第40話 足りないもの
無事に帰宅しました。
結局一番脅威度が高かったのはジャンジャックに撃ち落とされた蝉だったので余裕の狩りだった。
王太子が無傷で帰ってきたのを見てお付きの方々が涙を流して喜んでたけど、危ないことなんて何一つなかったですよ?
王太子も満足げに笑いながら蟹脚の身を頬張っている。
「これまで父王陛下に禁じられていたオーレナングの森に立ち入ることができ、大変満足です。魔獣の脅威というものも肌で感じることができたことは将来的に私の財産になるでしょう。ヘッセリンク伯爵家の重要性を再認識することもできました。惜しむらくはヘッセリンク伯自慢の召喚術を見せていただけなかったことでしょうか」
あのレベルの魔獣にゴリ丸とドラゾンは過剰戦力過ぎるから自重させてもらった。
逆に、途中から小型の魔獣が多くなってメアリの出番が増えたくらいだ。
「残念ながら今日はそこまで脅威度の高い魔獣が出ませんでしたので。その代わり、私の自慢の家来衆の実力を堪能いただけたのではないでしょうか」
「堪能し過ぎて満腹ですよ、ヘッセリンク伯。鏖殺将軍ジャンジャック、聖騎士オドルスキに加えてメイド……メアリと言いましたか。彼も素晴らしい人材ですね。ヘッセリンク伯爵家から誰か一人引き抜けるなら彼を選ぶかもしれません」
大人気だなメアリ。
リスチャードも真剣にメアリを連れて帰りたいって言ってたし。
だがやらん。
汎用性の高さは我が家随一だ。
メアリがいなくなると地味に出来なくなることが多い気がする。
「ええ。正確にはメイドではなく私の従者をしてくれています。まだ若いですが、ご覧頂きましたとおり高い技術と判断力を有しています。近い将来我が家の幹部を担うことになるでしょう。王太子殿下におかれましてはよろしくお見知り置き下さい」
彼の能力を高く買っていることと、将来の幹部候補として期待していることを紹介して引き抜きを牽制しておく。
うちに引き抜かれて惜しくない人材なんかいない。
「そうさせてもらいます。ヘッセリンク家の戦力の充実ぶりは目を見張るものがありますね。少ないながら一人一人が一騎当千。強いて言えば、事務方が足りない印象でしょうか。いや、敢えて置いていないのか?」
事務方?
なにそれ美味しいの?
と、惚けることもできないくらい正論だ。
今のヘッセリンク伯爵家の陣容を確認してみよう。
当主、レックス・ヘッセリンク。
当主の妻、エイミー。
執事その一、ジャンジャック。
執事そのニ、ハメスロット。
騎士、オドルスキ。
斥候、フィルミー。
従者、メアリ。
シェフ、マハダビキア。
メイドその一、アリス。
メイドそのニ、イリナ。
天使 ユミカ。
改めて見ると偏ってるな。
他領と外交する気ゼロだ。
「事務方ですか。小さな領地で領民もおりませんので必要に迫られてはおりません。私とジャンジャックで事足りていたところにカニルーニャの家宰を務めていたハメスロットが加わりましたので」
これまではジャンジャックが自らの知名度を活かして外交を担当してくれていた。
だけどハメスロットが来てくれてからは積極的に森に出て魔獣を討伐し始めてたし、なんだか若返った気分だなんて言ってるのを聞いたら今更またそちらに戻ってくれとも言いづらい。
もちろんハメスロットは上手くやってくれてると思うし、うちの規模なら執事が外交担当を兼務しても無理はないんだろうけど……。
「当主に執事二人ではないですか。ヘッセリンク伯爵家が積極的に外交をしない理由がわかった気がします。そもそも専門の人員がいないことが原因なのですね」
これは本当にそうかもしれない。
コマンド。
ヘッセリンク家に外交や内政を任せられる文官がいたことはあるか?
【ありません。以前お伝えしましたとおり、家内のことや他家との簡単な折衝であれば国都に住む当主の妻が担当するのがヘッセリンク流です。もちろん、外交面で妻の手に余るような事態になることもあるでしょう。その時は、当主が前面に出ての威圧外交で乗り切っています】
はい、ダメー。
そりゃ狂ってるだなんだって言われるわ。
同じ国の貴族に威圧外交仕掛けてるんだもの。
敬遠されても仕方ない。
「友人であるロンフレンド男爵家のブレイブでも招くことができればいいのですが、すでにクリスウッド公爵家に確保されていますので。国でも一、二を争う悪評を得ている我が家に好き好んでやってくる文官が果たしているでしょうか。いや、いません」
もし仮に狙うなら現在の所属先で不遇をかこってる人材。
評価に納得いかないとか、上司とソリが合わないとかでオーレナングでもなんでもいいから今の所属から離れたいと望む事務方ね。
ピンポイントで欲しい人材の一本釣りとなると難易度は高いけど、相応の待遇を約束すればうちに来てくれる可能性はあるか?
「それを言われると確かにそうかもしれませんが……いえ、それでも考えてみてください。これから先、ヘッセリンク伯爵家が更に大きくなるためには専門性の高い人材は必ず必要になります。武に関する人材は国内随一なのですから、真剣に考えてご覧なさい」
「承知いたしました。王太子殿下からの有り難き助言。早速家来衆と話をしてみます。もしかしたら旧知に我が家に来ても構わないという酔狂な文官がいるやもしれませんからな」
まずは身内の知り合いから探してみよう。
メアリと約束した闇蛇の残党の捜索もあるし、合わせて動くのがいいかもしれない。
「言い出しっぺの私が面倒を見てもいいのですが、それをすると貴殿がいらぬ嫉みを買う可能性がありますからね」
「仰るとおりです。とは言うものの式の際、殿下から過分なお言葉を賜ったことで、十分嫉妬の的になってしまいましたが……」
嫌味の一つくらい許されるよね?
王太子は苦虫を噛み潰したような渋い顔だ。
本人的にもまずかったと思ってるらしいことは伝わってくるよ。
「そのことについてはスアレからきつく、それはもうきつく叱られてしまいました。もし迷惑をかけるようなことがあれば遠慮なく教えてください。こちらでできる限り対処します」
よし、言質はとった。
ウザ絡みしてくる貴族に対して最高に有効なカードだ。
「私の手に余るような事態になれば、甘えさせていただくやもしれません。その時はよろしくお願いいたします」
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