第97話 風見鶏
あまり行儀の良いことではないけど、ラスブランの屋敷を出たその足で再びカナリア公の屋敷に直行する。
普通なら会ってもらえないものだけど、メアリに先行してもらってアポを取ったらあっさり許可が降り、到着すると昨日も応対してくれたメイドさんがすぐに公爵の居室に案内してくれた。
「忙しないのう、お主も。それで? 至急耳に入れたいことがあるということじゃったが、察するに自称王太子派とかいう輩のことかのう。なんじゃ、もう締め上げたのか」
寛いだ夜着で酒杯を傾けていた公爵に母親の反応を伝えると腹を抱えて爆笑していた。
兵を出すなら手を貸すから声を掛けろというのは冗談だと思いたい。
僕も酒をいただきつつ本題のアヤセの反応について説明すると、打って変わっての仏頂面。
その表情を言語化するなら、なんだつまんねえな、だろうか。
「つまり、あの自称王太子派の面々は、下心などなく、心から王太子殿下を支えたいと考えておる心ある若造の集団だと?」
「全員がそうかはわかりませんが、少なくとも彼らを率いる立場にあるアヤセ・ラスブランについては、私の感触では間違いなく白です」
あれで黒なら人間不信になるくらい、僕を慕ってくれてる感が伝わってきた。
下手したら忠臣レベルで僕のこと好きだぞあの子。
いやー、男にモテるわー。
他の王太子派の構成員については断言できないけど、アヤセだけはきっと大丈夫。
一方、カナリア公は顎に手を置いて険しい顔だ。
「ふうむ。それが本当なら喜ばしいことこのうえないのじゃがな。正直、俄には信じられん。古今東西、権力者に取り入ろうとする集団に碌な者はおらんからのう。それが若い者のみで構成されておればなおさらな」
「仰ることはわかります。そこでどうでしょう。カナリア公もアヤセ・ラスブランを直に検分してみては? 百聞は一見にしかずともいいますので」
僕も彼に会うまではヤるかヤられるかだと思ってたけど、会ってみたら可愛い弟分だとわかったし、カナリア公にも実際会ってアヤセの為人を知ってもらう方が手っ取り早いだろう。
「ほう。ラスブランの孫と、のう。それは面白い。あの日和見がお家芸の家からどんな変わり者が出てきたのか、このロニー・カナリアが見極めてやろうではないか」
考えるそぶりを見せたのはほんの一瞬。
話が早くて助かります。
「そうこなくては。では、会談の場所ですが」
「まあそう慌てるでない。せっかくじゃからちょっとした悪戯を仕掛けてやろう。なぜといって、ワシは若い者の驚く顔が大好きじゃからな」
爺さん最低です。
そんなんだからゲルマニス公から尊敬されないんですよ。
多分、ひどく弄られてこの爺さんが苦手になった貴族もたくさんいるんだろうなあ。
「悪趣味な。私の可愛い従弟をあまり苛めないでいただきたいのですがね」
「せいぜい善処するとだけ言っておくかの。儂は明日王城に行き、王太子殿下に御目通り願うとしよう。ヘッセリンクの。お主はラスブランの若造に明日の夜ここに来るよう伝えておくように。カナリア公爵との晩餐があるから一緒にどうだと誘えば断られることはないじゃろ」
「悪戯に殿下を巻き込むおつもりですか!?」
おいおい、とんでもないこと言い出したぞ。
黙って控えてるメアリもこれには驚いたようで目を見開いてる。
一方、カナリア公側の護衛兼従者の皆さんは微動だにしない。
こんなこと、慣れっこなんだろうな。
心中お察しいたします。
「流石にそれは。いや、個人的には非常に面白いと思いますが、貴族としてはいかがなものでしょう」
苦言を呈してもどこ吹く風。
まあこのクラスは僕程度の若造の意見なんか聞かないでしょうね。
「面白いと思うておるなら構わんじゃろ、さ、準備にかかるぞ。くっくっく、楽しみじゃわい。おおそうじゃ、アルテミトスのも誘ってやろうかのう。あやつもラスブランを嫌っておるし、その孫が『らしくない』と知れば喜ぶじゃろ」
随分嫌われてるな母方の祖父の家は。
乗りかかった船なのでカナリア公に場のセッティングはお任せすることにして、翌朝さっそくアヤセを誘いに行く。
あ、もちろん怒る狂う母と妻にはアヤセに敵対の意思なしと伝えてある。
エイミーは僕が言うならと納得してくれたけど、ママンはまだラスブランに対する警戒を解いていなかった。
『掌返しがラスブランのお家芸。決して油断してはなりません』
らしい。
嫌われてるなあラスブラン。
むしろそれだけ言われるラスブラン侯爵家に興味が出てきた。
今度エイミーちゃんを連れてお邪魔してみるか。
………
……
…
「兄上、カナリア公自ら私をお呼びとは何事でしょうか。お世辞にも我が家とカナリア公爵家の仲は芳しくない。それなのに、祖父はもちろん父でもなく私をご指名とは……」
大貴族カナリア公に呼び出されたとあって緊張を隠せないアヤセ。
落ち着かないのか屋敷に向かう馬車のなかで何度もため息をついていた。
「そう緊張するな従弟殿。相手は生きる伝説と呼ばれる方だが、驚くほど気さくな方だ。まあ、やや悪戯が過ぎるところがなくはないが、取って食われたりはしないから安心してくれ」
取って食われたりしない代わりに、会場についたら王太子がいるかもしれない。
ただそれだけだよ。
教えないけど。
「だといいのですが。なんと言っても幼い頃からカナリア公とアルテミトス侯の悪口を聞かされていますのでね」
カナリア公がラスブランを嫌うように、ラスブランもカナリア公が嫌いと。
しかし、孫に同業者の悪口言うとかよっぽどだな。
「意外だな。カナリアと言えば国軍の要職を務める人材を輩出する名家。アルテミトスにしても優秀な文官を輩出しながら現当主は軍人としても功績を残していらっしゃる。そこまで嫌う理由はないように思うが」
アルテミトス侯は融通の利かないところが苦手だとか、カナリア公は酒の席で鬱陶しいうえに女にだらしないところが苦手だとか、家じゃなくて個人を嫌うならまだわかる。
「その二家は過去から我が家の怨敵なのですよ。理由ですか? なんのことはない、我が家の一方的な嫉妬です。『風見鶏』ラスブランとしては同格の家が優秀過ぎると霞んでしまいますから」
風見鶏ね。
カナリア公も日和見って言ってたっけ。
それが家の評価なら歴代よっぽど鼻が利くっていうことなんだろう。
その代わり周りから見れば信用できないように映るってとこか。
「ラスブランとてそう捨てたものではないだろう。祖父殿は若くして王城勤務の文官として活躍された方。遡っても複数の優秀な人材の名が上がるではないか」
学究肌の家柄を生かし、様々な分野に長けた文官を輩出する多様性が高く評価されているのがラスブラン、だとコマンドが教えてくれた。
突き抜けて優秀というよりは、広い範囲をカバーする秀才。
それがラスブラン侯爵家。
「そこは兄上のほうがよくご存知でしょう。貴族の嫉妬というやつです。どれだけ頑張っても自分の上をいく者がいれば心穏やかではいられない。それが肥大化したのが今のラスブランです」
嫉妬なんかしなくても十分すぎるほど国に貢献する大貴族だろうに。
このクラスでもそうなんだから、エスパールとかトルキスタみたいな中小貴族は、そりゃあ僕が気に入らないよね。
「ヘッセリンクのような小身貴族には縁のない話だと、笑えないのは今まさに私が色々と睨まれる立場にあるからなのだろうな」
「ちなみにですが、目下我が家が最も警戒しているのは他でもない、ヘッセリンク伯です。滅多なことはないと思いますが、お気をつけください」
「お気をつけてというわりには顔が笑っているぞ従弟殿」
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