第42話 スカウト

「メアリ、離しなさい!! 離せ!!」


 クリスウッド公爵領都スポルティン。

 表向きの訪問理由が結婚祝いへのお礼であることと、嫡男であるリスチャードの先導もあって、特に問題なく公爵領に入ることができた。

 現公爵に挨拶した際には、少々ヤンチャが過ぎるのでは? と釘を刺されたけど概ね和やかな雰囲気だった。

 友達のお父さんに悪戯はほどほどにしとけよ? と苦笑いされる感じだ。

 その間同席したリスチャードはほぼ無言。

 本当に嫌いなんだな親父のこと。

 

 監視が全くないわけじゃないなかでの長期滞在は具合が悪いので、到着翌日には目的の集団と接触する。

 リスチャードからは悪いようにしないと言われて集められた十五人。

 元闇蛇だとバレて明日をも知れないと怯えていたところに現れたのが、よりによって組織の怨敵こと僕だ。

 そりゃあパニックになるよね。

 泣き叫び赦しを乞う人々。

 地獄かここは。

 そんななか、一人だけが刃物を手に飛びかかってきた。

 こちらの隙を窺っていたんだろう。

 あれがクーデルか。

 メアリが止めなかったらやられてたかもなー。


「やめろってクーデル! 違うんだって! ちょ、おい、兄貴、爺さん! 笑ってないで宥めるの手伝えよ! くそっ、覚えてろ!」


 ぱっと見は美少女二人が刃物片手に殺し合いをしているようにしか見えない。

 本気で斬りかかるクーデルを宥めながらいなすメアリ。

 でも、なんかこう、友達同士で戯れてるように見えるのはなんでだろう。

 約束をすっぽかした彼氏に腹を立てる彼女みたいにも見えるな。

 いかん、ニヤニヤしてしまう。


「いやあ、同世代の女子に振り回されるメアリが見れるとはな。ジャンジャック、不覚にも僕は涙が出そうだ」


「ええ、ええ。爺めも同じ気持ちでございます。あのメアリさんが年相応に振る舞う姿が見れるなんて……このジャンジャック、不覚にも感動しております」


 火花を飛び散らせながら斬り合う姿が年相応かどうかはこの際置いておくとして、ジャンジャックも似たようなものらしい。

 年取ると涙腺が弱くなるから仕方ないね。

 そんな僕たちの足元に縋りつくように跪いたのは、ふっくらした老女だった。

 えーっと、この人がメアリの育ての親のアデルさんかな?

 優しそうだけど、苦労したんだろうな。

 疲労が隠せてない。

 そんな状態でもクーデルを救おうと必死で縋り付いてくる。


「伯爵様、クーデルちゃんとメアリちゃんを止めてくださいませ! ああ、やめておくれクーデルちゃん!」


 本気を出せばすぐ終わるだろうに、メアリはクーデルに怪我をさせないように手加減してるみたいだ。

 このままじゃ埒があかないな。


「メアリ。話にならないからそれ以上抵抗するなら実力行使を許す。黙らせろ」


「メアリが私に勝てるわけってがふっ!」


 気が逸れたクーデルの隙をついて、メアリのショートアッパーが脇腹に食い込む。

 息を吐いて悶絶するクーデル。

 あれは痛い。

 実力行使とは言ったけど相変わらず女性にも容赦ないなあいつ。

 倒れたクーデルを見下ろす姿は貫禄すら感じる。


「舐めるなよクーデル……お前と離れた後の俺はオーレナングの魔獣どもと人外どもがスパーリングパートナーだ。実戦を離れたお前に負けるわけがねえだろうが!!」


 どさくさにまぎれて魔獣と同列に語られた人外その一は満足そうに頷いている。

 ジャンジャックにとっては褒め言葉なのかもしれない。


「っ!! どれだけ、どれだけ私達が心配したと思ってるの!! メアリがレックス・ヘッセリンクに慰み者にされてるんじゃないかって。それなのになんで!!」


 あー、やっぱりそう思うよね?

 メアリ自身もそれは覚悟したって言ってたし。

 こんだけ綺麗な見た目してたらやばい権力者ならありえるだろうな。

 ただ今回に限って言えば事実無根です。


「誤解だっつってんだろこの馬鹿女! いいから、話を、聞け!!」


 なおも立ち上がって僕を狙おうとするクーデルとそれを阻むため立ちはだかるメアリ。

 どっちかが怪我しても面白くないな。


「ジャンジャック」


 呼びかけた瞬間、二人の間に割って入ってメアリの腕を掴みつつクーデルを床に転がして見せるジャンジャック。

 え、いまのどうやったの?

 足を払っただけ?

 まじかすごいね。


「メアリさん、そこまでです。もう、いいでしょう。それ以上は弱いものいじめになりますよ? ここはレックス様と私が預かります。いいですね?」


「すまねえ、爺さん。クーデル、ごめん。やり過ぎた。相変わらず強えよ。手加減できなかった」


 ショートフックの件だろう。

 確かにあれは手加減なしの本気だったな。

 一方のクーデルは、転がったままの状態で涙を目に溜めながらジタバタしている。


「……なんなの? なんでメアリがレックス・ヘッセリンクの味方してるの? 意味わかんない。だって、君はレックス・ヘッセリンクの命を狙ったけど返り討ちにあって、そのまま酷い目に遭わされてるって」


「誰に聞いたんだよ。それ、どうせ闇蛇の上の奴らの情報だろ? ガセだガセ。くそったれなことにレックス・ヘッセリンクに惚れ込んで従者やってんだよ」


 あらやだ惚れ込んでるだなんて。

 本音が漏れてるとこが可愛いぞ。


「惚れ込んだ!? じゃあ、やっぱり」


「ああ! 違うって言ってるだろ!? 兄貴は俺をちゃんとした家来としてだな」


「あ、兄貴!? だって男同士でその呼び方なんてその最たるものじゃない!! ああ! 私の可愛いメアリが道ならぬ道に!!」


 あ、この子ダメな子だ。

 関わると火傷しそうなのでこっちは大人同士で話を進めておこう。


「アデルと言ったか? メアリの育ての親と聞いたが」


「は、はい! メアリちゃんもクーデルちゃんも私が育てました。……攫われてきたと知りながら組織のために子供達を育てたこと、償うつもりでおります。許してくれとは申しません」


 いや、大丈夫だよと声をかけようとしたら今度は禿頭の痩せた老人がアデルを僕から庇うように前に出てきた。


「アデルさん! は、伯爵様。あっしはビーダーっつうケチな料理人でさあ。メア坊も、クーデルの嬢ちゃんも、勿論アデルさんも、誰も悪くありません。悪いのは闇蛇っつう組織そのものでさあ。その幹部どもも軒並み伯爵様にやられちまった。残党狩りってえんなら、女子供じゃなくあっしが責任をとりますんで。何卒、何卒女子供らは許してやってくだせえ、この、このとおりです!」


 漢気溢れるセリフにアデルやそれを見ていた集団が声を上げる。

 完全に悪党だな僕は。

 

「なあ、ジャンジャック。そんなに僕は怖いか? これでもだいぶ大人しくしているつもりなんだが。率直に言ってショックを受けている」


「そうですなあ。最近のレックス様は以前よりも大分落ち着かれましたが。一定の層には悪鬼羅刹、土豪劣紳、人面獣心……まあそのようなイメージがあるようです」


 ひどいイメージだ。

 今度国都で掃除のボランティアでもしてみるか?

 孤児院で読み聞かせっていうのもいいかもね。

 とにかくイメージアップが急務なことは理解できた。


「この一件が終わったら自らを省みる時間を取ることにしよう。さて、アデル、ビーダー。結論から言うと、僕はお前達を捕らえに来たわけでも断罪しに来たわけでもない。それをするつもりなら、組織を潰した時に見逃していないからな。だから安心しろ」


「では、ここに集められた理由はなんなのでしょうか。正直申し上げまして、もう疲れてしまいました。もちろん周りの人々に私達が闇蛇だと気付かれることはありません。ですが、私達自身が闇蛇であったことを忘れられず、怯えながら生きる事に疲れ果ててしまったのです。……なにを都合のいいことをと、お笑いください」


 自害とかやめろよ?

 危なかったな。

 このタイミングで見つけることができたのはお互いに幸運だった。


「まあ、今のお前達は闇蛇に囚われているわけではないし、その命はお前達自身のものだ。それをどう使おうと関知しないが、一応僕の話を聞いた上でどうするか決めてもらおうか。単刀直入に言えば、お前達十五人をヘッセリンク伯爵家で雇用したい」


「雇用、でございますか?」


 アデルもビーダーもクーデルもキョトンとしてる。

 まあそうだろう。

 自分達を捕まえにきた悪鬼羅刹から雇用なんて言葉が出たら反応できないよね。


「要はスカウトだな。ヘッセリンク伯爵家の家来衆として生きてみないか? 仕事内容だが、アデルやビーダーのような非戦闘員は我が所領オーレナングと国都の屋敷に分かれて下働きをしてもらう事になる」


「ヘッセリンク伯爵家の家来衆……私達が? 貴族様のお屋敷で働くのですか?」


「戦闘員……実行隊というのか? 五人は我が家が模索する諜報網構築の一端を担ってもらおうと考えている。そのため国内に散ってもらうことになるな。もちろん給金は弾むぞ」


「お、お待ちください。大変有難いお話でございますが、私達は元闇蛇の一員でございます。そのような出自の者を雇うなど、明るみに出たらお家の評判が」


 わざわざこっちの評判を考えてくれるなんて優しいねアデルおばちゃんは。

 メアリやクーデルを育てたんだよな。

 経験が豊富ならいつか僕とエイミーちゃんの間に子供が産まれた時に子育てを手伝ってもらおうか。


「狂人、暴君、悪鬼羅刹。まあ他にもあるが我が家の主な評判はこんなところか。今更元非合法組織の人間を雇ったところで落ちるほどの評判はない。安心して雇用されるがいい。勿論無理強いはしないが、そう悪い話ではないはずだ。よく考えて結論を教えてほしい」

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