第69話 捜索開始

 フィルミーからの報告を受けた後、戦闘員には警戒を密にするよう指示して、非戦闘員には外出を控えるよう通達した。

 まあ、外出と言っても屋敷の周りしか出歩く場所はないんだけどね。

 特にユミカは一人で出歩かないように伝え、どうしても必要な場合にはメアリかクーデルに声をかけるよう念を押しておく。

 なんせ姿の見えない相手だ。

 気づかないうちに近くにいる可能性だってあり得る。


 そんな警戒態勢を継続して数日。

 フィルミーからお客さんの居場所をある程度まで絞れたと報告を受けた。

 万が一にも逃げられることのないようオドルスキとメアリを動かしたいという意見を採用して、翌日朝から捕獲に動くよう指示する。


 翌日、屋敷の外にいるのはフル装備のオドルスキ、メアリ、フィルミー。

 に加えて、これまたフル装備の僕とエイミーちゃん。

 知ってる?

 僕のフル装備って、葡萄茶色の野暮ったいローブオンリーなんだって。

 地味だわあ。

 いや、ギンギラギンの派手なものよりいいけどさ。


 やる気満々の僕達を見て、メアリが眉間に皺を寄せている。

 はっきり不機嫌ですと顔に書いてあるな。


「なんで侵入者がいるかもしれないってのに出歩くかねこの夫婦は……。なあ、リスク管理って言葉知ってるか? あんたら貴族家当主とその奥方だって理解してる?」


 おいおいそんなに怖い顔をするなよ兄弟。

 こんな楽しそうなイベント、参加しない手はないだろう。

 屋敷の守りはジャンジャックとクーデルに任せてるし問題なし。

 

「いいではないか。この森でキャンプを楽しんでる変人の顔をぜひ拝みたいんだ」


「そうですねレックス様。きっと何かしら特殊な技能の持ち主に違いありません。ふふっ、一体どんな方なのでしょう。我が家に味方してくれればいいのですけど」


 そうだねエイミーちゃん。

 一番の目的はスカウト。

 それを忘れちゃいけない。

 相手はうちの色気もクソもない森でキャンプを楽しむ変態だ。

 普通なわけがない。

 是非欲しいわけだ。


「メアリ、お館様と奥方様に無礼だろう。もう少し礼節を学ばなければいけないぞ。お館様、メアリが失礼をいたしました」


「いやいや。伯爵夫婦自ら不審者狩りとかやめろって言ってんの! 俺とオド兄とフィルミーの兄ちゃんで見つけてくるっつうのに何をトップが出張って来てんだよ。笑ってないでオド兄も止めろよな!」


 メアリは意外と常識人だからな。

 この場合正しいのは100%メアリだ。

 反論の余地はない。

 オドルスキもそれがわかってるので苦笑いを浮かべつつ、それでも僕を止めるようなことはしない。


「そこについては思うところがなくはないが、久々にお館様と森に出るのも悪くないと思ってな」


「オドルスキと森に出るのは久しぶりじゃないか? 聞いたところによると最近かなり調子がいいらしいな。やはり家庭を持った男は違うなあ」


「は、いえ、あの、そういう理由では」


「照れるな照れるな。綺麗な嫁と可愛い娘に囲まれてやる気も出るだろう」


 ダメな上司の仕業その一。

 新婚いじり。

 あまり褒められたことじゃないけど、本当に三人が幸せそうだからほっこりするんだよね。

 アリスとユミカのために、あまり深酒にも付き合わせないようにして早めに帰らせてるし、もうすぐオドルスキの家も完成する。

 人手不足の解消が叶えばオドルスキが家族に使える時間も増えるだろうから、頑張って侵入者をスカウトしよう。


「なんでほのぼのしてんだよ。なあ、フィルミーの兄ちゃんもなんとか言ってくれよ……頼むぜ我が家の常識担当」


 フィルミーは確かに我が家の家来衆のなかで見ればハメスロットと並ぶ常識人だ。

 だけど、それはあくまでも我が家の家来衆と比べたらということを忘れてはいけない。

 メアリよ、そいつはアルテミトス侯爵家からわざわざうちに転籍してきた、まあまあの変人だぞ。


「私に何を言えと? 雇い主夫妻がフル装備で準備されてるのを見ては止められるわけがないだろう。私にできるのは精々速やかに侵入者の痕跡を見つけることくらいさ」


 諦めの境地。

 我が家に勤めるのに必要な素質だ。

 いいぞフィルミー、馴染んできたな。


「我が家の家来衆としてはごく常識的な反応だけど常識を発揮してほしいのはその部分じゃねえ! なんでうちの兄さん達は兄貴が絡むと判断能力が鈍るんだろうな」


「メアリよ、それが男に惚れると言うことだ」


 オドルスキが噛み締めるように発言したが、誤解を招くからやめなさい。

 メアリが呆れて顔覆ってるじゃないか。

 呆れというか諦めかな。


「うるせえわ。はあ……しゃあねえ。頼むから前に出ないでくれよ? そのくらいの分別はつくよな?」


 やっぱり諦めだったか。

 子供に言い聞かせるように目を見ながら両肩を掴むな。


「なんだかんだでメアリも伯爵様に甘い。しかし、彼の言うことはもっともです。基本的にはオドルスキ殿とメアリにに任せるということでよろしいですね?」


「わかったわかった。そもそも相手が人なら僕に出番はないからな。無茶はしない。エイミー、すまないが今日は僕の護衛を頼む」


 今日の僕の護衛はエイミーちゃんということで既に話はついている。

 愛妻を護衛に付けるのはどうなのかと思わなくもないけど、今日の面子で適材適所を考慮するとこうせざるを得ない。

 当のエイミーちゃんは胸の前で握り拳を作ってやる気満々だ。


「ええ、レックス様は私が守ります。メアリさんはオドルスキさんと張り切って魔獣を狩りなさい。フィルミーさんはお客様の痕跡を見つけるのに集中すること」


 僕に可愛い笑顔を向けたと思ったら凛々しい表情で家来衆に指示を飛ばしている。

 ギャップに惚れなおしていると、エイミーちゃんの指示にフィルミーが即応した。


「オドルスキ殿が前衛、私が殿しんがり、メアリは遊撃だ。目的は侵入者の発見、確保。確保については可能であれば生かしたまま、敵対するようであればその限りではない。捜索対象は浅層と中層の境を中心にする。以上、質問は?」


 侯爵家で隊長職に就いていただけあって指示が的確で、オドルスキのような目上の家来衆にも物怖じしない。

 よっぽどの緊急事態以外ならフィルミーに現場指揮を任せてもいいかもしれないな。


「承知した」


「今日の指揮官はフィルミーの兄ちゃんね。さ、お仕事しましょうかね」

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