第87話 禁忌の札

「土魔法、ロックバレット!」


「火魔法、炎弾!」


 フィルミーはジャンジャックに鍛え上げれた土魔法の、エリクスは適正はないながらもそのなかで唯一まともに練り上げることのできる火魔法の、それぞれ最も基礎的で威力の低いとされる魔法を中型の魔獣に撃ち込む。

 エリクスは魔法といえばこれとあと一つしか使えないらしく、適正が乏しいのと練り上げ方が雑なのも手伝って、拳大の炎が頼りなくゆらゆらと揺れながら飛んでいった。

 もちろん魔獣にダメージはない。

 

 一方のフィルミーが放ったロックバレット。

 以前王太子を連れて森に来た際、ジャンジャックがでかいセミ型魔獣を撃ち落とした時に使ったロックキャノンはこの魔法の最上級らしい。

 こちらは直径1メートルほどの岩が結構なスピードで飛び出し、魔獣の右目を直撃したことで見事に手傷を負わせることに成功した。


「すごいじゃないかフィルミー。あのサイズの魔獣に傷をつけられれば一端の魔法使いと言えるんじゃないか?」


 召喚士のように魔法使いを上級中級などクラス分けすることはないそうで、魔法使いのレベルはその魔法の威力や行使できる魔法の難易度を見て大体このくらいで判断される。

 ジャンジャック曰く、今のフィルミーのレベルは駆け出しを卒業した程度、らしい。


「いえいえ、この程度で調子に乗っていることがバレたら、ジャンジャック殿から新兵訓練並みの扱きを受けてしまいますよ。具体的には、大量の砂を詰めた背嚢を背負わさせれて朝から晩まで走らされます」


「うわあ……お互い、お師匠様の厳しさには冷や汗が出ますね……」


「本当にな。まあ、エリクスはともかく私はこの歳で誰かに弟子入りするとは思っていなかった。しかも相手が生きる伝説だ。人生とは不思議なものだよ」


「それは自分もわかります。ちょっと前まで路頭に迷ってたはずなのに、今は国有数の貴族家に仕えているなんて。同じように士官浪人している学友が聞いたら夢でも見たのかと笑われるでしょうね」


 そんな会話をしながら、一発、二発と火の球と岩石を撃ち込んでいく二人。

 フィルミーはともかく、なんだかんだでエリクスも肝が太いところを見せてくれている。

 流石に遭遇した瞬間は固まってたみたいだけど、フィルミーと僕の声掛けですぐに立ち直って見せたのは高評価だ。

 護呪符の性能実験を行うためにゴリ丸を呼び出して魔獣を拘束していることも彼が落ち着いていられる理由だろう。


「通常の魔法を行使した威力は今見ていただいたとおりです。次に、護呪符を使用した場合の威力の検証に移ります。フィルミーさん、先程お渡しした札に魔力を込めた状態で魔法を使ってください」


「ああ、わかった。行くぞ! 土魔法、ロックバレット!!」


 右手に護呪符を握り締め、先程と同じ魔法を撃ち出す駆け出し土魔法使いのフィルミー。

 その結果、先程まで1メートル程の岩だったものが少なく見積もっても三倍程度まで巨大化し、比べ物にならないほどの速度をもって魔獣の頭部に直撃して破裂した。

 魔力を流された札は、赤銅色に激しく明滅したあと役目を終えたとばかりに塵になってその形を失った。

 

「これは、凄いですね。予想以上です……で、では自分も。火魔法、炎弾!!」

 

 フィルミーの出した結果にやや動揺を見せつつ、赤みがかった札を握り潰しながら火魔法を撃ち出すエリクス。

 頼りなく揺れていた炎が、メラメラと燃え盛る密度の高い炎の塊に変化しただけでなく、ロックバレットと同様に飛んでいくスピードが段違いに上がっているのがわかる。

 結果、素の威力では一切ダメージを与えられなかったエリクスの魔法が、護呪符の効果で魔獣に苦痛の叫び声を上げさせるまでの大ダメージを負わせることに成功した。

 こちらの札は赤い光を灯した後、砂のようにエリクスの手からこぼれ落ちる。


「ふむ。控え目に言っても素晴らしい効果だ。あの威力にも関わらず、必要な魔力は先程までと変わっていないのだろう? もちろん、魔獣の素材調達や札の生産にかかる手間はあるだろうが、いざというときの切り札としては十分に活用できるだろう」

 

 トドメはゴリ丸に任せ、生命石を回収したところで振り返りを行う。

 非常事態が起きた時には魔力の乏しい非戦闘員達に一枚ずつ持たせておくことも考えられるな。

 近いうちに全員に魔法の素養があるかを確認しておこう。

 

「実際に使った側からすると、非常に頼もしい半面、恐ろしい代物であることも理解できました。駆け出しの私があの威力を確保できるのです。もしこれをジャンジャック殿や手練れの魔法使いが使用したら、大変なことになりかねません」


 札を握りしめたジャンジャックがセミを撃ち落としたアレやアルテミトス侯爵軍を生き埋めにしたアレを使ったらどんな被害が出るのか……うん、考えたくもないな。

 

「そうだな。エリクス」


「はい! 安全装置を組み込む研究と作業を優先して行います」


 思うところは同じなようで、名前を呼んだだけで僕の言いたいことを汲み取ってくれる天才研究者。

 今回初めて札の材料に使用したのがオーガウルフなど脅威度Dの素材。

 その効果が予想を遥かに超えていたことに衝撃を受けたのか、若干顔色が悪いな。

 実際にはジャンジャック達が使用する高難度の魔法は両手で印を結ぶ必要があるので札を持ったままだと使えないらしいけど、それ以外の魔法なら、必要魔力据え置きのまま威力だけが上がるという驚異的な道具だ。


「頼んだぞ。これは非常にいいものだ。それだけに、領土拡大を目論む時代錯誤な貴族や新しい技術を毒だと思い込む懐古主義に染まり切った化石のような貴族に見つかればどんな難癖をつけられるかわからんからな。ある程度の威力と高水準の安全性を両立させるよう励んでくれ」


 無茶な要望だとは思う

 それができるなら先人達がとっくにやってるはずだからな

 効果はすこぶる魅力的なのにも関わらず使われてないということは、つまりその両立ができてないという証明だ。

 時間がかかっても良いので成し遂げるよう伝えると、さっきまで自分の研究成果にびびっていたエリクスが表情を引き締める。


「幸い、オドルスキさんやメアリさんが連日多くの魔獣を討伐してきてくださるのでサンプルには事欠きません。近い将来、必ずやご納得いただける質を実現してみせます」

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