第54話 家庭教師
「ゲルマニス公爵か。流石は貴族の頂点に立つ男だ。100回戦えば100回無傷で勝つだろうが、舌戦に持ち込まれたら完敗だろうな。メアリ、お前の目にはどう映った?」
晩餐会を終えて部屋に戻るとエイミーちゃんとクーデルは風呂に入っていた。
ちょうどいいのでメアリに公爵の感想を聞いてみる。
ポーカーフェイスだったけど実は心酔してるとかだったらまずいからな。
「あ? 貴族の性格なんかわかんねえよ。それよりも俺はあのダイファンって護衛がさ。ありゃやべえわ。それこそ完敗する絵しか見えなかった。オド兄と同じトコにいやがるぜ」
やはり心配無用だったか。
そこは安心したけど、ダイファンね。
古流剣術なんていうイカした武術の使い手が弱いわけないけど、オドルスキと同じレベルとか、つまりそれは化け物ってことだ。
「公爵自身は武力に自信がないと言っていたからな。あの地位にいればそのクラスの護衛がついていて当然だろうが……そこまでか。心配するな、流石に引き抜きなんか画策しないさ」
「そうしてくれ。あれを引き抜こうなんてしたらゲルマニスと戦争だぜ? あれに乗り込まれたらそこに戦力全投入必須だろ。いやあ、世界は広いわ」
それでもきっと負けはしないだろうけど、深過ぎるダメージは避けられないか。
いや、戦争なんてする気はない。
なんなら今日の晩餐会で仲良くなれた感じだし。
「僕はメアリが公爵の話術に引き込まれていないのが心強い。僕ですら気付いたらその術中に嵌りそうだった」
「ヘッセリンク以外の貴族は全て敵。そう思えば心揺さぶられることもなく、考えがぶれることもない。って、爺さんに叩き込まれてるからな。カニルーニャもアルテミトスもクリスウッドも。基本は信じてねえぞ俺は」
なんてことだ。
教えに偏りがあり過ぎるぞジャンジャック。
人間不信ならぬ貴族不信。
いや、貴族なんて信じない方がいいのは事実かもしれないけどせめて味方だとはっきりしてるところは信じようよ。
「……ジャンジャックとは若者の育成方針について話をしておく」
「はっ、まあ今後若い奴が来るならそうしたほうがいいかもな。爺さんの思想は相当偏ってっから。俺は嫌いじゃないし、あながち間違ってるわけでもねえから言うこと聞いてるけど。正直、ハメスロットの爺さんとフィルミーの兄ちゃんくらいだろ、まともなのは」
「常識人枠の文官の雇用を急ぐべきだな。ユミカの教育にも悪影響を与えかねん」
ユミカにまでヘッセリンク以外信じてませんとか言われたらなんか意味わからないダメージを負ってしまいそうだ。
会議なんかどうでもいいな。
最優先で取り組むべきはまともな感性を持った人間を雇うことだ。
そう心に誓う僕だったけど、その想いはすぐに打ち砕かれた。
「そこについてはもう遅いぜ? ユミカのなかで一番正しい貴族は兄貴だし、一番の騎士はオド兄、一番の執事は爺さん。手遅れ過ぎて泣けてくるわ」
それは……
人外、人外、人外。
ビンゴ完成!
「僕も含めて見習うべきではない面子であることは否定しない」
「この問題が片付いたら教師役も探してやってくれ。ヘッセリンクの常識が世間の常識じゃねえって早めに教えねえと、あのまま大人になったらやべえ女になりかねねえから」
「そこまでか……」
膝から崩れ落ちそうな衝撃だ。
あまりにも衝撃的過ぎて風呂上がりのエイミーちゃんに愚痴ってしまった。
「まあ、メアリさんったらそんなことを?」
コロコロと笑うエイミーちゃん。
可愛くて癒されるけど我が家の天使ユミカの一大事だ。
「いや、ゲルマニス公爵閣下との会談も衝撃的だったが、それも全て吹き飛んでしまった。可愛いユミカが将来の夫に非常識扱いされてしまっては不憫過ぎる。どこかに適当な教師がいないものか。そればかり考えてしまってな」
【ちなみにレックス様の家庭教師は短期間の交代制でした。オーレナングに長期逗留することは推奨されなかったため、一月などの短い単位でローテーションされていたようです。結果的に知識や思想に偏りがでることはありませんでした】
いいような悪いような。
基本的に貴族の家庭教師っていうのは一人から二人で、生徒と数年にわたって信頼関係を築きながら勉強を教えるものらしい。
家庭教師側の思想によっては家の方針と齟齬が生じる可能性もあるらしく、細心の注意を払って選定されるそうだ。
「私は家の事情で隠されていましたからハメスロットが家庭教師のようなものでした。ハメスロットは歴史の他にも算術や文学にも明るいんです」
技の執事ここにあり。
本当、絵に描いたような万能型だよハメスロットは。
エイミーちゃんは完全に育成の成功例だからな。
この出来上がりになるなら任せる価値はある。
「ではハメスロットに任せてしまうか。あれで意外と子供も好きなようだし」
「お気づきになりました? 厳しい顔をするんですけど、最終的には甘やかしてしまうんです。ユミカちゃんには最初の挨拶で心掴まれているようですし、きっと喜んで教師役を務めてくれると思います」
確かにフィルミーを連れて帰ってきたときの挨拶でうちの
にハートを射抜かれてたんだったな。
天使で狩人。
両方弓使いだな。
ユミカが弓使い……。
いかん、心配で頭がこんがらがってきた。
「負担をかけるのは本意ではないが、やむを得ないか。彼なら礼儀作法も問題なし。給金の上乗せで手を打ってもらうとするか」
貴族の必殺技、カネで解決。
基本技だけどそれしか誠意を示す手段が無いからね。
「ユミカちゃんのためならジャンジャック様も執事業の割合を増やしてくれるのではないですか? 憚りながら、狩りは私が時間を増やせば事足りますので」
「しかし、ジャンジャックも森に出る時間を増やすことで以前よりイキイキしてるのでな。なかなか言いづらいが……仕方ない」
前からイケてる爺さんだったけど、最近明らかに若返ってるし、森に出るのが楽しくて仕方ないといった風情を醸し出している。
「ふふっ。レックス様は本当に家来衆の皆さんを大切にされていますものね」
「まあ、そうだな。人は宝だ。もちろん例外がないとは言わないが、少なくとも我が家の家来衆は僕の期待以上の仕事をしてくれているから大切にしなければいけないだろう」
「私も含めてヘッセリンク伯爵家にいられることは幸せなことです。それは家来衆なら誰もがそう感じているはずですから、レックス様がこうしたいと仰れば、皆さん喜んで従うことでしょう」
「そうであればいいがな。戻ったら両執事には僕から話をしよう」
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