第67話 執事対談 ※主人公視点外
「レックス様の力の根源、ですか? ふむ。難しい質問ですな……。私も若い頃は国軍で数多くの強者を目の当たりにしてきました。それこそカナリア公爵ロニー・カナリアは一人の武人としても、軍を率いる統率者としても群を抜いていましたね。しかし、ヘッセリンクはそう言うものではないのです。例えばレックス様のお父上」
「ジーカス・ヘッセリンク前伯爵ですか。槍を使わせたら並ぶ者なし。その身一つで巨大魔獣を屠り続けた話を聞くたびに、ワクワクしたものです」
「ええ、ええ。ジーカス様の槍捌きはこのジャンジャックを以ってしても、ようやく追い切れる程でした。まさに神速。先々代や当代と比べると魔力量は多くないと仰っていましたが、その魔力を全て身体強化に注ぎ込む事で圧倒的な膂力を得ていらっしゃった」
「タイプとしてはエイミーお嬢様が近いでしょうか。お嬢様は実際に魔法も使いますが、身体強化の術もお得意ですから」
「我が家で言うと奥様、そしてオドルスキさんがジーカス様に近しいタイプでしょうね。そのお二人やメアリさん、クーデルさん、それに憚りながら私を含めたところがヘッセリンク家の戦力と言えるでしょうが、さて。ここで一つ問題を出しましょう」
「問題?」
「ええ。簡単な問題です。レックス・ヘッセリンクと我々家来衆が真正面から戦闘を行なったら、勝つのはどちらでしょうか?」
「……鏖殺将軍に東国の聖騎士、若くも凄腕の暗殺者が二人、そこにお嬢様。いや、流石に伯爵様でも勝つのは難しいのでは?」
「根拠を述べられますか?」
「伯爵様の召喚される魔獣は大魔猿、ドラゴンゾンビ、それにクリムゾンカッツェの三体だと聞き及んでいます。であれば、ジャンジャック殿、オドルスキ殿、お嬢様で魔獣を抑えている間にメアリ殿とクーデル殿の二人で伯爵様を抑える」
「ハメスロットさんらしい実に堅実な策です。多少面白みに欠けますが、ね。では正解を発表します。百度戦って百度、我々家来衆が全滅するでしょう」
「……まさか」
「そう。まさかです。当代のヘッセリンク伯爵家の戦力は決して悪くありません。私のような老体を除いても世界のトップを争える力を持つオドルスキさんがいます。そして成長著しいメアリさん、彼に追いつこうと努力を重ねるクーデルさん。斥候としては国内有数の技術を有するフィルミーさん」
「数が少ないのは心配ですが、一人一人の質は非常に高い。それでもなお伯爵様一人に負けると仰る?」
「負けるでしょうな。それも完膚なきまでに。以前レックス様の召喚獣をご覧になりましたね? もし、あれが本気でないとしたら……」
「冗談でしょう! 率直に言って私は野生の魔獣などよりも伯爵様の召喚した魔獣に対して恐怖を覚えました。それなのに、あの上があるというのですか?」
「恐ろしいでしょう? 学生時代のレックス様は召喚術を使用する際、常に全力を振り絞っていらっしゃいました。複数の魔獣を使役する都合上そうする必要があったのでしょう。しかし、上級召喚士に昇格されてからはだいぶ加減をされているようです。もしレックス様が昔のように本気で魔力を振り絞り召喚獣に注ぎ込んだとしたら、私やオドルスキさんでも止められないでしょう。といいますか、そんなレックス様を止められる勢力がこの世にあるのやら……」
「国単位で動けばもしかしてというレベルですな」
「然り。それで、ハメスロットさんの質問はレックス様の強さの根源でしたね。結論付けるとしたら、わからないと言ったところです。ああ、強さの理由なら説明がつきますよ? まずは人の身にあらざる魔力保有量とそれを活かした召喚術。次に異常ともいえる胆の太さとその胆力に起因したお人柄。最後にヘッセリンク伯爵家当主に共通した素質である」
「狂気、ですね」
「御名答。先代ジーカス様も豪胆で細かいことを気にされない方でしたが、やはり狂人かと感じさせる部分がありました。身近なところですと……メアリさんを雇用した経緯は?」
「聞き及んでおります。先代の命を狙ってジャンジャック殿とオドルスキ殿に取り押さえられ、伯爵様の進言で助命されたとか。その条件がレックス様単身での闇蛇討伐。何度口にしても狂ってるとしか思えません」
「まあ、その家に喜んで雇われているのです。狂気は感染するのでしょうね。私だけではなく貴方にも」
「否めませんね。元々はお嬢様のお世話のために転籍してきたのですが、なかなか刺激的な毎日を送っています。この歳になって王太子殿下の応対をしたり、十貴院からの脱退に携わることになるとは。人生とはわからないものです」
「私としてはハメスロットさんに来ていただいて非常に、非常に助かっていますよ。長年やむなく執事業に注力していましたが、最近は定期的に森に出ることができています。身も心も引き締まって若返ったようです」
「往年の鏖殺将軍様の復活ですか。これは近隣諸国が震え上がりますな。逆に我々世代は英雄の復活に心躍らせるでしょう」
「大袈裟です。まあ、まだまだ元気でいなければいけないでしょう。何と言ってもレックス様と奥様のお子様を立派なヘッセリンクにお育てするという人生のなかで最も重要かつ困難な仕事が待っているのですから」
「はっはっは! それは確かに。伯爵様に言われました。お嬢様のお子様を抱かずに死ねるのか? と。まだまだお互いに死ねませんな。さて、私は四人組に人材発掘の進捗を確認するための文を送るとしましょう。伯爵様に役に立つと思ってもらわねば」
「私も朝から森に出てきます。フィルミーさんが大型の魔獣の痕跡を見つけてきたのでね」
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