第99話 勘違いしないでいただきたい
「若いのになかなかいける口ではないか。最近の若い者は酒を忌避する輩も多いなかで、見所があるのう」
「ええ、酒の場で他の貴族と同席すると飲み足りずストレスが溜まるものですが、アヤセ殿はいいですな。ヘッセリンク伯といい勝負だ」
酒豪のおじさん二人が褒めるのも納得してしまうくらいのペースで、注がれる酒を片っ端から干していくアヤセに若干引いている僕です。
しかし、あれだけ飲まされても一切乱れることなく笑顔で曲者二人を相手にしているんだから立派なもんだ。
一方、そもそも若い層との関係性が薄いカナリア公とアルテミトス侯は自分たちのペースに合わせて飲んでくれるのが嬉しいのか、上機嫌でアヤセ以上の速さで酒瓶を空けては転がし空けては転がししている。
「父も祖父もあまり酒を飲んでいるのを見たことがありませんし、酒席にも積極的には参加しないようですので、案外私はラスブランの血が濃くないのかもしれませんね」
「ああ、確かにそうじゃな。当代も先代も宴会では酒を飲まずひたすら食っておるイメージじゃ」
「確かに。ラスブランの一族は細身な方が多いが、どこにそれだけ入るのだと思えるほど宴会中一切ペースを落とさず食事をされていますな」
確かにうちの母親もよく食べる割に細身だな。
酒はワインを少し飲むくらいだったような気がするけど、家系だったか。
「それでもヘッセリンクの奥方には負けるがな。あの娘っ子の満腹中枢はどうなっておるのじゃ。うちの料理人達の顔が青ざめておったわ。お陰で食糧の追加購入と料理人への臨時賞与を出す羽目になったぞ」
はっはっは!
嫌がらせというわけじゃないけどエイミーには好きなだけ食べていいと伝えていたからな。
それでも慎ましやかな彼女的には遠慮したようだけど、それはエイミーのなかでの遠慮であって、世間的には食べ過ぎの世界を脱するものではない。
あと一息でカナリア公爵家の食糧庫の1/3が消えるところだったらしい。
「それはそれは。私からも金一封出しましょう。妻はたくさん食べている姿が一番美しい。あの日は終始幸せそうな妻を見ることができたのだから色をつけますよ」
もちろんマハダビキアには敵わないけど、その味は流石は公爵お抱えの料理人といったところで、エイミーは最初から最後まで大喜び。
その幸せそうな顔の可愛いこと可愛いこと。
あの顔を引き出してくれた料理人にならまとまった金を渡すことは吝かではないです。
「五月蝿いわこの狂人め。儂とアルテミトスのを前にして惚気るなど、本当に肝の太い若造じゃわい」
「兄上から奥方の惚気が聞けるなど、このアヤセ、驚きを禁じ得ません。祖父や父が聞いても信じてはくれないでしょう」
そう?
なんなら長尺でエイミーちゃんの可愛いとこ説明しようか?。
望むところですよ。
それじゃあ最近森で魔獣を討伐する時の話なんだけど……、え、大丈夫? そうですか残念です。
「私は祖父殿や叔父上にそんなに嫌われているのか? あまり頻繁に会える間柄ではないので直接何かをした記憶はないが、さて」
コマンドに確認しても少なくとも学院を卒業してからは会ってないみたいだな。
子供の頃も年に一度、悪ければ数年に一度しかラスブラン領を訪れていないようだ。
それなのに祖父から嫌われるなんてと思っていたら、アヤセが心底嫌そうに酒を飲み干して首を振る。
「我が家は小心者なのですよ。当主の孫である兄上が王太子殿下より高く評価された事実は本来であれば歓迎されるべきです。それなのに、自らの立場を脅かすのではないかとありもしない未来を妄想して警戒を強めている。狂人という二つ名に踊らされて兄上の本質を見ようとしないからそうなるのです」
理解できないと呟くと、さらに一息に酒を飲み下す。
ちなみに今日出されている酒は、『猛火酒 大国転覆』だそうだ。
竜殺しや皇帝殺しと同じ酒蔵の商品らしいけど、ネーミングセンスどうなってんの。
「そなたもラスブランであろう。それも当代の直系の孫じゃ。その割にはヘッセリンクのに懐いているようじゃが」
「風見鶏と呼ばれる家に生まれたら、狂人と呼ばれる家の従兄に憧れるのは自然の摂理というものです」
「真面目に生きることを義務付けられた者が、はみ出し者の自由さに惹かれたか」
誰がはみ出しものだ!
優等生がヤンキーに憧れるみたいなものなのかもしれないけど、年に一回会うか会わないかの従弟を懐かせるなんて、よっぽどインパクトがあったんだなレックス・ヘッセリンク。
「自分で言うのもなんですが、私はラスブランでは異端なのです。祖父や父からカナリア公やアルテミトス侯、ヘッセリンク伯の悪い噂を聞かされれば聞かされるほど憧れが強くなり、私もそうなりたい、なぜ自分はラスブランなのかと、悶々としていたものです」
当主の娘が嫁いでいるにもかかわらず、その二家と並んで悪口言われる我が家っていったいどんな扱いなんだろう。
祖父への不信感の高まりが凄いです。
「絶対に祖父や父の前で言うでないぞ? 未来の侯爵の気が触れたかと憤死しかねんわ」
「祖父や父のことは尊敬していますよ。我が家が風見鶏と呼ばれるのも時流を読む力に長けているとも言えますし、曲がりなりにも侯爵家として一定の力を維持しているのですから。ただ、それ以上に皆様に魅力を感じているというだけの話です」
風見鶏や日和見を前向きに捉えるなら確かにそう言えないこともない。
風を読むというか、空気を読むというか、そういう能力。
空気を読んだ結果、関係が悪化した家もあっただろうけど、それを抑え込む力とノウハウがあるから今も大貴族の一員でいられるということだろう。
不信感は募るけど伊達に侯爵家を名乗っていない、油断できない強い家だ。
若いアヤセにはそれが不正義に映っているのかもしれない。
「はっきり言いおるわい。まあ、あの真面目一辺倒の家に変わり種が出てきたと言うのは頼もしい限りではあるが」
「確かに。王太子殿下が即位され、ヘッセリンク伯がその側近として活躍する時代にアヤセ殿のような理解者がいてくれるのは心強い。どうかそのままの心根でいてくだされよ」
おじさん二人はアヤセのラスブランらしくない部分を歓迎しているようだ。
二人とも寝技の得意な家は嫌いそうだもんね。
アヤセも伝説の人である二人に褒められて満更でもなさそうな表情を浮かべている。
「言われるまでもございません。意外と、と言っては兄上に叱られてしまうかもしれませんが、狂人ヘッセリンクに憧れる同世代は多いのですよ」
「それこそ其方の祖父や頭の硬い連中が聞いたら発狂しそうな事実じゃ。まさかあのヘッセリンク伯家に憧れるとはと頭を抱えるじゃろうな」
悲しいけど確かに心配だ。
うちみたいな零細の、魔物討伐しか産業のない家に憧れてどうするんだ。
みんなちゃんと将来を考えた方がいいぞ。
「私がレックス・ヘッセリンクの従弟であることはみんな知っていますからね。ヘッセリンク伯の狂気に興味を持った同輩達に請われて兄上の素晴らしさを語ったものです」
狂気に興味を持つような子と仲良くするのやめなさいと言いたいが、その集団を率いてるのこいつだった。
こう言う根が真面目な奴は、ハマるととことんっていうタイプが多いんだよなあ。
あと、見た目変わらないけどやっぱり相当な酔ってるなアヤセのやつ。
公爵と侯爵の前で手酌でガンガン飲んじゃってる。
「なるほど。アヤセ殿だけでなく他にもヘッセリンク信者が複数いるということか。将来が楽しみなような不安なような」
「王太子殿下が即位なされた時、殿下を支えるのは兄上の役目。そして、その兄上を支えるのは私の役目。そこは誰にも譲れません。私を介して兄上に近づこうとする輩もいますが、排除済みです」
怖い怖い怖い!
この前も聞いたけど、なんだよ排除済みって。
薄笑いでその台詞は不味い。
あれだよね?
仲良くするのやめたってだけで、物理の方じゃないよね?
いかん、変な空気になったな。
カナリア公から話を変えろとアイコンタクトが飛んできた。
このレックス・ヘッセリンクにお任せください。
「……最近従弟殿が仲間と共によく王城を訪れていると聞くが」
「おい、凄いなヘッセリンク伯。このタイミングで切り出すとは」
「馬鹿者め。明らかにこのタイミングではないじゃろうが……」
はい、話題のチョイスを間違った自覚はあります。
でも、これアヤセのせいじゃない?
あの空気を変えるにはこのくらい思い切り舵切らないと無理だって。
さらに微妙な空気になった室内だったけど、幸いアヤセは酔いが回っている。
「本当によくご存知ですね。ええ、そうです。将来的に私たちが仕え、お支えする王太子殿下。その為人を推測するなど不敬であると理解しています。しかし、ご尊顔を拝し、一言でもお言葉を賜る機会を得ることができれば何か感じることができるのではと……」
やっぱり王太子の追っかけをしてたことは間違いないのか。
それを受けてアルテミトス侯がため息をつきつつ重々しい声でさらに本題に切り込む。
ここはカナリア公よりも真面目で堅い印象のアルテミトス侯の方が適任だろう。
「確かに褒められたことでないな。アヤセ殿達が王太子派などと呼ばれ、その動きを危惧する声も出ていると聞くぞ」
「王太子派、ですか。なるほど、これは私の意図するところと違ってしまっていますね。確かに私達は王太子殿下を盛り立てようという考えを持っていますが、それ以上にその右腕たるレックス・ヘッセリンクに憧れる者の集まりです。強いて私達の集いに名を付けるなら、それは王太子派ではなく、ヘッセリンク派ということになるでしょうね」
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