第95話 家族会議
新たな火種を抱えて帰宅すると、心配そうな顔をした母親と相変わらず無表情な妹、そして明らかにワクワクした表情を浮かべた妻と家来衆(ハメスロット除く)が迎えてくれた。
代表して口を開いたのは母だった。
「謁見はどうでしたか? 十貴院からの脱退は、陛下に認めていただけたのでしょうね?」
ああ、そっちですか。
ええ、国王陛下との謁見なら無事に終わりましたよ。
特に面白いこともなく、陛下の前で臣下の礼を取ったら、
『我が息子の軽率な行動、発言により迷惑をかけた。本来であれば言葉を尽くし、謝罪するべきであるがそれも儘ならぬこと、許せよ。さて、ヘッセリンク伯爵より申し出がなされた十貴院からの脱退であるが、今暫く余が預かることとする。ヘッセリンク伯爵程の身代の家が自ら歴史ある十貴院を脱するとなれば国中に動揺が生まれ、他国から付け込まれる要因となりかねん。そもそも、余はヘッセリンク伯に反乱の意思があるとは考えておらぬ。このことは然るべき時、然るべき場にて沙汰を申し渡すゆえ、そう心得よ』
と、一息に告げられて終わった。
腑に落ちない気分で控えの間に戻ると、カナリア公がそんなものだと肩を叩いてくれたが、十貴院をやめることができなかったという結果は望んだものではない。
望んだものではないけど、心中それどころじゃなかったからね。
どちらにしても母に対ラスブランの可能性は伝えないといけないので、妹や家来衆も同席させてかいつまんで説明する。
ハメスロットとメアリは、また余計な争いに巻き込まれやがったと呆れた顔。
クーデルとヘラは表面上反応なし。
そして母と妻は、わかりやすい憤怒。
「構いません。ラスブランと戦争です。ヘラ、クリスウッドの婿殿に文を出しなさい。ラスブランとクリスウッドは過去から深い繋がりのある家。ヘッセリンクとラスブランならラスブランを選ぶでしょう。婿殿には家か妻を選ぶよう伝えるのです」
「はい、お母様」
とんでもない指示を出す母となんの抵抗もなくその指示を受け入れて席を立つ妹。
僕の親友に結婚前からそんな『仕事と私どっちが大事なの』的な二択を突き付けるのはやめてくれ。
万が一リスチャードが妹じゃなく家を選んだらどうするつもりだ。
いや、その時は全力でボッコボコにするんだけど。
「エイミーさん、カニルーニャ伯に戦のための米や麦を融通していただけるか確認してくださるかしら? 恐らくはそう長期のことにはならないとは思うのだけど、そうですね。一年継戦できる程度の量を調達できれば十分でしょう」
そして妻にも指示が飛ぶ。
カニルーニャの親父さんなら我が家の一年分の食料くらい余裕で用意してくれるだろうけど。
アルテミトス絡みで僕のことを喧嘩っ早い婿だと思ってる節があるんだから迂闊な真似はやめてほしい。
「承知いたしましたお義母様。ハメスロット、すぐにお父様に文を」
「ちょっと待て! 待つのだヘラ。エイミーも落ち着け。そんな文は送らなくてもいい!」
やめてほしいのにエイミーはヘラ同様母の指示を受け入れてしまう。
なんでみんなして好戦的なのか。
そして僕の制止に揃ってキョトン顔だ。
「「?」」
可愛いけどそれはそれ、これはこれ。
唯一僕の制止を受けてなるほどとばかりに頷いてくれたのは母だった。
良かった、わかってくれたみたいだ。
「なるほど、そういうことですか。流石はレックス殿です」
ん?
流石は僕?
どういうことだろうか。
「つまりレックス殿はこう仰りたいのですね? 文など送らなくとも、婿殿は我が家に助勢してくださると。なぜと言って、婿殿はヘラの夫である前にレックス殿の最も親しいご友人。文など送っては逆に婿殿の心を疑うようなものです。カニルーニャ伯も義理の親子としてだけではなく既に盟友として関係を築いているお相手。ふふっ、これはこの母の勇み足でしたね」
だめだ、全然伝わってなかった!
妻と妹はそういうことかと揃ってポンと手を打ってるけどそうじゃないから納得するな。
ハメスロットは……関わりたくないとばかりに視線を逸らしてるがお前は無罪だ。
この空気は頭のネジがまあまあ緩んでないと耐えられないから。
というわけでメアリ、お前は頭のネジ緩み切ってるんだから笑ってないで母と妻と妹を止めるの手伝え!
「いや、そうではなく! 話を聞いていただいてもよろしいですか母上」
「話なら聞きましたよ? ラスブラン侯爵家が我がヘッセリンク伯爵家当主であるレックス殿に敵対的態度を取っている。王太子殿下も御心を痛めていらっしゃる。カナリア公からはこれを撃滅する許可をいただいた。何か間違いがありますか?」
だからそうじゃなくて!
落ち着いてくれよママン。
そうじゃなくて、えーっと、……あれ?
「おかしいな。そう言われると、大筋では間違いないのですが……」
母の解釈は事実をやや過激に表現してはいるけど、なんら間違っていないという驚愕の事実。
母の受け取り方だけ聞いてしまうとまじでラスブラン対ヘッセリンクになりかねないし、そこに王太子とカナリア公まで絡んできてしまう。
これはよろしくないぞ。
祭の気配に興奮しきって僕の心中を察する気のない母は更に気炎を上げる。
この人、貴族とは思えない善人っていう評価じゃなかったっけ?
「ジャンジャックには母から召集文を出しておきましょう。オーレナングの守りはどうなっていますか?」
ジャンジャックにそんなもん出したらまたあの傷だらけの鎧を装備して夜通し駆けてきちゃうだろ!
そうだ、こっちに僕とエイミーが来てるから、ジャンジャックまで抜けると守りに不安があることにしよう。
「爺さんが抜けても、聖騎士オドルスキと爺さんの愛弟子フィルミーの二人がいるからそう簡単にオーレナングが陥ちることはねえよ。まだ公に知られてない
メアリ、この裏切り者!
頭のネジ緩んでるのかお前は! って緩みきってるんだった。
「よろしい。ではラスブラン宛に宣戦布告を行います。ヘラ、屋敷にいる家来衆を全員集めなさい。我がヘッセリンクはこれより戦時下の非常態勢に移行します!」
メアリの回答に満足そうに頷いた母は、勇ましく立ち上がると拳を振り上げて雄々しく宣言した。
やばい、このままじゃマジで爺さん対孫の正面衝突だ。
やむを得ん。
「だから! お待ちください! ラスブランが我が家に敵対行動をとるかどうかは、まだ確定しておりません! あくまで、あくまでもその可能性があるという段階です。そんなあやふやな状態で身内に宣戦布告などしてご覧なさい。普段は狂ってるから仕方ないと赦して下さる層からも見放されますぞ! ラスブラン側とて、いくら私がラスブラン侯の孫で母上が娘でも、面子のために黙ってはいないでしょう」
母親相手に強い表現を使いたくなかったが、こんなアホな理由で内戦とかマジで嫌だ。
幸い、母は血生臭いことには不慣れなはず。
これで諦めてくれれば。
「黙ってない? 望むところです。むしろ黙っていないのはこちら。よろしい、
「お義母様、露払いはこのエイミーにお任せください。ラスブランの雑兵どもには指一本触れさせませんわ」
「まあ! エイミーさんは本当にいい義娘ね。そうだわ、王城の西に美味しいパフェを出すお店があるの。事が済んだらヘラと三人で行きましょう」
きゃっきゃし始めちゃったよ母と妻が。
エイミーが本気出せば本当に母を無傷でラスブラン侯のとこまで連れて行けそうだから始末が悪い。
「とにかく! 私が王太子派を率いているラスブランの従兄弟殿のところに出向いて話をしてきます! それまで迂闊なことは厳に慎んでいただく。よろしいですね!? これは当主としての命令です。エイミー、メアリ、クーデル。お前達もだ。ハメスロット、監視を頼むぞ」
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