第102話 遅く起きた朝
「おい、兄貴。もう昼だぜ。ハメス爺が、流石にそろそろ起きてこいってさ」
「む……もう、そんな時間か? いかんな、最近あまりにも多忙だったからな。我が家のベッドで眠るのがこんなに落ち着くとは思わなかったぞ」
王都から帰ってきたその夜、身体的にはそうでもなかったが、思ったよりも精神的に疲れが溜まっていたようで、無事に帰ってきたことを喜んでくれた家来衆への対応もそこそこに、ベッドに潜り込んでしまった。
寝る前にはエイミーちゃんに早めに起きてみんなに報告しようとか言ってたはずなんだけど。
一度も目を覚まさず昼まで熟睡なんて、どれだけ疲れてたんだ。
「十貴院からの呼び出し、エリクス絡みの騒動、妹様(笑)の婚約騒ぎ、王様からの呼び出しからのラスブランとの戦争未遂。あとなんかあったっけ? まあ、盛りだくさんだったのは否定しねえよ」
今日はジャンジャックやハメスロットと同じ型の執事服を着たメアリが水差しを差し出してくれる。
その騒動の大半に帯同してくれてるのに元気だな。
やっぱり若さか?
美少年の執事服姿は目に優しいね。
これにはクーデルも大満足だろう。
「いや、まあヘラとリスチャードの件については、僕が自分で騒ぎを大きくした感がなくはないが、立て続けだったからな。おかげでエイミーとのコミュニケーションが不足気味だ」
別に離れ離れだったわけじゃないけど、仕事で外に出てる時におおっぴらにイチャイチャできないじゃない?
こんなんでも伯爵家の当主だし、僕。
「惚気るならあとにしてくれる?」
そんなに嫌そうな顔するなよ兄弟。
寝過ぎると逆に倦怠感が残ることあるけど、すごく身体が軽い。
やっぱり我が家が一番だね。
「すまんな。さて、起きて働くとしようか。ところで、なぜアリスではなくメアリが起こしにきた? なにかあったか?」
普段ならアリスとイリナのメイドコンビのどちらかが起こしにきてくれるんだけど。
いや、美少年執事のモーニングコールもたまにはいいものなので不満はないが。
「いんや? なんだかんだ他の兄さん姉さん方は兄貴に甘いから。最近東奔西走して疲労困憊の伯爵様を叩き起こすのが忍びないんだとさ」
僕に厳しくできるのはメアリだろうということで代表して起こしに来てくれたんだとか。
メイド達が怪我とか病気じゃなくてホッとした。
エイミーちゃんが起きてるんだから遠慮せずに起こしてくれたらいいのに、その奥さんが寝かせてあげてほしいと頼んだらしい。
「それは気を遣わせたな。できれば当面はおとなしくしておきたいのだが、さてさて。外的要因だけは排除できないのが困ったものだ」
「トラブルに好かれてるからな兄貴は。おかげで家来衆一堂、退屈せずに済んでるよ。良くも悪くも」
そう言ってもらえるとありがたいけど、できれば本拠地に常駐して妙なトラブルに巻き込まれるのは避けたいんだよなあ。
ただでさえ僕は狂人レックス・ヘッセリンクとして外に敵を抱えてるらしいから。
森で魔獣を狩って、素材を出荷するだけの生活を送らせてほしい。
「メアリよ。トラブルに好かれた結果、アルテミトス侯爵に一対一で叱られたり、王宮の一室で宰相直々に絞られたりしている身になってくれ。思い返すと、エイミー達も含めて、トラブルに合わせて動くたびに叱られてばかりだな」
「あとは王様に叱られたら無敵だな」
「笑い事か。陛下に叱られたら物理的に首が飛ぶわ。ただでさえ僕は同業者に睨まれているというのに、そんな大きな隙を見せるわけにはいかん」
首切り(物理)はダメ、絶対。
王太子だけじゃなくて国王陛下も我が家に好意的だから、よっぽど調子に乗らなければ大丈夫だと思うけど、悪い貴族主義のおじさん方はそうはいかない。
エスパール伯とかね。
「おはようございます、レックス様」
最低限の身だしなみを整えて食堂に向かうと、エイミーちゃんとハメスロットが待ってくれていた。
「ああ、おはようエイミー。久しぶりにゆっくり眠れた。そのせいですっかり寝過ごしてしまったようだ」
「何度か起こして差し上げようかと思ったのですが、あまりにも心地よさそうにお休みだったもので。おかげでレックス様の寝顔を堪能させていただけました」
今日も可愛いよエイミーちゃん。
勢いで抱き締めそうになったけど、出来る弟分の冷静な声で踏みとどまる。
「はいはい。いちゃつくのはお部屋だけにしてくださいよっと。ハメス爺。伯爵様はこのとおりだいぶお疲れのようだぜ?」
朝から愛妻を抱きしめようとする男が疲れてるように見えるか?
なんなら久々に熟睡できたおかげで最近では一番身体が軽いくらいなんだけど。
しかし、意外にも堅物系技の執事ハメスロットもメアリの言葉に頷くじゃないですか。
「幸い、伯爵様に緊急でお目通しいただくような書面はございませんし、フィルミー殿やオドルスキ殿からも魔獣による脅威についての報告は届いておりません。二日程度はゆっくりされても構わないのではないでしょうか」
「まあ! それはいいわね。レックス様、爺の言うとおり身体をお休めください。最近のレックス様はご多忙を極めてらっしゃいましたから」
え、休みとかいらないんだけど。
急ぎじゃなくても溜まってる仕事はあるだろうし、なんといっても不在にしていた分魔獣討伐を進めないと税金滞納しちゃうよ?
「はあ……。エイミーの姉ちゃん、ハメス爺。伝わってねえわ。ネタバラシするぜ?」
休みなんか必要ないと伝えようとする僕を手で制したメアリが、ため息混じりにエイミーちゃん達に声をかける。
ネタバラシ?
なんかドッキリ的なものでも仕込んでる?
「いや、よく考えたらこの伯爵様、召喚士のくせにスタミナすげえんだったわ。クリスウッドから王都まで馬で駆け抜ける魔法使いが兄貴以外にいるか? 不眠不休で」
いや、あれは疲れたよ?
ただ可愛い妹のためだから必死だっただけだから。
まあ、魔法職の割に体力がある気はしてるが、毎回は無理だ。
「メアリ。なんのことだ?」
「家来衆一同、たまには兄貴にゆっくりしてほしいんだとさ。俺達が言っても聞かねえだろうから、愛する奥様と真面目な方の執事さんが慣れねえ芝居して無理矢理休ませようかって」
「もう! メアリさんは諦めるのが早いわ!」
エイミーちゃんが両手をぶんぶん振りつつ抗議し、ハメスロットは苦笑いで肩をすくめて見せる。
「そういうわけだからさ。二日三日は屋敷で軟禁だ」
「いや、そうは言っても」
「やむを得ない理由以外で一歩でも外に出たら、ユミカに兄貴とは一週間口を聞くなって言ってあるから」
この瞬間、二日間の完全休養が決まった。
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