第25話 忠臣ゲット

「ヘッセリンク伯、エイミー嬢。改めて、この度の愚息の不始末をお詫び申し上げる。このとおりだ」


 部屋に入って人払いを済ませると、侯爵は深々と頭を下げた。

 さっきも感じたけど、相当偉い人なのに素直に頭を下げてくるのが潔い。

 簡単に非を認めたり頭を下げたりしちゃ成り立たない職業だろうに、柔軟というかなんというか。


「十貴院の四に位置するアルテミトス侯自らに頭を下げられては振り上げた拳を下ろさざるを得ません。結構です。この件はガストン殿の愛が暴走した結果の不幸な事故だったということで収めることとしましょう」


 エイミー嬢を見ると、笑顔で頷いてくれた。

 可愛い。


「レックス様がそれでよろしいのであれば私から申し上げることはございません。頭をお上げください侯爵様。事情がありほとんど人前に出ることのできなかった私を覚えていてくださったこと、嬉しく思います。ガストン殿にはそうお伝えください」


 しかもバカ殿への気遣いも忘れないなんて本当に優しい子だ。

 僕なら二度と顔見せるなくらい言いそうだけど、このあたりはカニルーニャ伯の人の良さを受け継いだのかもしれない。


「かたじけない。愚息は性根を叩き直すために親戚筋にあたる武家の領軍に放り込もうと思っておる。身分など関係なく、腕に覚えのある者だけに発言権があるような家にな」


「それはそれは。もしも一廉の力をつけるような事があれば、スカウトに参るかもしれません。楽しみにしていましょう」


 まあ、無理だろうけど。

 ガストンにしても恋敵の下で働きたくないだろうし、うちに来れるほど伸びもしない気がする。


「あれでも我が家の嫡男なのでな。引き抜きはご遠慮願いたいものだ。……さて、ここからは真面目な話だ。斥候隊長のフィルミーから聞いたのだが、なんでも愚息が領地を賭けて貴殿に挑んだとか」


 あら、それ話題にしちゃいます?

 スルーしても許されるのにほんと潔いおじさんだね。


「こちらとしては無かったことにするつもりだったのですが。わざわざ話題にされてしまっては詳しく詰めるしか無くなってしまいますよ?」


「それこそ十貴院の四に座る家の当主としてのプライドというもの。くだらないと笑われるかもしれないが、次期当主が家来の前で口にしたのだ。反故にしては将来必ず禍根を残す。それならばいっそのこと速やかに精算したほうが長い目で見れば傷口は浅くて済むものだ」


 敵ながら天晴れと。

 いや、敵じゃないんだけどここまで言われると清々しいよ。

 見縊ってたことを謝らないといけないな。


「なるほど。十貴院に連なる者としてその気概、見習わせていただく。そして、今回の件を侯爵ご自身が企てたものと疑った事をお詫び申し上げたい」


 今度はこちらが深く頭を下げる。

 そんな僕を見て侯爵が目を丸くしていた。

 

「貴殿と向かい合って話をしていると、ヘッセリンクの『狂人』という二つ名がそぐわないように感じるな。いや、その若さでそれだけの態度がとれることがもしかすると狂っていると見られるのかもしれぬな」


 褒められて悪い気はしない。


「それは買い被りというもの。慣例を破り続けた貴族の鼻つまみ者というだけのことです。幸い家来衆には恵まれ、伴侶を得ることもできた。これからは出来るだけ大人しく生きていきたいと思っているのです」


「はっはっは! それは無理だろう。人には天分というものがあり、生まれついた星というものがある。貴殿が望まずとも厄介ごとのほうが近づいてくるかもしれぬな」


 ひどい。

 でもなんとなく理解できる気もするので反論もしづらいな。

 厄介ごとが近づいてくる星の元か。

 大人しくしてても無駄ならいっそ暴れ回る?

 だめだ、それだと狂人の二つ名に箔がついちゃう。


「さて、話しが逸れたな。領地分割の話をするとしよう」


「それについてはこちらからお願いしたい事がある。先程申し上げたとおり、侯爵より話しが出なければなかったことにしようと考えてはいましたが、もしも話しが及んだ場合には是非にと思っていた。聞いていただけますかな?」


 屋敷に来るまでの間にジャンジャックとメアリには話して同意を得ている。

 ジャンジャックは本気で領地分割を狙ってた節があるけど、僕の案には笑顔で頷いてくれた。

 メアリも、言うと思ったよとため息をついていたので抵抗はなし。


「まずは希望を聞かせてほしい。そのうえで侯爵家として譲れる話しであれば最大限譲らせてもらう。万が一我が家の屋台骨を揺るがすような領地を所望されるようであれば」


「その時は戦、でしょうね。ご安心ください。私は領地を望んではいません。正直、我がヘッセリンクに広大な領地を経営するほどの人材はおりませんし、そこにきてアルテミトス侯爵家の所有する街など譲られても腐らせるのがオチ」


「となると、相応の金子か」


「人材です。斥候隊長フィルミー殿を譲り受けたい」


 そう。

 ヘッドハンティングだ。

 森で斥候がいるかどうか。

 結論、いる。

 オドルスキやジャンジャックの経験や勘があるから特に必要な感じがないだけで、本職がいるならそれに越したことはない。

 もちろんフィルミーは対人に特化した斥候なので、すぐに魔獣が蔓延る我が領で役に立ってくれるかはわからないけど、森に慣れたらきっとその能力を発揮してくれると思う。


「……そうきたか。なるほど。斥候隊長を呼べ! 最優先でこちらに来るよう伝えなさい!」


「譲っていただけると考えてよろしいのかな?」


「そう慌てなさるな。金子なら私の一存でどうとでもなるが、人となると本人の意思がなにより重要。力があろうとやる気のない人材を引き抜いても宝の持ち腐れだろう。本人の意向を確認し、ヘッセリンク伯家への転籍を希望するならばそのように取り計らおう」


 いちいち仰るとおりだ。

 まあ感触的に我が家に悪い印象は持ってなさそうだからなんとかなると思うんだけど。

 さて、どうかな。

 ちなみに断られたらお金で補填してもらうつもりだ。

 厨房の人員が増えるし、食費も増えそうだからね。

 

「斥候隊隊長、フィルミー参りました!」


「ご苦労。入りなさい。さて、お前が領軍に入って何年になるかな?」


「はっ! 十六で入軍し、十八年になります!」


 三十四歳か。

 身体も引き締まってるし、だいぶ若く見える。


「もうそんなになるのか。月日とはこうも早く流れるものなのだな。話しは他でもない。ヘッセリンク伯家よりお前を譲り受けたいという要請が入っている。この狂人殿は我が領地や金子よりもお前の力を欲していらっしゃるそうだ。どうする? お前が嫌だと言うなら別の形で話をつけよう。ヘッセリンクに転籍したとて、お前を裏切り者だなどと後ろ指を指させることはないと約束する」


「……私は。私はアルテミトス侯爵家に多大なる恩があります。到底お返しできない程の恩です。ですが、私がヘッセリンク伯に仕えることでその恩を少しでもお返しすることができるのであれば、喜んで仕える主人を替えたいと、そう思います」


 忠臣っぷりがすごい。

 なおさら欲しい。

 ジャンジャックも深く満足げに頷いてるな。


「無理はしなくても良いのだぞ? 我が家への恩などはこの際考えなくてもいい」


「はっ! 先程の戦闘でヘッセリンク伯が私を高く評価してくださっていることは理解しております。正直申し上げて、この歳になって今以上に技術を磨くことは不可能だと思っていました。しかし、ジャンジャック殿やメアリ殿の力を目の当たりにし、魔獣の森で研鑽を積めば、もう一段上を目指せるのではないかと、そう感じたのです」


「そうか……そうか。わかった。ヘッセリンク伯。聞いたとおりだ。アルテミトス侯爵領軍斥候隊長フィルミーのヘッセリンク伯爵家への転籍を許可する」


「ありがたき幸せ。フィルミー、これからよろしく頼むぞ」


「承知いたしました。斥候として培った能力を生かし、閣下のために微力を尽くさせていただきます!」


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