第68話 侵入者

「伯爵様、フィルミーでございます。入室してもよろしいでしょうか?」

 

 十貴院会議から帰ってきてからというもの、特段の事件が起きることもなく通常業務をこなす日々が続き、レックス・ヘッセリンクに転生してから一番穏やかに過ごしていた。

 この日も家来衆が討伐した魔獣の報告書を仕上げていると、珍しく我が家の常識人組の一人、斥候のフィルミーが部屋を訪ねてくる。

 彼は当主と家来衆の上下関係をアルテミトスで叩き込まれているからか、必要以上に僕に近づこうとしない。

 そんな彼がわざわざ訪ねてきたってことは、何かあったか。

 いや、ただ遊びに来てくれるだけでも歓迎するけど。

 

「ああ、入れ。いつも言っているが執務室に入るのにノックも入室伺いも不要だ」


 みんな結構自由に出入りしてるからな。

 メアリなんか食べ物片手にふらっと入ってきてなんならソファで寝るぞ。


「癖のようなものですのでお気になさらず。ご報告がございます。私個人としてはよろしくない報告ですが、もしかすると伯爵様にとっては朗報となるかもしれません」


 いい話と悪い話があるんじゃなくて、フィルミーにとっては悪い話しなのに僕にとってはいい話なのね。


「詳しく聞こうか。わざわざお前が僕に報告に来るくらいだ。下手な魔獣が出た程度ではないだろう。脅威度Sでも出てきたか?」


「流石にそれなら伯爵様にとっても朗報にはなり得ないと思うのですが……」


 世間様も家来衆も僕のことを狂戦士バーサーカーかなにかと勘違いしてる節があるのでそう言ってみたけど、フィルミーのなかではそうでもないらしい。

 脅威度Sは言い過ぎたか。


「確かにな。僕もまだそのクラスとは相対していない。もし出てくるのであれば総力戦を挑まざるを得ないのだろうなあ。すまない、話の腰を折った。報告してくれ」


「はっ! 本日早朝の警邏中、森の浅層と中層の境でこれまで見られなかった痕跡を発見しました」

 

「見られなかった痕跡ねえ。続けろ」


「恐らく……いえ、私の経験上十中八九人が野営をした跡でした。上手く隠していましたが、なんと言いいますか上手く隠しすぎて違和感があったためジャンジャック殿に確認を依頼したところ、その場所に魔力の残滓があることを確認済みです」


 ええ……?

 それは予想外だな。

 我が領地ながら、キャンプするにはこの世でトップクラスに不適切な場所だと思うよ。

 人がいた痕跡を見つけただけでもお手柄なのに、ちゃんと裏付けまでしたところで報告に来てくれる。

 仕事ができる男だこと。

 昇給しよう。


「なるほど。メアリがお前を化け物と呼ぶわけだ。上手く隠したはずが逆に違和感を際立たせることがあるとは、勉強になるな。いや、よく見つけてくれた」


「メアリは私のことを買い被り過ぎです。彼らに比べれば私などただの人間に過ぎません」


 ご謙遜を。

 よく考えたらまだ三十代半ばだろ?

 それで侯爵家の一部隊の隊長を務めてたんだよなあ。


「ただの人間は自ら魔獣の森の警邏などしないものだ。最近はオドルスキとジャンジャックに鍛えられてるみたいじゃないか。イリナが心配していたぞ? 日毎に生傷が増えていると」


 僕から見ても怪我し過ぎじゃないかと思う時がある。

 そういう時は大体ジャンジャックに扱かれた後だ。

 メアリの時もそうだったみたいだけど、元々国軍で高い地位まで出世したジャンジャックは見込みのある若者を徹底的に扱いて鍛える癖があるらしい。

 今でもジャンジャックに睨まれると固まってるからなメアリは。

 他家で斥候隊長を務めてた人材に鍛えてくれと請われれば喜んで鍛えるだろう。

 行き過ぎた指導があれば僕から注意する気でいるけど本人達が望むなら気の済むまでやってもらおうと思う。


「この歳になっても伸び代があることに気づいては楽しくてやめられませんよ。それに戦闘要員が屋敷を空けた時に最低限戦える力が必要でしょう。私は自分がそれを担いたいと思っています」


 フィルミーは今のところ戦闘員と非戦闘員の中間みたいな存在だ。

 もし脅威度Sの魔獣が出たりしたら僕を含めた戦闘員は出撃するだろう。

 その時にフィルミーが屋敷と非戦闘員を守ってくれるなら心強くはあるけどね。


「無理はするな。なにか必要なことがあれば遠慮せずに言え。折角勇気を振り絞ってアルテミトスから引き抜いたのに早々に死なれては困るからな」


「ありがとうございます。ユミカには毎日出発前に【命大事に】と唱えるよう言い聞かされてます。これが意外と効果があるのですよ。それに私の歳でやんちゃをすることはありません。無理無茶無謀は伯爵様の専売特許ですからね」


「言うじゃないか」


 失礼しちゃうわ。

 確かに僕のイメージはそうかもしれないけど少なくとも僕がレックス・ヘッセリンクになってからはそこまでめちゃくちゃやってないつもりだ。

 いや、やってるか。


「失礼いたしました。報告を続けます。侵入者はジャンジャック殿が言うにはここ数日森に留まっていたようです。目的は不明ですが、この屋敷を狙っている可能性が捨てきれない以上警戒を強めるべきかと」


「侵入者の人物像は?」


「現段階では不明としか。ただ、あの痕跡の消し方を見れば相当の手練れの可能性があるため、既にオドルスキ殿、メアリ、クーデルには警戒を強めてもらうよう伝達済みです」


 メアリとクーデルに伝わってるならとりあえず問題はないか。

 オドルスキを中心に防衛してくれるだろう。

 エイミーちゃんには僕から伝えておくとして、森で何日も野営なんてなかなか根性据わってる奴がいるもんだ。

 きっと腕に覚えがあるんだろう敵意がないならぜひうちに欲しい。


「なるほど、我が家を脅かす影と思えば悪い知らせだが、魔獣の森で野営をするような実力の持ち主を勧誘する機会だと捉えれば朗報ということだな?」


「仰るとおりです。まさか道に迷ってあの森で何日も野営ということもないでしょうが……。なんにせよ可能な限り早く接触できるよう警邏を行います」


「必ずオドルスキかジャンジャックを連れて行け。二人にはフィルミーの護衛を最優先に行うよう伝えておく」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る