第53話 狂人たる所以
ゲルマニス公爵は、酒が入ると積極的に話を振ってくれたり若い頃の武勇伝(主に女性関係)を面白おかしく語ってくれた。
これが職場の先輩なら気のいい兄貴分って感じで親しみが持てるんだけど、いかんせん目の前の男はこの面倒臭い貴族世界のトップに君臨する変人だ、
巧みな話術に引きずられないよう、適度に相槌を打ちつつ模範的な反応を返すことに集中する。
「しかし、昨日も感じたが意外とまともな感性をしているのだな。もっとこう、厭世的だったり、快楽主義者だったりするのかと思っていたのだが」
初めて言われたな厭世的なんて。
この世界嫌いじゃないよ。
今のところ世を儚んで世捨て人になる予定はありません。
可愛い妻や慕ってくれる家来衆のおかげで見知らぬ場所でこれだけ楽しく過ごせてるんだから、もし神様がいたら感謝するのもやぶさかではない。
「イメージが一人歩きしているだけなのですよ。まあ、そのイメージが若い頃の行いのせいだとすれば全て否定することもできないのですけどね」
調べれば調べるほど、レックス・ヘッセリンクの行動が狂い気味だったのは間違いない。
闇蛇壊滅がモーストデンジャラスではあるけど、他にも彼が、というか僕が起こした事件は枚挙に暇がなく、着実に狂人の後継者として認められていったようだ。
「なるほどなるほど。いや、俺も若い頃から貴族の慣例を破り続けて今や変人公爵と呼ばれるに至っているからな。狂人ヘッセリンク伯爵家の最新作もやはり狂人。その噂を聞くたびに勝手に親近感を持っていたのだ」
【ラウル・ゲルマニス。本人の言葉どおり変人公爵の名で知られていますが、もう一つの異名は誑惑公。その巧みな話術により人を引き込む様はまさにマンイーターと呼ぶに相応しいでしょう】
すごいわかる。
一も二もなく、とにかく話し方が上手いんだよ。
コマンドの解説を聞くと、視線の動きや身振り手振りまで一つ一つ計算されてるんじゃないかと疑いたくなる。
だけど、この変人様は十中八九自然に、息をするように人を誑してのけてるんだろうな。
流石はナチュラルボーン貴族。
「確かに公爵閣下の単刀直入なものの仰りようは、美辞麗句を並び立てなければ挨拶一つまともに出来ない、まともな貴族から見ると異端に映るかもしれませんな」
「狂っているのは、変わっているのは果たしてどちらか……まあ俺たちは少数派だな」
ですよね。
考えるまでもない。
少数派なことは当然自覚してるよ。
「違いありません。そもそも我がヘッセリンク家は領民を持たず、領地もオーレナングのみ。そんな状態でまともな貴族とは言えますまい。私など書類の決裁をしている時間よりも魔獣の討伐をしている時間の方が多いのです。まあ、普通とは言い難い」
デスクワークをまったくしないわけじゃないし、家来衆が討伐した分も合わせて討伐報告書は僕が作ることになってるんだけど、まともな貴族の書類処理量には到底追いつけないだろう。
特に最近は貴族っていうか狩猟民族の長みたいな生活してるんだよ。
しかも妻を連れて。
どこの狩人だ僕は。
「そう、それだ。現役の貴族家当主でありながら、上級召喚士として力を振るう。残念ながら俺自身は戦う力など持ち合わせていないが、それはどんな気分なんだ? 貴族としての鬱陶しい義務に縛られず、自由に己の力だけで生きていきたいと思ったことはないか?」
もしかしたら、レックス・ヘッセリンクはそう思ったことがあるかもしれない。
貴族というガチガチの枠をぶっ壊してやる的な思想があってもおかしくない。
実際その力も持ち合わせてて、それに見合った行動力もあった。
だけど僕にその意思はないぞ。
エイミーちゃんと家来衆との生活に不満はないし、少ないけど友達がいることもわかったし、この世界にも適応できてる。
「一人で生きていこうと思えば生きていけるかもしれませんが、こう見えて意外と小心者なのです。伯爵家当主という立場に守られてるという言い方もできるかもしれません。それに我が家の特殊性のおかげで義務らしい義務もありませんしね」
「そうか。ダイファン?」
掛け値なしの本音で答えると、公爵は背後に控えるダイファンを呼んだ。
なんだ?
ダイファンは僕に一瞬だけ視線を向けると軽く息を吐いて頭を下げる。
「……はっ。伯爵閣下が嘘をつかれている気配はございません。心から、真実を告げられているものと判断いたします」
すげえな、なんでわかるの。
心眼的な特殊能力持ちなのかな?
そうだったらめっちゃカッコいいよね。
転職しませんか?
無理ですかね。
「おや、疑われてしまいましたかな?」
「気を悪くしたら謝ろう。しかし……いや、そうか、なるほど。これは確かに狂っているな。くっ、はっはっ! これはいい。ヘッセリンク伯爵家に課せられた唯一にして絶対の義務は獣の墓場から溢れる魔獣から国の西側を防衛すること。まともな神経なら明日をもしれないと怯えるところを、義務とも感じていないとは、流石は上級召喚士。流石は狂人レックス・ヘッセリンクだ。闇蛇のメアリよ、いい主人を持ったな。一方で、苦労もすると思うが励め」
かっこいいなあ。
って、いけない。
芝居がかった話し方に聞き入ってあやうく公爵さんに惹き込まれるとこだった
メアリなんか直接声をかけられて大丈夫だろうか。
「お言葉を胸に刻み、主人のために励みたいと思います」
振り向いて顔を確認すると、いつもの仏頂面じゃなくて真面目くさったイケメンフェイスにうっすら笑みを浮かべている。
これは早く終わんねえかなあとか考えてる時の顔なので全然問題ないみたいです。
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