第70話 捜索中
「これはこれは。お客さんったら、まあまあやんちゃしてるじゃないの」
捜索範囲限界の森の中層よりもだいぶ手前で見つけたのは、丸焦げになった地面と複数の小型の魔獣の焼死体。
見事に炭化してるな。
まだ熱が残っているところを見るとそんなに時間がたっているわけじゃなさそうだけど、オドルスキとエイミーちゃんが眉を寄せて首を傾げている。
「ふうむ。この焦げ方は火魔法か? それにしては違和感があるが……奥方様」
「火魔法の魔力残滓があることは間違いありません。間違いないのですが、この荒れ具合に見合う量かと言われると、とても足りませんね。この残滓の量ではほんの少し草木を燃やす程度の威力しか出ないはずです」
こんなに派手な痕は残らないってこと?
地面が焼けた範囲はそこまで広くないとは言え丸焦げだし、魔獣に至っては正体が分からないくらい黒焦げだ。
エイミーちゃん曰く、少ない魔力でも上手く圧縮する技術があれば威力の嵩増しは可能らしいけど、今回の場合は、威力とその残滓が釣り合わなさ過ぎて違和感があるんだとか。
魔法使い系統だけど召喚士な僕にはさっぱりわからない世界だ。
「なんらかの術で隠蔽しているのか、はたまた我々の知らない技術を保有しているのか。これは面白くなってきたじゃないか」
「普通なら脅威を感じるとこだと思うんだけどね。あ、悪い。よく考えたら普通じゃなかったわうちの大将」
本当に口が悪いことで。
僕は見た目美少女の美少年に罵倒されて喜ぶ趣味はないので帰宅次第メアリのボーナス査定を下方修正するとしよう。
可愛い弟分の査定も平等にこなす。
まさにホワイト企業。
え? 悪口言われて査定するのはパワハラ?
そこはほら、僕貴族だし。
「我々の尺度では測りきれない。それがレックス・ヘッセリンクだ。そして、相手が未知であればあるほど喜びで胸が打ち震えるのが男というものだ」
「オド兄の尺度も常人のそれじゃないこと理解してくれよな。分かりやすい相手を始末する方が楽でいいだろうよ。なあ、フィルミーの兄ちゃん」
オドルスキは最近父親の面が目立つとは言っても中身はTHE武人だからな。
俺より強い奴に会いに行く、を地で行くバーサーカーだ。
そんなのと一緒にされたくないというメアリの気持ちはわからないでもない。
実際、メアリの問いかけを受けたフィルミーは深く、それはもう深く頷いている。
「この場合はメアリの言うことが正しいだろうね。オドルスキ殿の理論は極少数の限られた強者達のものですよ」
二人に苦笑いで返されたオドルスキは心外そうに肩をすくめた。
「そんなことはない。フィルミーもメアリも、今のペースで精進していればいずれその極少数の限られた者達の領域に足を踏み入れることになる。ジャンジャック様とともに楽しみに待っているぞ」
これは意外だ。
メアリはともかくフィルミーも
確かにメアリもフィルミーのことを化け物だと表現していたけど、それでも腕力で比べれば斥候職であるフィルミーは戦闘要員である彼らの足元にも及ばない。
本人もそれは自覚しているようで、さっきは縦に振った首を今度は横に振って見せた。
「メアリはともかく、私はそこに到達するまでに寿命がきてしまいますね」
「腕力だけが強者の証ではあるまい。知っているぞフィルミー。ジャンジャック様に剣だけではなく土魔法の修行も願い出たそうじゃないか。喜んでいらっしゃったぞ? 鍛え甲斐のある内弟子が来たとな」
えー。
まじで?
知らなかった。
剣術を師事してることは聞いてたけど魔法も習ってるなんてやる気だなフィルミー。
だから最近さらに怪我が増えてるのか
無理はするなよ、ジャンジャックは手加減知らないから。
「まじかよ! 抜け駆けはずりいぞ兄ちゃん!」
「悪い悪い。だが、私はこのとおり身体的には一般人と変わらないからな。有事の際に役に立つには魔法を覚えるのもいいのではないかと思ってジャンジャック殿に相談したら、その日のうちに土魔法の修行が始まってしまったんだ」
鏖殺将軍なんていうやばい二つ名持ちへの弟子入りも、メアリには抜け駆けと映るらしい。
土魔法は人気がないらしいから、ジャンジャックも降って湧いた弟子志願者を逃してはならんと思ったんだろう。
実際に大規模な土魔法の行使を目の当たりにした僕からしたら、あんなに有用な系統もないと思うんだけど。
「それはレックス様がジャンジャックさんを基準に考えていらっしゃるからです。普通の土魔法は堅実さはあれど派手さと威力には欠けるので、余程の適正がない限りどうしても若い世代の魔法使いが修得を避ける傾向にありますから……」
エイミーちゃんは一番人気の火魔法使いだからね。
適正もあったから他の属性は眼中になかったらしい。
「私もこの目でジャンジャック殿の土魔法を見ていますからね。これしかないと密かに思っていました。運のいいことに土魔法の素養はあると言っていただきましたので日々新しい刺激を受けています」
「刺激ねえ。あんま無理するなよ? あの爺さん、まじで手加減しねえから。俺はヘッセリンクに雇われてから、訓練中に何度三途の川渡り掛けたか覚えてねえよ」
刺激が比喩じゃないのが笑えないんだよ。
頼むから身体は大事にしてくれ。
遠い目をする弟分とは対照的にワッハッハと笑い声を上げる聖騎士さん。
二人してメアリをしごきにしごいたらしいからな。
あれ、意外と丈夫だな、もう少し厳しくしてもいけんじゃね? ってノリで鍛えたんだとか。
鬼かよ。
「気を失うたびに水を掛けて無理矢理覚醒させていたのが懐かしくもあるな。そう考えればメアリも大きくなったものだ」
優しい笑顔でメアリの頭を撫でるオドルスキの父親化が止まらない。
最近鉄壁の表情筋が軟化しすぎて怖いとマハダビキアが言ってた。
うん、わかる気がする。
本当は優しいけど不器用過ぎて死んでた表情筋が、息を吹き返したかのように上がったり下がったりしてるからな。
メアリは鬱陶しそうにその手を払い除けてるけど。
まあ、優しいのは表情だけで言ってることとんでもないから仕方ないね。
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