理だって笑われたっけ。
「僕の気質としては、許される限りオーレナングに引きこもっていたいのだが……」
「だーれも信じちゃくれねえよなあ。狂人ヘッセリンク伯爵が領地に引きこもること希望なんてさ」
笑うなよ兄弟。
誰にも信じてもらえないことなんかぼくが一番自覚してるんだから。
「本音も本音だ。元闇蛇の四人からも外の情報が逐一入ってくるようになっているし、僕が外に出る頻度を少しずつ落としてもいいかもしれないな」
そう、クーデル達と同時に雇い入れた元闇蛇の後方支援部隊。
昔取った杵柄とはよく言ったもので、四人で集めているとは思えない量の情報が定期的に送られてくる。
もちろん噂話や与太話も相当数含まれているようだけど。
そこからジャンジャック、ハメスロット、エリクスが必要なものを選り分けて情報戦に備える態勢だ。
「あの四人であれば、いい仕事をしてくれると思います。彼らの働きをなくして、闇蛇は成り立ちませんでしたから」
「褒められたものじゃねえけど、闇蛇の屋台骨を支えてたのは、後方支援部隊の集めてくれる情報だったんだ。正確も正確。やろうと思えばターゲットの下履きの色まで調べられるんじゃねえかって言われてたんだぜ? 唯一間違いだらけだったのは、ここを狙った時の情報だけさ」
ああ、メアリがうちの人外達に簀巻きにされたときね。
というか、どんな勝算があったんだろうか。
オドルスキとジャンジャックに加えて、当時は父親も健在だったし、当然レックス・ヘッセリンクもいたはず。
いくらメアリが凄腕でも、無理筋が過ぎるぞ。
そんなことを考えていると、クーデルがポツリと漏らす。
「他の後方支援部隊のおじさん達、元気かしら。仕事から帰ってきたら、アデルおばさんやビーダーおじさん達とたくさん褒めてくれたわよね」
「ああ。生きてさえいてくれりゃあいずれ見つかるさ。そのためにも、俺達元闇蛇は必死こいてヘッセリンク伯爵家のために働くんだ」
普段はクーデルを避ける傾向にあるメアリも、弱々しく笑う幼馴染が心配だったのか、珍しく励ますように明るく声をかけて見せた。
青春だね。
内容は暗殺組織の構成員の行方不明だけど。
って、忘れてたよ。
カナリア公から渡されてた名簿!!
ええっと、ああ、あった。
「あー。クーデル。アデルとビーダーを呼んできてくれるか。話したいことがある」
メアリとクーデルだけでもいいんだけど、大人組の方が人員をより把握しているだろうから。
「? アデルおばさんとビーダーおじさんですか? はい、わかりました」
「他の仕事をしていても構わない。最優先だと伝えて必ず連れてきてくれ」
疑問を残しながらも指示のとおりに部屋を出て行くクーデルを見送ると、黙って見ていたメアリが首を傾げている。
まあ、そうだよね。
「兄貴、急になんだよ」
「ん? ああ。そう急くな。みんなが揃ったら話す。心配するな。悪い話じゃないさ。むしろいい話にするために、アデルやビーダーの意見が聞きたいのだ」
程なくして、クーデルに先導されてアデルとビーダーがやってくる。
二人とも上手く馴染んでくれてるようで、クリスウッドで保護した時に比べればややふっくらしたように見える。
いいことだ。
「伯爵様、お呼びでしょうか?」
「メア坊達だけじゃなくあっしらまで最優先で来いなんて一体どうされたんです? ま、まさか、外にいるあいつらに何かあったんじゃあ!?」
ビーダーがワナワナと震えながら身を乗り出してくる。
まあ、外の四人は息子みたいなものだって言ってたから心配なのはわかる。
「落ち着けビーダー。外の四人は元気でやってくれている。皆に集まってもらったのは他でもない。元闇蛇と思われる人間の名前と所在を示したものを手に入れた」
「あ!? そんな話聞いてねえぞ兄貴!!」
分厚い名簿を示すと、もちろん四人が声を上げる。
特にメアリは僕から名簿をひったくらんばかりに距離を詰めてきた。
慌てなくても渡すから落ち着きなさいよ。
「すまん。ラスブランとのゴタゴタの最中にカナリア公から渡されていたのだが、今の今まで失念していた」
「カナリア公様がなぜそのようなものを?」
「嫉妬に駆られた貴族に絡まれた僕を不憫に思われたらしくてな。暴走したのは自らの派閥の貴族でもないのに、国を代表する大貴族として代わりに詫びておくと仰って、ポンと渡してくださった」
上に立つ者の気概を見せてもらった。
あんなことされたら惚れちゃうよね。
まあ、基本ただのすけべジジイなのに変わりはないんだけどさ。
「ただのすけべジジイじゃなかったんだな。こりゃあ、次に会うことがあったらちゃんと敬わなきゃいけねえわ」
メアリの認識とも一致しているようで嬉しいよ。
「そうね。肩くらい揉んであげたらいいわ」
「アデル、ビーダー。メアリとクーデルとともに、その名簿から我が家の家臣として引き入れることが可能な者達を選定しろ」
年齢、性別不問!
経験者優遇!
できれば先に雇った四人みたいにアデルやビーダーを慕ってるほうがいい。
二人をオヤジお袋と慕ってる奴らなら、人として問題がなさそうだから。
これはという人材がいたら、職場の風通しの良さは国内の貴族でトップクラスだということを、ぜひ伝えてほしい。
「は、はい! 承りました。必ずや伯爵様のお心に叶う者を」
「おお、おお! こいつも、こいつもこいつも。生きとったか! ほら、メア坊、見てみろ、ほら!」
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