第52話 変人と狂人

「よく来てくれたなレックス殿。さ、座ってくれ。本来なら奥方も誘うべきなのだろうが、どうしても仕事の話をせざるを得ないからな。今回は遠慮してもらった」


 指定された時刻に指定された部屋に入ると、上座には既にゲルマニス公爵が着座していた。

 遅刻したわけじゃないし、今日のホストはゲルマニス公爵なのでこれは問題ない。

 僕の服装についても全く指摘は受けないだろう。

 なぜなら公爵の服が金地に銀糸の刺繍がこれでもかとほどこされたやばいやつだったから。

 赤地に金糸なんて可愛いもんだ。


「お招きいただきありがとうございます。いや、まさか昨日の今日でお誘いがあるとは思わず外に出ていたもので。返事が遅くなったことお詫び申し上げます」


「何を言う。貴殿の言うとおり昨日の今日で誘った俺が悪いのだ。家来共からもレックス殿の都合のいい日を聞くように言われたが、昼はともかく夜にやることなどないからな。これが独り身の男ならば夜も楽しみがあるだろうが……新婚でそんなリスクを負うような真似はすまい」


 当たり前だ。

 ここエスパールには夜のお店も当然あるし、遊ぼうと思えば遊べる。

 だが、新妻を置いてそんなとこに遊びに行こうものなら家庭内不和の第一歩じゃないか。

 可愛いエイミーちゃんを置いてそんな不実な真似はしないぞ。


「もちろんですとも。これでも愛妻家なのですよ。狂人と呼ばれる私に嫁いできてくれただけでなく、よく尽くしてくれるいい妻です」


「はっはっは! 大勢の貴族を知っているが、そのように惚気を語られるのは初めてかもしれん。いや、噂どおり面白い男だ。さあさあ、今日は遠慮なくやってくれ。そっちの従者にはあとで軽いものを土産で持たせるからな。悪いがこの席では我慢してくれ」


 公爵がメアリに目を向けて語りかける。

 こういう場で従者が公爵に話しかけるのはルール違反なので、僕が代わりに頭を下げておく。


「お気遣いいただきありがとうございます」


「気にするな。俺のワガママで晩飯を食いっぱぐれるのが申し訳ないだけだ。うちの従者にもあとで腹一杯食わせるしな。そうだ、一応紹介しておくか。俺の護衛兼従者のダイファンだ。なんだったか、古流剣術? の使い手だったかな?」


 公爵の後ろに控えるのは真っ白な髪を後ろで一つに束ねた壮年男性。

 体格は細めだけど危険な匂いがプンプンする。

 絶対怒らせてはいけないタイプだな。

 右目には縦に切り傷が走っている。

 中二なら大興奮だ。

 古流剣術っていうのもよくわからないけど響きのかっこよさは二重丸です。

 

【古流剣術。他国との戦が減った現在、レプミアでは型を重視した剣術が主流になっています。それに対して古流剣術は戦を前提に効率的に人を殺めることを追究した実利的な剣術です】


「なるほど。現場向きということですか。公爵の護衛とは、相当使われるのでしょうな」


「俺の剣術師範でもあるのだが、まあ厳しい。子供の頃などはこいつの稽古が嫌で何度も仮病を使ったくらいだ。まあ、ごまかせたことなどないがな。そちらの護衛も若いのになかなかの面構えじゃかいか。流石は闇蛇の生き残りだ」


「お褒めいただき光栄です。彼はメアリ。今は私の護衛を任せていますが、将来的には我が家の幹部を担う存在になるかと」


 僕の評価を聞いた公爵が悪戯を思いついたように口の端を吊り上げる。

 悪い顔だ。


「優秀なのだな。メアリよ。直答を許す。お前はこのダイファンに勝てるか?」


 なんの質問だよ、とは思うものの公爵からのお言葉だ。

 メアリに頷いて回答するよう促す。

 すると、躊躇いがちにではあるけどはっきりとした口調で答えた。


「……百回戦って、一回勝つ機会があるかどうかと言ったところかと。いえ、それも楽観的な予想です。正直に申し上げて、今の私では到底太刀打ちできる相手ではありません」


 へえ。

 そうなんだ。

 いや、間違っても公爵の命を狙えなんて言わないけど。

 メアリがそう言うってことは不意打ちも効かないってことかな。

 流石は実戦剣術。

 常在戦場ってやつを実践してるんだろう。

 その答えを受けた公爵は愉快そうに笑っている。


「だそうだが、どうだ?」


「相対した相手の力を認め、己の技量不足を認め、それをただただ事実として語れる。その若さで末恐ろしい。きっと公爵様よりも遥かにいい弟子となるでしょう」


 おじさま声渋いっす。

 いけてるボイスのおじさん方が多いのは気のせいじゃないだろう。

 うちならジャンジャックにハメスロットがいい声してるんだよなあ。

 メアリも見た目に反してバリトンボイスだし。


「不肖の弟子で悪かったな。いや、誇っていいぞメアリ。このダイファンが初対面の者を褒めることなどほとんどないのだからな。……さて、飯を食いながら今後の話といこうか」

 

 切り替え早いな。

 ここからは真剣な話が始まるようだが、議題は一つしかない。


「十貴会議について、ですか。まあ今回私は被告人の立場ですので他の参加者の言い分を聞いたうえで将来を判断したいと思っています」


 その上で脱退します、とは言わない。

 まだこの人が味方かどうかわからないし、命の軽いこの世界。

 味方の選別は重要だ。


「被告人か。上手いことを言う。無実でも訴えられればその瞬間はそのとおりだからな。エスパール伯も馬鹿なことをしたと思っているよ。わざわざ虎の尾を踏むこともあるまいに」


「おや? てっきり公爵様も私を糾弾するお立場なのかと思っておりましたが」


「それこそ馬鹿な。王太子殿下のお言葉を頂いたからと一々嫉妬などしていられるか。そんな暇があれば領内の強化に時間を使うほうが建設的だ。それをエスパール伯の馬鹿者め。ヘッセリンクが人を集め始めたのは反乱の準備に違いないなどと。幼稚にも程があるわ」


 くそっ、意外とまともだ。

 待て待て、それでも頭のネジが緩んでるのは間違いない。

 油断するなよレックス・ヘッセリンク。


「そう言っていただけると、私としては気分が軽くなります。なんせ敵陣に一人で突撃したようなものですからな」


「ただの雑兵ならそれでいい。が、突撃してくるのが貴殿のような一騎当千の騎士であれば話しは別だ。しかも今回は味方が烏合の衆ときた。どちらに与すればいいかなど考えるまでもない」


 流石に貴族の中の貴族は話術も巧みでいらっしゃる。

 出掛けにハメスロットから指導を受けてなかったらコロッといってたかもしれない。


「はっはっは、烏合の衆とはひどい。我々もその一員ではありませんか。まあもっとも、その価値についてはそろそろ議論が必要なのかもしれませんが……」


「俺もそう思うが、会議中には絶対に言ってはいけないぞ。その座にあることだけに縋って生きている家の者が発狂して憤死する可能性があるからな」


「そこまでですか。十貴院に名を連ねるくらいなのですから皆様素晴らしい実績を積み上げておられる方々ばかりでしょうに」


「積み上げてきたのは先人達だ。当代が何かを成し遂げたという例は乏しい。であるからこそ、護国卿と呼ばれ、数多の魔獣を討伐して見せる貴殿を煙たく思うのだろう」


「そんなものですか。いけませんな、会ったことのない方々には狂人というイメージが強すぎるのでしょう。会議の席上では意外と常識人なんだとアピールすることにしましょう」


「それがいい。俺もどちらかというと変人という評価だからな。貴殿の気持ちはよくわかる」

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