第94話 王太子はつらいよ
「ああ、
しかし千人斬りか。
もちろん千人というのは『凄い数』を表す比喩表現なんだろうけど、それが二つ名になってるのがこの爺さんの凄いところだ。
色んな意味で常在戦場の心構え。
昼の戦も夜の戦もお強いようで羨ましい限りです。
「言葉に棘があるのう。念のために言っておくが儂はレプミア貴族有数の愛妻家じゃぞ? 自慢じゃないが妻を娶ってこの方、妻を粗略に扱ったことなど一度もないわい」
嘘だね!
会議の時にやんちゃするたびビンタされてたって言ってたろ。
しかし、自分の旦那が千人斬りと呼ばれてるのにビンタで許し続けてる奥様は女神か何かですか?
いや、相手はこのすけべジジイの奥さんだ。
海より広い心を持ってないと務まらないかもしれないな。
機会があったらぜひお会いしたいものだ。
「千人斬りの異名との矛盾が凄いのですが、その話しを掘り下げるのはやめましょう。それよりも殿下」
やや強引に話を本筋に戻すと王太子は苦い顔。
ほら、ダシウバと爺さんが千人斬りなんていう品のない話するからご機嫌損ねちゃったんじゃない?
王族の前で下ネタなどあるまじき。
「今の話の流れから説明するのは非常に心外なのですが……仕方ありませんね。実は、今王城に王太子派と自称する若手貴族の一団がやってきているのですよ」
流石は次期国王。
切り替えが早い。
「つまりは殿下を慕って集った、心ある貴族の派閥ということでしょうか」
しかし、貴族っていうのは派閥が好きだね。
調べたらカナリア派とかゲルマニス派とかもありそうだし、あっても不思議じゃない。
ヘッセリンク派?
調べるまでもなく存在しません。
「表向きはそういうことになっていますね。一枚岩となって次期国王たる私を盛り立てるために集った有志であると。そう、表向きは」
王太子派と『自称』する一派だからな。
好印象持ってればこんな言い方はしないだろうし、つまりそういうことなんだろう。
眉間に皺を寄せているとこを見ると、カナリア公も僕と同じ意見らしい。
「はあ……本音は次期国王に早いうちからたかって甘い汁を吸おうという阿保どもの集まりというところですかな? 嘆かわしい。ヘッセリンクの。気をつけるのじゃぞ」
「私ですか? 一体何に気をつければいいのやら」
え、なんすか。
僕も周りから見れば王太子派なはずだし、仲間仲間。
なんたって将来の右腕だからね!
そのせいで色々巻き込まれて大変だけど本人を前にそんなこと言えません。
「そやつらが殿下の側近となることを夢想しておるのは間違いなかろう。じゃが、残念ながら今のところその座は空いておらん。その席に座っておるのは、誰かな?」
「……私ですね。ここでも吹き荒れますか、嫉妬の嵐というものは」
まじか……。
志は同じなんだからなんとか仲良くできないものか。
【無理でしょう。レックス様は王太子殿下自ら指名された、いわば正統な側近候補ですが、王太子派と名乗る面々はあくまでも非公認の組織。志が同じでも、両者の間には大きな、そして埋めがたい隔たりが存在します】
丁寧な、そして絶望的な解説をありがとう。
公認と非公認か。
そりゃ向こうは僕を目の敵にするわね。
「遭難したら命すら危ういじゃろうなあその嵐は。殿下。その派閥を主導しておるのはどこの家ですかな? 顔が利く先なら儂から釘を刺すことも可能ですが」
「やめておいたほうがいいでしょう。もちろんここに来ているのは当主ではありません。それどころか現当主の子供や、下手をしたら孫世代です。カナリア公が一喝すれば効果覿面でしょうが、家同士の話になっては面倒事にしかなりません」
貴族はメンツが大事だからね。
子供とはいえ他家の当主に叱られたとあっては、『おたくのお子さん、躾けがなってないんじゃない?』と言われたことと同義であり、そんなことになれば大事なメンツが丸潰れと。
平民なら悪いことをして近所のおじさんに叱られることなんかよくあることだ。
いや、平民でも面倒な親なら文句を言ってきてご近所トラブルに発展するかもしれないけど、貴族のご近所トラブルが行き着くところは戦だ。
もちろん武力衝突なんてそうそう起きないんだろうけど、経済面や社交面でやり合うことになるから余計こじれるらしい。
ただ、それでも貴族はバリバリの階級社会だ。
男爵家や子爵家、力のない伯爵家ならカナリア公が行って聞かせれば収めることができるだろう。
王太子がそれを止めるということはつまり。
「儂が出張ると面倒事になるということは最低でも伯爵家というわけですな?」
自称王太子派のリーダーが上位貴族の係累ですよと。
いやー、面倒臭い。
そしてそいつが僕を睨んでるということは、その家も僕を睨んでるということに繋がるから本当に碌でもない。
カナリア公もため息をつきながら呆れたように首を振っている。
「さてさて。これがアルテミトスの馬鹿殿ならば容易いのじゃが」
確かにそれなら楽だけど、ガストン君は派閥活動ができる状況にないので除外だ。
そのほかに思い当たる節?
おいおい、友達が少ない系貴族の僕だよ?
もちろんそんなものはないさ。
「若い貴族達が私を盛り立てようと自主的に活動してくれているのだからあまり無下にしたくはないのですが、あそこまで下心が透けて見えていると大々的に取り上げようという気にはならないものですね」
「だから先程はことさら私を篤く信任していることをアピールされたわけですか。自称王太子派の面々の目にはどう映ったのでしょうね。いや、考えるまでもない。王城に来た瞬間に敵が増えることになるとは、ままならないものです」
お前達の下心くらい見透かしてるぞ、お前達が欲している地位にはヘッセリンク君がいるぞというアピールだったわけだ。
今頃、王太子派サイドは嫉妬の炎に身を焦がしていることだろうが、僕に責任なくないですか?
周りが僕のためにどんどん新たな敵を用意してくれるこの状況、どうにかならないでしょうか。
「ヘッセリンク伯にはいくら詫びても足りません。式の件は陛下の耳にももちろん入っていて、かつてないほどのお叱りを受けました。あまりの怒号に重臣達も身を竦めていましたね。あっはっは!」
爆笑!?
流石次期国王と思うのは今日二度目だ。
重臣達がビビるレベルで国王に叱られた話を腹を抱えて笑いながらできるなんて、王族のメンタル最強だね。
「笑い事ではありませんぞ殿下。ヘッセリンク伯家はただでさえ顕在、潜在問わず敵の多い家。そこにきて殿下の失言に端を発する諍いを抱えているのです。だというのにさらに余計な敵を作ることになっては、いかにヘッセリンク伯が狂人だとしても些か不憫というもの」
カナリア公のありがたいフォロー。
ただまあ、レックス・ヘッセリンクっていうのは本人の性質も手伝って敵を増やしやすいけど、それでもなんとか上手いこと切り抜けて生きていく人物だと思っている。
だから、本当に心からマジで嫌だけど、この流れにも逆らわずに乗っていくしかないんだろなあ。
「いずれ家を継ぐとはいえ今は貴族家当主の一族でしかない。それが王城に出入りして王太子派を名乗っている時点である程度力のある家のドラ息子なのでしょうね。一体どこの家が首魁なのですか?」
ゲルマニス、カナリア、クリスウッドが敵に回ることは今のところないはずだよね。
アルテミトスが味方なのは間違いない。
あとは、そうだ。
僕のお爺ちゃんが当主を務めてるラスブラン侯爵家。
流石に身内だからここも除外……。
「ラスブラン侯爵家ですね」
できませんでした。
まじかよグランパ。
身内だろ!?
ラスブラン対ヘッセリンクと聞いて、さっきまで僕の味方だったはずのカナリア公が悪い笑みを浮かべてやがる。
「これはこれは、面白いことになりそうじゃのうヘッセリンクの。確かに儂が嘴を突っ込むのは控えた方が良さそうじゃ」
「他人事だと思って」
突っ込んでくださいお願いします。
身内相手に流石にめちゃくちゃできないだろ。
「真実、他人事じゃからのう。殿下、ここはこのヘッセリンク伯にお任せくだされ。ヘッセリンクの。ラスブランの孫ならお主の従兄弟じゃろう? ちょっと行って蹴散らしてこい」
はあ、帰ったらお母さんに相談だ。
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