第51話 晩餐への誘い
サクラミリア教会の内部に特に目立ったものはなく、エイミーちゃんにせがまれて神父的な立場のおじさんに子宝に恵まれるという趣旨のお祈りを捧げてもらった以外はイベントも起きなかった。
まあ、エイミーちゃんがご満悦なので僕としても満足です。
その後も街をぶらぶらしたけど、観光地だからなのか治安維持への力の入れようが凄い。
そこかしこを衛兵が三人から四人の集団で警邏してるからね。
もちろん景観を損なわないように軽装ではあるんだけど、揃いの制服や武器を持った屈強な男達が目の笑ってない笑顔を浮かべながら歩いてるのは、何かやらかそうと思ってる輩にはなかなかのプレッシャーだと思う。
遊園地のスタッフ全員が屈強な警備員みたいなイメージだ。
やましいことがない観光客から見れば頼もしく映るだろうから上手い手なんだろう。
街中をたっぷり散策し、心地いい疲労感を得て宿に戻ることができたので、風呂にでも浸かってゆっくりするかと考えてたけどどうもそうはいかないらしい。
コンシェルジュがメアリに書簡を手渡す。
一瞬嫌な顔をする美少年従者。
下品にならない程度に早足で戻ってくる姿に嫌な予感しかしなかったけど、書簡を見てその予感が的中していたことを悟る。
羽を生やした虎の印。
貴族階級におけるトップオブトップ、ゲルマニス公爵の印です。
中身は晩餐会への招待か。
『よかったら滞在中に一度晩餐に招待させてくれ』
いや、確かに聞いてたけど昨日の今日で誘ってくるかね。
断りたいなあ。
でも断れないよなあ。
「レックス様? どうされたのですか?」
いかんいかん。
あまりにも行きたくなさ過ぎて眉間に皺が寄ってたみたいだ。
ゲルマニス公爵と晩飯って、要は普段会うことのない会社の役員との飲み会みたいなもんだろ?
絶対エイミーちゃんと食べた方が美味いに決まってるんだけど、やむを得ないか。
「ああ、すまない。ゲルマニス公爵閣下より晩餐のお誘いだ。僕としては今晩もエイミーと夫婦水入らずで過ごしたいと思っていたからついつい険しい顔になってしまったよ」
「まあ! レックス様ったら」
コロコロと笑う愛妻。
あー、癒される。
ここにユミカがいたらもっと癒されるんだけどな。
代わりにメアリで癒されるか視線を移すとめちゃくちゃ険しい顔してて癒し効果はゼロでした。
「どうされますか伯爵様。お断りするのであれば早いほうがよろしいかと」
断れよ面倒臭え。
顔がそう物語ってるぞメアリ。
「そういうわけにもいかんだろう。喜んで招待に応じると、コンシェルジュに伝えておいてくれ。もちろん、お前にもついてきてもらうぞメアリ」
そんな嫌そうな顔するなよ兄弟。
一人だけ逃げようたってそうはいかない。
主従ともに喜びも苦しみも分かち合おうじゃないか。
「では私とクーデルは部屋でお食事をいただくことにしますね。メアリさん、その手配もお願いできるかしら?」
「……承知いたしました」
どうやら逃げるのは諦めてくれたみたいだな。
仕方ない、
「服は平服で構わないと書いてあるが、これもそうはいかんだろう。会議に出る際の予備があったな? そちらを出しておいてくれ」
服装は自由ですとかやめてほしい。
仲間内でないならドレスコードを決めてもらってた方が絶対気楽だと思う。
本当に自由な服で行って、周りが全員スーツとかだったら地獄だよ?
まだ周りが自由で僕だけスーツのほうがダメージは小さい。
「予備の服……よろしいんですか? 伯爵様のお嫌いな派手派手しい色のお洋服になりますが」
そうだった!
アリスとイリナを説得して本番の衣装は落ち着いたシックなものにしたんだけど、予備の服は赤地に金糸の刺繍っていう目に優しくないやつをねじ込まれたんだった。
おうメアリ。
ニヤニヤしてんじゃないよ。
さっきの復讐か?
あー、あの服着るくらいならいっそのこと平服でお邪魔した方がいい気がするな。
派手な衣装は地位の証明だから、ギラついた服は公爵も面白くないだろ。
「まあ、それならばなおさらそちらの予備の衣装をお召しになったほうがよろしいのではないですか? 急な晩餐への招待にも関わらず正装で、かつ贅沢な衣装を身につけて馳せ参じるなんて、それほど敬意を表してくれるのかと公爵様もお喜びになると思いますわ」
レックス・ヘッセリンクは逃げ出した。
しかし、
エイミーちゃんの言ってることがこの世界では正論だからまた断りにくいんだよな。
「では、予備のお洋服を用意いたします。招待の時間までまだございますので、お風呂をつかわれてはいかがですか?」
確かに結構歩いて汗ばんでるからな。
この宿の凄いところは部屋に馬鹿でかい風呂がついてるとこだ。
普通の宿は大浴場か、安宿ならお湯とタオルを渡されて身体を拭くだけらしい。
「ああ、そうしよう。メアリ、お前も付き合え」
せっかくだしたまに水入らずで汗を流すしますか。
このあとの打ち合わせもしておきたいし、二人で風呂を使った方が時間も節約できていいだろう。
メアリもそこは同じ意見らしく、特に嫌な顔もせず頷いて見せた。
「かしこまりました」
が、ここでスイッチが入ってしまう人物がいる。
そう、クーデルだ。
僕とメアリのやりとりを見た彼女は、なぜか頬を赤く染めながら絶叫した。
「ああっ!! また伯爵様がメアリをお風呂に誘って……! だめよ、いけないわクーデル。そうじゃないと学んだじゃない。メアリは女の子が好き、メアリは女が好き、メアリは女好き」
ゴッ!
セルフトリップしかけたクーデルの側頭部にメアリの手刀が直撃する。
まあまあな音がしたはずなのにクーデルは身じろぎ一つせず、むしろその衝撃で逝っちゃってた目の焦点が合い、傍目にも現世に戻ってきたことがわかる。
「ただいま、メアリ。では伯爵様。私はお風呂の準備をしてまいりますので、奥様とご歓談ください」
それまでの流れは一切なかったとばかりに真面目くさった顔で侍女業務に戻るクーデル。
「少しは手加減してやれ。流石にあの打撃音は重すぎて心配になるぞ」
「仕方ねえだろ? クーデルがああなったら小型の魔獣をしばく勢いじゃねえと正気に戻せねえんだよ」
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