第100話 頭が高い!控えおろう!
新事実。
アヤセがリーダーを務める集団は、王太子派ではなくヘッセリンク派。
繰り返す。
王太子派ではなく、ヘッセリンク派。
……おい、目を覚ませ若者達よ。
学生時代には狂人派なんていう派閥があったらしいけど、それはあくまで学院という閉鎖的な世界だから許されたものだ。
いくら侯爵の孫でも、いや、侯爵の孫だからこそ格下の伯爵家の取り巻きみたいな活動は歓迎されないだろう。
「ヘッセリンク派、か。これは……いや。王太子殿下の御世に力を尽くそうという思いはあるのだな?」
そう、そこも問題だ。
え? 王太子っすか? いや、興味ないっすわー、俺たちヘッセリンクさんの下にしか付く気ないんで! みたいなテンションならそれはそれで扱いが難しくなるぞ。
「もちろんでございます。王太子殿下は幼い頃からお身体が弱くいらっしゃったと聞き及んでいます。しかし、不断の努力でもってそれを克服されたというではないですか! 現在は強靭な肉体と精神力を兼ね備えるまでに至り、国内をくまなく行脚なさるという次代の統治者に相応しいご活躍ぶり。なかにはそれを道楽だと笑う貴族もいると聞きますが、不見識も甚だしい! 次期国王たる王太子殿下が民の生活を知りたいと御自ら領地に足を運ばれているのです。ご協力差し上げて然るべきではありませんか!」
王太子への忠誠心はかなり高いようだ。
これなら最悪の事態は回避できそうだけど、やっぱりだいぶ酔ってるな。
目の焦点が合ってない。
やばい親父二人の前で迂闊な発言は命取りだぞ。
止めなければ。
「従弟殿、落ち着かないか。カナリア公とアルテミトス侯の御前だぞ。ほら、水を飲みなさい」
「これは、私としたことが。ご無礼をお許しください」
半ば無理やり水を流し込んでやると少し落ち着いたようで、焦点が戻ってきた。
頭を振りながらおじさん二人に頭を下げるアヤセ。
「なに、構わんよ。先にも言ったがこの場は無礼講じゃ。なあ、アルテミトスの」
「勿論です」
よし、セーフ!
目上が言う無礼講は十中八九無礼講であるわけないのだけど、カナリア公は懐の深さを見せてくれた。
同意を求められたアルテミトス侯も笑顔だ。
だがアルテミトス侯はそれだけで済まさず、この機会を逃さんとばかりに本丸に斬り込んだ。
「アヤセ殿、正直に言って、我々は王太子派……いや、ヘッセリンク派だったか。とにかくその集団の動きを危惧していたのだ。目端の利く若者達が王太子殿下の権力にたかり、甘い汁を吸おうと画策しているのではないかと」
「ラスブランはヘッセリンク伯家の親戚筋。そこで儂の依頼を受けたヘッセリンク伯がお主に接触したわけじゃ。そやつの名誉のために言うておくが、お主の憧れておるそやつはアヤセ・ラスブランを一切疑ってはおらんかった。この場はお主の潔白を証明するためにヘッセリンクのが整えた場じゃ」
アルテミトス侯が懸念を示し、それに合わせてカナリア公がそもそもこの場がなんのために開かれた酒宴なのかを説明しつつ、さりげなく僕をフォローする。
お上手なことで。
「とは言うものの、初めに話を聞いたときには様々な可能性を想定し、その中に従弟殿を討たなければならんという可能性も頭をよぎった。従弟殿の心を疑うようなことをしたこと、謝罪する。すまない、このとおりだ」
そしてフォローを受けた僕が真摯に謝罪をすることでこの一連の茶番は美しい完成をみた。
「頭を上げてください兄上! まさかそんなことになっていたとは。私が迂闊でした。兄上の力になりたいと思うあまり、気が急いていたようです。もちろん明日からは王城に足を運ぶのを控えましょう。兄上に私の意図が伝わったのであれば、殿下のお言葉を求めるなどという不敬を冒す必要もございませんので」
アヤセはすっかり酔いも覚めたようで、頭を下げる僕に慌てたような声を上げる。
どうやら彼らは本当にヘッセリンク派であり、王太子についてはそこまでこだわりがないらしい。
それはそれで問題がありそうだけど、素直なアヤセの態度にこの話題はこれで終わりかとホッと胸を撫で下ろした。
が、しかし。
この夜はまだ終わらない。
「ん? 私の言葉はいりませんか? せっかく城を抜け出してきたというのにそれは冷たい」
この終盤になって、スペシャルシークレットゲストの登場だ。
すっかり忘れてたけど、確かに呼ぶって言ってたな。
だけど本当に来るのかよ!!
結構な時間だぞ、どうやって城を出てきたんだか。
「……兄上、少し酔ってしまったようです。王太子殿下の御姿が見えてしまって」
残念だなアヤセ。
それは幻じゃない。
君が言葉をかけてほしいと願っていたこの国の王太子殿下その人なのだよ。
「おや、酔ってしまいましたか。カナリア公、彼に冷たい水を。はあ……、また貴方はこんな酔うことしか目的にしていない酒を好んで。父上も心配しているのですから少し控えてはどうですか」
無数に転がる酒瓶を拾い、その匂いに顔を顰める王太子。
やっぱりこの酒はそういう目的の酒なんだな。
アルコールが強すぎて味なんかわかりゃしないんだから。
カナリア公はカラカラと笑いながらその酔うための酒をぐいっと煽ってみせる。
自国の王子にまさかの挑発ムーブだ。
「儂から酒と女を取ったら何も残りませんのでな。ほれ、若いの。王太子殿下の御成じゃ。頭が高いぞ」
カナリア公が呆けているアヤセの頭をぐいっと押さえ付ける。
アヤセも不敬を絵に描いたような爺さんに王太子への礼儀云々言われたくないだろうが、残念ながら今の彼はそれどころじゃない。
「まさか、え、本当に、本物の王太子殿下、でいらっしゃいますか?」
「そうですね。私の知らないところでもう一人王太子がいないのであれば、私は間違いなくレプミア国王が嫡子、リオーネです」
古今東西、こんなにスムーズな立ちから土下座への移行があっただろうか。
うっかり見惚れてしまうほどの美しい
将来支えるべき相手にお前は誰だと聞いてしまった罪はこの瞬間に消えたと言っていいだろう。
「失礼をいたしました! 私、ラスブラン侯爵が嫡孫、アヤセ・ラスブランでございます。ご尊顔を拝す栄誉に浴す機会をいただけたこと、恐悦至極にございます!」
「流石に酔いが覚めようじゃの。さ、殿下。このような場ですが、こちらにお掛けください」
カナリア公が上座を勧め、自らは空いていたソファに座り直す。
ちなみに上座の足元は酒瓶がゴロゴロ転がったままだ。
「兄上、どういうことでしょう。なぜ王太子殿下が」
そうだよね。
わかる、わかるよ。
どう説明しようか。
「そこの性根の捻じ曲がった爺さんの悪戯だ。従弟殿に瑕疵はないから気にしなくていい」
あれ、おかしいな。
頭の中では『カナリア公御自ら、アヤセのために王太子殿下のご臨席をお願いしてくださったのだ』という文言が出来上がっていたのに。
頭から口までの短い経路で本音と建前がすり替わってしまったようだ。
「聞こえておるぞヘッセリンクの。誰が性根が捻じ曲がっているじゃと?」
そりゃ聞こえるだろうさ。
聞こえるように言ったんだから。
「まあまあ。私も悪戯の内容を聞いて驚きましたが、それ以上に面白いと感じたのでカナリア公の誘いに乗ることにしたのですよ」
王太子の取りなしでカナリア対ヘッセリンクの深夜の戦いは回避された。
アルテミトス侯は僕たちのやりとりに苦笑いを浮かべている。
「陛下に叱られても知りませんぞ? まったく仕方のない」
まあ城を抜け出した殿下と、抜け出すよう依頼したカナリア公は流石に王様に叱られるわな。
ご愁傷様でーす。
「何を笑っているのだヘッセリンク伯。お叱りを受けるとすれば、もちろん其方もだぞ?」
そんな馬鹿な!
完全にもらい事故です!
僕は無実だ!
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