第101話 一件落着
いやー、叱られた叱られた。
王太子殿下が国王陛下に。
僕とカナリア公が陛下の側近である宰相に。
そして、殿下の護衛であるダシウバが近衛のお偉いさんに。
まあ、普通怒られるよね。
線の細い宰相の身体が何倍にも膨れ上がってるように見えるくらい激怒してました。
カナリア公が軽口を叩くたびに、手に持った乗馬鞭を鳴らすんだよ。
それを面白がって半笑いで言い訳になってない言い訳を口にするカナリア公。
やめろよ爺さん、『ラスブランの孫は見どころがあるわい。息子をすっ飛ばして孫に当主を譲るよう手紙を送ろうかのう』とか言って煽るなよ!
心の中でこれ以上宰相のボルテージが上がらないよう祈るしかなかったけど、お陰で宰相の怒りのほとんどがカナリア公に向いてくれたので、僕はしょんぼり項垂れてるふりをするだけで済んだ。
いや、反省はしてるんだよ?
でも、王太子を招集したのは100%カナリア公の独断だし、なんなら応じた王太子が悪い。
あとから聞いたところによると、王太子を叱る王様の怒号は、現王治世の歴史史上、最大級だったらしい。
昼前に再会した王太子、あきらかにやつれてました。
それぞれ朝から昼までロングで絞られてようやく解放されたあと、殿下の好意で王宮の食堂で昼をいただいている。
あ、この肉はマッドマッドベアだな。
マハダビキアの得意な味付けに似ていて食べやすい。
別室で近衛の偉いさんに叱られていたダシウバも、王太子の護衛として食堂に待機していた。
彼は完全に事故に巻き込まれた側なのに可哀想なことをしたな。
「すまないダシウバ隊長。貴殿には悪いことをしてしまった」
「いえいえ! 全く問題ありませんとも。殿下とカナリア公のご命令ですの一点張りで通しましたし、なにより私は上官から説教されることに慣れておりますので」
「それは胸を張っていいことなのか」
ダシウバは初対面からチャラくてやんちゃ坊主な面が目立つし、結婚式の時も王太子の目の前でスアレ副隊長に叱られてたから本当のことなんだろうけど。
隊長が慣れるほど叱られるのを目の当たりにしている部下の皆さんの心中、お察しします。
「ふむ。やはり今代の三隊長は見込みがあるようじゃな。上官からの叱責など無視してなんぼじゃ。もちろん、戦場以外でじゃがな」
叱られ慣れてるというカミングアウトのどこに見込みがあったのかわからないが、なぜかカナリアの爺さんが満足そうにダシウバを褒めている。
ああ、カナリア公も無軌道に生きてきたから共鳴するものがあるのか。
「それでは上も示しがつかないでしょう。今回巻き込んだ私が心配することではないかもしれないが、上官との関係は大丈夫なのか?」
僕の問いかけに、問題ないとばかりに両手を広げて見せるダシウバ。
「ご心配なく。今回の叱責の大半はポーズのようなものです。上は私をちゃんと叱った姿を見せねばなりません。そして私も叱られている姿を同僚に見せ、勝手をやらかした罰を受けたという証拠を残した。なんというか、形稽古のようなものです」
ええ……。
「なんというか、組織というのは奥深いものだな」
前世の記憶が薄いうえに、今の僕は一家の長だから、いまいち組織という考え方に疎い。
僕が叱られることがあるとすれば、服を汚してアリスにお説教されるくらいだからなあ。
あ、いや。
最近アルテミトス侯にきつい雷を落とされたばかりだったか。
それでも上司と部下じゃなくて、おじと甥っ子みたいな関係だから組織臭はない。
「他人事のように……と、ヘッセリンクのにとっては他人事じゃったな。このレプミアでヘッセリンク伯爵家が属する組織など、十貴院くらいのもんじゃが、上下関係はあってないようなもんじゃ。しかも脱退しても構わないときておる。そうすると、ヘッセリンク伯家に説教ができるのは王城関係者だけということになるな」
「組織という意味では仰るとおりなのかもしれませんが、今後は無茶をするたびにカナリア公やアルテミトス侯に都度お叱りを受ける可能性がありますね」
「楽しそうな顔をするでないわ馬鹿者。儂もこれで派閥の長じゃ。それが自分の子飼いでもないヘッセリンク伯爵を事あるごとに叱っていてはバランスが取れん」
カナリア派は国内外最大級の派閥。
しかも国軍関係の有名貴族が多数参加している、火薬庫みたいな集団だとコマンドが教えてくれたり。
なんと言ってもトップが現役で爆弾みたいな人だからな。
そんなカナリア公が僕ばかり構ってたら、カナリアとヘッセリンクの関係が悪化してると見られるか、ヘッセリンクがカナリア派に加入したと見られるか。
どっちにしてもいいことはないという説明だった。
ちなみにアルテミトス侯は派閥に属していないらしいけど、国軍出身なので、カナリア派に近しい存在という位置付けだそうだ。
「そういうわけで、今後はよっぽどでなければお主の行動にうるさく言うことはない。まあ、女関係でなにかあれば相談に乗ってやるぞ? 儂も昔は鳴らした口。説教などせず穏便に妻に許してもらうための手管を伝授してやるわい」
カラカラと笑うカナリア公だが、残念ながら僕はエイミーちゃん一筋なのでその必要はありません。
ただでさえ女性と知り合う機会もないし、浮気なんてとんでもない。
それよりも、聞き分けのない嫉妬狂いのおじさん達から目をつけられた時に助けてもらうほうが何倍もありがたいです。
歓談後、王太子が退席するのを見送ると、カナリア公が乱暴にナプキンで口を拭い、やることはやったとばかりに席を立つ。
この数日、短いけどかなり濃い時間を過ごした気がするんだけど、この爺さんの歴史からすれば、それも大したことじゃなかったのかもしれない。
「カナリア公。十貴院の件はもちろん、従弟のことでもお手数をお掛けいたしました。何分若輩者ですので、今後もご指導ご鞭撻いただきますよう、お願いいたします」
「あー、いらんいらん。結局ヘッセリンクの十貴院脱退の話しも保留になっておるしな。そちらに動きがあれば追って知らせる」
照れ隠しなのか、手を振りながら部屋を出て行こうとしていたカナリア公。
扉の前で急に立ち止まると、こちらを振り返った。
その顔には、意地の悪い、愉しむような笑顔が張り付いていた。
「ラスブランの孫については、あれはいいのう。将来の楽しみが増えたというものじゃ。しかし、ヘッセリンク派じゃったか? 非公式だとしてもお主の家名を掲げる集団じゃ。ラスブランの孫には、それがどういうことか、よくよく言い聞かせておけよ? もしもあれらが暴発し、ヘッセリンク派と名乗ったとしたら……わかるな?」
嫌な予感しかしないよ、クソジジイ!
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