第41話 見つかりました
「はい、これ。頼まれたやつね。苦労したわよ? 主にブレイブが」
リスチャードがソファに腰掛けた状態で紙の束を放り投げてくる。
我が家の懸案事項である諜報網の構築。
メアリの提案どおり闇蛇の残党を捜索することを決めたけど、大々的に元暗殺者組織の人員を探すのは憚られるということで、お友達の手を借りることにした。
頼ったのはリスチャード。
流石は国の表も裏も網羅するクリスウッド公爵家と言ったところで、そう時間もかからず結果の報告に自らやってきた。
「恩に着る。だが、リスチャードが来る必要はないだろう。文を寄越してくれれば済む。あまりお前を拘束してクリスウッド家に嫌われたくないのだがな」
少し前とはいっても式のために長期滞在したばかりだろうに。
今回もゆっくりさせてもらうわと言いながら我が家の天使ユミカを膝の上に乗せて頭を撫でている。
「あら、冷たいわね。あたしよりクリスウッド家を優先するの? 友達甲斐がないわあ。ねえ、ユミカ? 貴女の自慢のお兄様が冷たくするの。どう思う?」
「お兄様は優しいわよ? でも、リス兄様も優しいから、ユミカは二人に仲良くしてほしいわ! ダメかしら……」
ユミカの上目遣い。
効果は抜群だ!
「貴女のためなら仲良くするわよ! ね、そうよねレックス! 私達は竹馬の友。朋友。腹心の友よね!? さあ頷きなさい!!」
怖っ!
見た目白皙の貴公子のくせして少女を抱きしめながら髪振り乱して叫ぶなよ。
全体的に台無しだ。
「落ち着けリスチャード! いつの間にユミカに堕とされたんだ貴様は。まったく、ユミカ」
可愛くて優しい我が家の天使だが愛想を振り撒きすぎるところがあるからな。
ここらで少し釘を刺しておかないと。
「なあに? お兄様」
ユミカの上目遣い。
効果は抜群だ!
「僕とリスチャードはこの国で一番の仲良しだ。間違いない」
天使には勝てない。
つまりそういうことだな。
また一つ賢くなった。
ヘッセリンク家は安泰だなー。
「あんたが一番ユミカという沼にハマってるじゃない。あたし気づいたの。その沼は底無しよ? あたしだけじゃないわ。単純な脳筋のミックだけじゃなく、あの堅物ブレイブまで沈んでるのよ? これ、このプレゼントの山。わかる? ぜんっぶブレイブからユミカ宛」
まじで!?
あの優等生くん、何考えてるんだ。
あれか、真面目で遊び慣れてないサラリーマンが一夜にしてキャバ嬢に入れ込んでしまうあの現象か。
婚約者がいる男も堕とすなんて、ユミカ、恐ろしい子。
「ブレイブ兄様すごい! ねえ、見てみてお兄様。このぬいぐるみの熊さんとっても可愛いわ! ブレイブ兄様にお礼のお手紙書かなきゃ。ねえ、リス兄様。ブレイブ兄様に渡してくださる?」
「ええ、ええ。勿論ですとも。その代わり、あたしもユミカからのお手紙が欲しいわ」
「はい! じゃあリス兄様にもお手紙書くわね。帰るまで開けちゃ嫌よ?」
蕩けそうな笑顔でユミカを高い高いする公爵家嫡男。
まったくユミカからの手紙くらいではしゃぐんじゃないよ。
いい大人が情けない。
「ハメスロット、すぐに都で一番の職人に熊のぬいぐるみを作らせろ。金に糸目はつけるな。拒否するようならすり潰すと」
「落ち着けダメ兄貴。リスチャードさん、あんたも兄貴を煽るのやめてくれよな。まじで職人の命が危険に晒されるから。ユミカ、ほらお前も部屋に戻ってな。ここからはお仕事の話だ」
だって僕もユミカのお手紙ほしいし。
当のユミカは聞き分けよく小走りで部屋を出て行った。
ドアの前で小さく手を振る姿なんて完璧な造形美だ。
「余計なことしてくれるじゃない、メアリ。せっかくの天使との触れ合いを邪魔するなんて。許されざる行為よ?」
「わかったから。話が終わればユミカとの楽しい晩餐を堪能してくれていいからさ。闇蛇の残党、見つかったのか?」
メアリが焦れたようにリスチャードに迫る
珍しいもんだ。
あんなに必死そうな顔をするなんて、捜索を希望した人達は彼にとって本当に大事だったんだな。
そんなメアリに対してリスチャードは軽いものだ。
「見つかったわよ」
「まじで!?」
食いつくメアリを抑えつつ、リスチャードが一度放り投げた紙の束を整えて僕に手渡しながらニヤニヤと笑う。
なんだ、感じ悪いぞ。
「腐ってもあたしは公爵家の嫡男。人探の伝手くらい掃いて捨てるほどあるの。それが非合法の人間でもね。そこに弟分にいい顔したいどこかの伯爵様がアホみたいに金を投入したら、見つからない方がどうかしてるってものよ」
「……伯爵様」
アホみたいな金という部分に反応したハメスロットが眉間に皺を寄せるのかわかった。
え、やだ怖い。
「リスチャード、余計なことは言わなくていい。ハメスロット、怖い顔をするな。全て僕のポケットマネーだ。家の金に手をつけてないのはわかってるだろう?」
お小遣いの範囲でしか出費してないよ?
「そうではありません。諜報網の構築は当家の重要課題。さらに言えばメアリ殿は当家を支える柱の一つ。ならば伯爵家の予算をちゃんとお使いなさい。伯爵様が身銭を切る必要はございません」
怖いとか思ってごめんなさい。
貴方は優しい執事でした。
でもちゃんとした理由があるんです。
「まあそう言うな。リスチャードとブレイブには友人として個人的に無理を押して頼んだのだ。ならば身銭を切るのは当然。もしここがダメなら家の金を使っていたさ」
「いいわねえ。うちの家宰なら家の金を使うこと罷りならんって騒ぐところよ? で、闇蛇の残党。あたし達が見つけたのは十五人。そのうち十人は非戦闘員ね。四人は仕込みとか下準備とかそういう後方支援的な役割を担ってたらしいわ。で、問題は残りの一人。これが闇蛇の主力。メアリと同じ暗殺者だったみたい」
へえ、一人いたのか。
さて、吉と出るか凶と出るか。
鬼が出ようと蛇が出ようと屈服させる自信はあるけど、メアリの身内なら手荒な真似はしたくないが。
「実行隊のやつか。なあ、リスチャードさん、そいつの名前、名前はなんて名乗った?」
メアリ自身も緊張を隠しきれてない。
今の顔だけみたら完全に男だとわかる。
擬態してる場合じゃないってね。
「あら、そんな顔できるのね。普段のお人形さんよりもその方が素敵じゃない。どう思う? レックス」
焦らして遊ぶリスチャード。
僕としては弟分をいじめる趣味はないので報告書をめくって該当部分に目を走らせる。
ん、ここか。
女性なんだな。
歳はメアリと同じくらい。
……まあまあ殺してるな。
可哀想なことだ。
「遊ぶなリスチャード。暗殺者の名前は……クーデル、か。聞き覚えはあるか?」
「クーデル!? まじか、生きてたのか!! ああ……まじか……まじ、か……」
名前を聞いた瞬間膝から崩れ落ち、人目を憚らずに泣き出すメアリ。
嗚咽とかじゃない。
号泣だ。
これには僕だけじゃなく、普段は冷静沈着なハメスロットも焦ってオロオロしている。
この場で笑ってるのは一人だけだ。
「うっそ、泣いてんの? やだあ、あたしそっちの趣味ないんだけどドキドキしちゃう」
「リスチャード、空気というものをだな……」
「はいはい。ねえメアリ。クーデルにあんたの名前を教えたら、同じ反応してたわよ? 号泣しながら会いたいって。あと、アデルってご婦人とビーダーってご老人も。どうやらあたし達が組織を襲った後、散り散りになるのはまずいってことでまとまって生活してたみたい」
アデルとビーダー。
二人とも五十過ぎと。
アデルが攫われてきた子供達の乳母役。
ビーダーは厨房の顔役みたいなものかな?
まあそうだよな。
実行部隊だけじゃ成り立たないからそういう人達もいるか。
「アデルおばちゃんとビーダーのおっちゃんもいるのか!? すげえ、良かった…… クーデルも含めて兄貴から見逃されたのは知ってたけど、みんな生きててくれんだな。なあリスチャードさん。みんなは今クリスウッド領にいるのか?」
「そうね。あたしの客人として領内で保護してるわ。素性を隠しての逃避行は大変だったみたいね。みんな素直に保護に応じてくれたわ」
「すまないなリスチャード。かかった費用はこちらに回してくれ。色をつけて払おう。僕としてはすぐにでもその十五人と会って話がしたい。どこか適当な場所で段取をしないとな。幸い式も終わって余裕のある身だ。すぐにでも動ける」
「兄貴、俺も連れていってくれ。絶対に俺が説得して見せるから。頼む」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます