第98話 百鬼夜行と鉄血
最近連日顔を合わせているメイドさんに案内されたのは、いつも通されるカナリア公の居室ではなく、正式な客間だった。
僕より扱いがいいことに若干の疑問を持ちつつ扉を開けると、これも普段の寛いだ格好ではなく、豪華な衣装で席に着く、威厳に満ち溢れた大公爵様が出迎えてくれた。
僕たちに気付いたカナリア公はゆっくりと立ち上がると、アヤセに向けてにこやかな笑顔を浮かべた。
「ロニー・カナリアじゃ。恐れ多くも、レプミア国王陛下より当代のカナリア公爵を名乗ることを許されておる。以後見知りおいてくだされ」
「アヤセ・ラスブランでございます。公爵様の武勇伝を聞いて幼い頃より憧れておりました。このような場を設けていただき、感無量でございます」
伝説を前にして頬を紅潮させ、なんなら涙ぐんでいるアヤセ。
小さい頃から悪口聞かされてた割にはこのすけべジジイに憧れてるのか。
だけど気をつけろ。
この爺さんは君を嵌めようとしてる悪人だぞ。
そんなことを考える僕を尻目に、カナリア公は気安い感じでアヤセの肩を抱きつつ握手などしている。
「肩の力を抜いて良いぞ。儂の武勇伝か。ラスブランの聞かせる儂の話しは碌でもなさそうじゃのう」
「左様ですね。一番記憶に残っているのは、『百鬼夜行』の二つ名でしょうか」
え、なにそれカッコいい。
百鬼夜行ってあれでしょ?
鬼や妖怪がたくさん連なって行進する的な。
そんな二つ名持ってたのかカナリアの爺さん。
いやまあ確かに今のこの人は化け物の気配あるけど。
【百鬼夜行。大貴族でありながら戦場に出る時は必ず先頭に立ち、軍勢を率いる姿からついたカナリア公の二つ名です。彼の後ろには大勢の彼を慕う強者達が列を成し、カナリア公の通った後には草も生えないと言われるほど恐れられていました】
ありがとうコマンド。
理由までカッコいいのかい。
「かっかっか!! それはそれは。ラスブランのは儂が思っておるより儂が嫌いみたいじゃ。よりによってその話しを孫に聞かせるとは」
大貴族の一員のくせに戦場で暴れ回ってたヤバい奴だぞ、とか、お前はそうなるんじゃないぞ、とか色々孫に吹き込んでたみたいだから好きか嫌いかで言えば嫌いなのは間違いない。
だけど、そのせいで逆にアヤセはカナリア公への憧れを膨らませていたらしい。
「幼少の頃、悪さをした時には決まって百鬼夜行、鉄血、鏖殺将軍の名前を出されて脅されたものです。例えば、祖父の執務室に忍び込んで書類を汚した時には百鬼夜行がくるぞ! と」
「鉄血はともかく、あの戦闘狂と同列に語られるのは腑に落ちんが、まあ良かろう。さ、今日は無礼講じゃ。付き合いの浅い家の若い者を無理矢理誘っておるからのう。好きなだけ飲んで食って構わんぞ」
鉄血?
聞いたことないけどカナリア公とジャンジャックと同列に語られるならヤバい奴に違いないな。
「流石にそこまでは。ハメを外し過ぎては公爵様との縁を繋いでくれたヘッセリンク伯に叱られてしまいます。ねえ兄上」
「ヘッセリンクのに聞いても無駄じゃぞ? こやつは初対面で吐く直前まで呑みおったからのう。いや、儂とアルテミトス、ゲルマニスがおる場であそこまでやんちゃする若造はレプミア広しといえどもこやつだけじゃ」
「兄上……」
おいおいおいおい。
その爺さんは確かに生きる伝説ですごい人だが、基本的には酒と女が大好きなクソジジイなんだぜ?
話半分どころか1/4くらいで聞いてちょうどいいくらいさ
だからそんな目で見るのはやめてくれよ兄弟。
「騙されるな従弟殿。再三帰ろうとする私を押し留めて信じられない程強い酒精の酒を浴びるように飲ませたのはその公爵殿とアルテミトス侯だ。あの日のお二人は本当に鬼のようだった。ゲルマニス公は冷たい水をくださったり自分が酒を引き受けてくださったり私を助けようとしてくれていたが、二人はそれを上回る勢いで飲ませようしてきたからな」
まじで公爵二人と侯爵一人の前でリバースする寸前まで行ったんだから笑えない。
もうちょっと文句言ってやろうとしたところで、聞いたことのある声が割り込んできた。
「おやおや、それは酷い物言いじゃないかヘッセリンク伯」
そう、最近ロングコースのお説教を賜った、アルテミトス侯のお出ましだ。
そう言えば呼ぶって言ってたね。
アルテミトス侯はアヤセへの挨拶を後回しにし、僕の肩を年寄りに見合わない力で掴むとにこやかな笑顔で顔を覗き込んでくる。
「あの日は十貴院から脱退するという大事な決意を、後見人たる私にすら話してくれなかった貴殿が悪いと結論が出ただろう。それとも、先日の話し合いを根に持っているのかな?」
痛い痛い痛い痛い!!
くそっ、元気なおじさんめ!!
尊敬するお兄ちゃんが目の前で痛めつけられているにも関わらずアヤセは大興奮だ。
「遅かったではないかアルテミトスの。さ、座れ。駆けつけ三杯。ほら、ぐっといかんかぐっと」
「カナリア公、若い者に挨拶くらいさせてください、まったく」
カナリア公がマイペースに差し出したでかい杯の中身を一気に飲み干すアルテミトス侯。
いや飲むんかい。
「アヤセ・ラスブラン殿だな? 私はロベルト・アルテミトス。当代のアルテミトス侯爵を任されている」
相変わらずいい声してんなこのオジ様。
美声にビビったわけでもないだろうけど、侯爵の挨拶を受けたアヤセが深々と頭を下げる。
「ラスブラン侯爵が嫡孫、アヤセ・ラスブランでございます! 『百鬼夜行』ロニーに続いて、あの『鉄血』ロベルトに名前を呼んでもらえるとは……今日は人生最良の日だ!」
なんてことはない、鉄血も知り合いでした。
凄いだろ?
僕、このやべえおじさん達全員と知り合いなんだぜ?
「はっはっは! 古い名前を知っているのだなアヤセ殿は」
【鉄血。完成された心技体をもって戦場を駆け抜けたアルテミトス侯爵の二つ名です】
なにそれカッコいい、その2。
なんかの主人公みたいだな。
まあ確かに平均点が高いんだよなアルテミトス侯。
本人の能力はもちろん、フィルミーみたいに優秀な兵がいる練度の高い領軍を持ってるし。
失敗したのは息子の教育だけか。
「ラスブランのは儂とお主とヘッセリンク伯のとこの鏖殺将軍を同列に語って子供を叱る時に使っておったらしいぞ」
「カナリア公と同列に語られるのも思うところがありますが、ジャンジャック将軍とは一緒にされたくありませんな」
そこは二人とも一致してるんだな。
まあジャンジャックは現役の戦闘狂だもんな。
流石にそんなのと一緒にはされたくないか。
「じゃろう? 儂らはあくまで仕事として戦に出ておったが、あやつは趣味と実益を兼ねておった生粋の戦闘狂じゃ。歳をとってからは落ち着いたが、若い頃は本当に酷かったのう」
あのカナリア公が遠い目をしてるって、よっぽどだったんだなジャンジャック。
「そんなにですか」
「知っておるぞヘッセリンクの。最近、ジャンジャックのやつを頻繁に森に放っておるそうじゃのう。それを聞いた儂より少し下の世代の元軍人たちが騒いでおるわ。悲喜
「国境に配置している部下からの報告では、周辺諸国が鏖殺将軍が現役復帰かと俄かに騒がしくなっているとか。ヘッセリンク伯、ジャンジャック将軍にはしっかり釘を刺しておくのだぞ」
「最善を尽くします」
言えない。
森に出る回数を増やすのを許可したのは僕で、なんだったら一緒に狩りにも出てるなんて、この場で言ったらまた説教コースだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます