第71話 発見

「近いな……伯爵様、おそらく目標はそう遠くない場所にいます。目標は本当に足跡を隠すのが上手い。上手すぎて隠蔽の跡が周りからほんの僅かに浮いている。これは最初に発見した野営の痕跡と同じ現象ですね。侵入者の犯人像を絞るのは危険ですが、恐らく腕は立つが実践経験の浅い人物だと思われます」


 有能系常識人枠フィルミーが隠蔽されたであろう地面を蹴り上げると、踏みしめられた跡が現れた。

 一瞬前までは確かにそこには何もなかったのにだ。

 凄いぞフィルミー。

 しかし、腕は立つけど経験が浅いか。


「なるほど。若者でも腕があればスカウト対象ではあるから問題はないのだが、そうか。できれば相応に経験のある者ならより好ましかったな」


「そもそも侵入者がうちに好意的かどうかもわかんねえから。わざわざ無断で入ってきてる時点で敵対勢力だと思うけどね」


 取らぬ狸の皮算用とはこのことか。

 確かに敵対勢力の可能性の方が高いんだけど、それでも有能な人材なら欲しいじゃない。

 

「捕まえてみればわかるさ。そもそもメアリだって敵対勢力に属していただろう。幸い、お前とはすぐに分かり合えたわけだが」


「分かり合えた、ね。あんな熱烈な歓迎肉体的指導を受ければ、殆どの奴らは叛意するんじゃね?」


 人聞きの悪い。

 可愛がりが過ぎたのはジャンジャックとオドルスキであって、少なくともその時の僕は心から歓迎していたはずだ。


「そういう意味ではフィルミーの兄ちゃんも目の前でいかつい暴力を見せられた口だもんな」

 

 ああ、ジャンジャックの土魔法と僕のゴリ丸とドラゾンの二枚召喚か。

 やり過ぎた感はあるけど後悔はしてない。

 あの戦いはエイミーちゃんとの結婚を賭けた絶対に負けられない戦いだったからな。

 

「他人事みたいに語ってるが、私はお前に一番の脅威を感じてたからなメアリ。気づかないうちに首筋に刃物を当てられてみろ。今でも思い出して心臓がキュッとなる」


 フィルミーがメアリの髪をわしゃわしゃと撫で繰り回しながら恨み言を囁く。

 確かにあの時フィルミーを抑えてたのはメアリだったな。

 暗殺者のプレッシャーはさぞ心臓に悪かったことだろう。

 

「あー、もういちいち撫でんな。仕方ねえだろ。あの場で一番の危険人物はフィルミー斥候隊長殿だったんだからさ。俺も爺さんも認識は一致してたぜ? 兄貴だけは絶対スカウトする気満々だったみたいだけどな」


 フィルミーは絶対欲しいと思ってたからな。

 どんな手を使ってもオーレナングに連れて帰ろうと心に決めてましたよ。


「お館様の人材を見抜く目は当代随一だ。メアリ、フィルミー、ハメスロット殿、クーデル、アデル殿、ビーダー殿。そして何より奥方様。素晴らしい」


 でしょ?

 僕もそう思った。

 スカウト能力◎の隠しステータスでも持ってるのかもしれないな。

 

【残念ですがございません】


 久しぶりだねコマンド。

 そうか、ないのか残念。

 それでも、たまたまにしてはいい塩梅で人が集まってきたと評価できるのではないだろうか。


「確かに最近はピンポイントで補強してる感はあるな。次は何だっけ? 文官探してんだよな。難航してんだろ? 他家の文官引っこ抜くわけにはいかねえから」


「まあ探し始めてすぐに見つかるとは思っていないさ。メアリの言うとおり出来上がった文官はどこの家も手放さないだろうから、学院の卒業生を一から育ててもいいと思っている。ハメスロットに付いて学べばそうおかしなことにはならないだろう」


 謙遜してたけどハメスロットの文官としての能力に過不足はない。

 経験がない若者でもあの実直な執事さんに任せれば十分に家の裏方を任せられる人材が出来上がるのではないかと見ている。

 なので、ある程度探して目ぼしい人材が見つからないようなら母校でのリクルートに力を注ぐつもりだ。

 

「ハメス爺が師匠ならおかしなことにならないどころかTHE堅物が出来上がるんじゃね? まあ、最近はこっそりユミカを餌付けしてるとこ見かけるからそこまで四角四面じゃねえみてえだけどさ……って何つう顔してんだよエイミーの姉ちゃん。魔獣みたいな顔してんぞ?」


 うん、僕も見たよ。

 妻の鬼のような形相を。

 初めて見たよ。

 正直ちびりそうでしたわ。

 エイミーちゃんはメアリの指摘にハッとして、パタパタと誤魔化すように手を振った。


「いえ、ごめんなさい。え、私にはそんなことしてくれたことないわよね? という驚きと、私に黙って天使にお菓子をあげて点数稼ぎをするなんてどういうことかしら? という憤りとがない混ぜになって顔に出てしまったみたい」


 エイミーちゃんには厳しかったらしいからなハメスロット。

 気持ちはわからなくもないが、ユミカを餌付けしていたことに対する怒りも入ってるのか。

 すっかりうちに染まったな妻よ。

 なんだか少しほっこりした気持ちになっていたらフィルミーがハンドサインで止まるよう指示を出す。


「メアリ」


 全員が止まるのを確認すると、目線を美少年暗殺者に向け、名前を短く呼んだ。

 指差した先は何の変哲もない森の一部。

 目を凝らしても特に何も見えないけど、指名されたメアリにはわかったらしい。

 目をすがめて一点を見つめた後、ゆっくり首を振る。


「まじか。よくあんなの見つけたな。なるほど、綺麗に周りに溶け込み過ぎてるってのはああいうことね。これは、ぜひ生きたまま捕まえてどうやってんのか教えてもらおうじゃないの」


 フィルミーに呆れたような目を向けたものの、すぐに獰猛な暗殺者の顔に変わり、舌なめずりをして見せる。

 男らしくなってまあ。


「気をつけろよ。何を隠し持ってるかわからないからな」


「こちとらヘッセリンクの家来衆になった時に油断も慢心も捨てたんでね。お陰で可愛げもなくなっちまったわ」


「そんなことはない。今もメアリは可愛いぞ?」

  

 僕の言葉にエイミーちゃんとオドルスキがそうだそうだと頷いてくれる。

 可愛いか可愛くないかで言えば100%可愛い。

 これは世界の真理だ。

 笑顔でサムズアップしてみせたがすっごい眉間に皺寄せて睨まれたよ。


「うるせえ、黙ってろ」


 そして飛び出す罵詈雑言。

 なかなかの衝撃ですね。

 メアリはショックを受けてる僕を振り返りもせず侵入者がいるであろう場所に駆け出した。


「エイミー、弟が反抗期のようだ。どうしたらいいと思う? 十貴院で吊し上げられた時よりもよほどショックだ」

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