第96話 従弟
「やあ、これは兄上! おっと、これはいけない。ヘッセリンク伯と呼ぶべきだな。なんにせよ、よく参られた。さ、酒とつまみを用意させるからこちらへ」
王太子派の暗躍阻止から我が家の暴走阻止という目的にすり替わったものの、一度従兄弟とは話をしないといけないと思っていた。
そこでラスブランが国都に持っている屋敷宛に人を向かわせ、近いうちに会いたいと伝えたところ、今日今からでもどうぞと回答があった。
カナリア公とまではいかないまでも十分に豪華な屋敷に到着すると、テンション高めの若者が満面の笑みを浮かべながら両手を広げて迎えてくれた。
【アヤセ・ラスブラン。ラスブラン侯爵直系の総領孫であり、レックス様の二つ下の従弟にあたります。ちなみに、次期侯爵であるアヤセの父はレックス様のお母様の弟です】
「ああ、久しぶりだな従弟殿。元気そうで何よりだ。王城に寄る用があったのだが、従弟殿もこちらにいると聞いてな。こういう機会でないとなかなか顔を合わせることも儘ならないからな。失礼かとは思ったが邪魔させてもらった」
第一印象は悪くないな。
もっとエスパール伯みたいに目の敵にしてるとか、厄介だけど相手せざるを得ないとか、暗い印象は全くなく、むしろ心から会えて嬉しいという感じだ。
「兄上ならいつでも大歓迎だ。その代わり、多少礼を欠く程度は大目に見てくださいよ?」
茶目っ気たっぷりにウインクして見せるアヤセからは敵対心なんか一切感じませんよ?
ただただ可愛い従弟にしか見えない。
これがブラフなら大したもんだ。
【アヤセはレックス様を実の兄のように慕い、二代後の侯爵候補であるにも関わらず、将来ヘッセリンク伯家の家来衆になりたいと言って周りを困らせるほどレックス様に懐いていました。幼い頃はアヤセと一緒に侯爵に悪戯を仕掛けては二人で罰を受けたりもしていたようですね】
まじで?
そんな子と一戦交えるのとか本当に嫌なんだけど。
いや、結構な年月会ってなかったみたいだし、その間に権力欲に呑まれてしまったのかもしれない。
「あっはっは! もちろんだとも従弟殿。我らの間に礼儀も何もあったものではないだろう。そうだ、今度久しぶりに祖父殿に悪戯を仕掛けにいくとしようか?」
「それはいい! また二人してお祖父様の執務室の前で正座しようじゃありませんか! さ、さ。参りましょう」
ここまでのアヤセの印象。
抜群の人あたりで陰か陽かで言えば100%陽の者。
僕に対してもまったく後ろ暗いところを見せず、朗らかに対応している。
護衛でついてきたメアリに目配せをしても、首を振っている。
メアリの目にも怪しい点は映らないようだ。
通された部屋はアヤセの私室のようで、急遽運ばれであろうテーブルには酒瓶とグラス、クラッカー的なつまみが用意されていた。
席に着くと、いそいそとワインの封を切ってグラスに注ぐアヤセ。
仲の良い親戚の兄ちゃんと初めて酒を飲む若者にしか見えない。
さあ、どうやって王太子派について切り出すか。
「では、再会を祝して、乾杯」
グラスをぶつけ、しばらくは取り止めもない話しで時間を潰す。
この面談の結果次第では身内同士の戦が始まってしまうわけで、警戒されないよう言葉選びには細心の注意が必要だ。
コマンドさんに過去の関係やエピソードを確認しながら対応する。
「しかし、本当に久しぶりだな。見違えたぞ従弟殿。子供の頃はもっと細くて学者のような体型じゃなかったかな?」
「ええ、仰るとおりです。ラスブランはどちらかというと学究肌の家ですので身体を鍛えるのは最低限」
ラスブランは戦場で活躍というよりは王城勤務の文官を数多く輩出する後方勤務タイプの家のらしい。
そんななかでうちの母がバリバリの武闘派であるヘッセリンクに嫁ぐとなった時には一悶着ふた悶着あったとか。
そんな家にあって、アヤセは背こそ高くないものの、ガッチリとした体型をしている。
「だったのですが、私は幼い頃から兄上に憧れていましたので、召喚士ながらに身体を鍛え上げていた兄上を見て私も一念発起したのです」
「素晴らしい。いや、ただでさえ強大なラスブランが従弟殿の代にはさらに強くなってしまうな」
なんだろう、こいつは本当に僕を嫉妬の嵐に巻き込もうとしているのか?
これで全部上辺だけなら人間不信になりそうなくらい心から僕を慕ってくれているように見える。
「何を仰いますやら。兄上のお名前は私のような木端にも定期的に聞こえてきますよ。最後にお会いしたのは兄上が学院を卒業された後だったと思いますが、その後の華々しいご活躍に胸を躍らせていました」
ああ、闇蛇討伐とかそんなやつかな。
まだ僕じゃなくて、レックス・ヘッセリンクがやんちゃしてた頃だな。
「あまり言ってくれるな。正直自分でも碌なものではなかったと思っているんだ。なんとか胸を張って報告出来るのは伴侶を娶ることができたくらいか」
「これはこのアヤセとしたことがうっかりしておりました! 尊敬する兄上にご結婚のお祝いも申し上げておりませんでしたね。本当は式にも駆けつけたかったのですが……祖父も父もイマイチヘッセリンクにいい印象を持っていないようで」
孫の結婚式なのに祖父さんも叔父も来ていなかったからな。
侯爵家は立場が上だから敢えて呼ばなかったんだっけ?
つまり君自身は我が家に悪い印象は持っていないし、なんなら式に参加したかったと。
「まあ仕方ないさ。血の繋がりがあるとはいえ、事は家同士の話だ。ラスブランの傘下にある家の中にはヘッセリンクとの繋がりを危惧する声もあるだろうさ。祖父殿も叔父上もその声を無視することはできまい」
仕方ないよね。
大侯爵の孫が音に聞こえた狂人一家、ヘッセリンクの当主に収まってるんだし。
安定志向の貴族の皆さんがそこの繋がりを不安視しても責められない。
「頭が硬いのですよ、お祖父様も父上も。どう考えても将来的にはヘッセリンクとの関係……、違いますね。兄上との関係を深めるべきだと言うのに」
「考えてみれば、従弟殿は幼い頃から一貫して私の味方をしてくれていたな。それは、さぞ勇気のいることだっただろう」
祖父も父もヘッセリンクを敬遠するなかで僕を尊敬していると言って憚らなかったなんて嬉しいと同時にメンタルの強さに頭が下がる思いだ。
「勇気? 勇気か。いや、そんなものは必要なかった。子供の頃からはっきりと見えていましたからね。この国の根幹を担う兄上の姿が。実際、王太子殿下より篤い信任を受けたと聞いた時には快哉を叫びました」
王太子の話し、キタ!!
落ち着けレックス・ヘッセリンク。
冷静に、慎重に話を引き出せ。
「聞くところによると、従弟殿も王太子殿下のお役に立ちたいと活動しているとか?」
「これはお耳が早い。兄上のご活躍を聞いて居てもたってもいられずに、親しい仲間たちに声を掛けて王太子殿下を盛り立てるための会を組織したのです」
よし、これでアヤセが間違いなく王太子派に属している事はわかった。
「ほう。その会は具体的にどのような最終目標を掲げているのかな? いや、私も王太子殿下にお引き立ていただいた身。歩調を合わせることも出来るのではないかと思ってな」
詰問や尋問めいた確認は人の心を頑なにさせる。
あくまでも味方であり、寄り添う立場であることを強調してこそ人は心を開く。
まあ一歩間違えば王太子派と協調することになっちゃうけど。
「これは心強い。会の目的は先ほども申し上げたとおり、次期国王であらせられる王太子殿下を応援差し上げること。今はまだ何者でもない我々ですが、将来的にはそれぞれが家を継ぐことになる。であれば、今から団結して王太子殿下の旗の元に集うという意思を共有することで、絆を強めたいというところですね」
目ぇキラッキラ。
やばい、この僕を慕ってくれている若者をこれ以上疑うの無理だよ。
だってメアリもおかしいなって顔してるし。
「私欲からではなく、真に王太子殿下を想ってのこと、か? アヤセやその親しい者達を疑うわけではないが権力というのは人を狂わせる。私は恐れ多くも王太子殿下より将来の右腕とのお言葉を賜わることができた。であれば、おかしな考えを持った者達を殿下に近づけるわけにはいかない」
厳しい言い方になったけど、アヤセはもっともだと頷いたあと、ニヤリと笑ってみせた。
「将来の王太子殿下の側近の席には兄上が座り、その外側を我々がお守りする。それが私の思い描く理想像です。まあ、実際声をかけた中にはその辺りを勘違いした輩もおりましたが……ご安心ください。既に排除済みです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます